花好き・旅好き80代北国女性の日記(ブログ開設18年目)

趣味はガーデニングと家庭菜園、外国旅行だが、新型コロナ禍と膝の不調、円安が重なり、今は外国行きは見合わせている。

中国黄山の旅(1)

2011年04月29日 | 海外旅行「中国Ⅱ」江南・黄山・香港、マカオ

ここもやっと紫つつじや水仙が開花し出し、少しずつ庭に彩が出て来たところだが、本日午後、新千歳空港から成田空港行の飛行機に乗り成田のホテルで前泊して、明日(4月30日)は成田10:10発の全日空機で中国杭州空港に向かう。
成田⇒杭州は、時差1時間で3時間半の空の旅だ。
今回の6泊7日の旅行の中心は、上海の南西に位置する山々が連なる黄山の観光だ。
本当は2月末に4月上旬出発の旅を申し込んだのだが、その後、東日本大震災が発生し、私以外は全員がキャンセルしたため催行中止になったのだ。それで催行されるというゴールデンウイークのツアーに止む無く合流することにしたのだ。
この日程なら働らいている娘も行けそうなので誘った所、結局、クロアチア旅行以来久しぶりの娘との旅行となった。

明日、杭州空港に着いてからはバスで烏鎮に向かって、観光後、宿泊する。
私は昨年12月、江南地方のこの辺りには行っているので、場所によっては懐かしい旅となりそうだ。

明後日は2連泊分の荷物を持って黄山山頂までロープウエイで上り、山頂のホテルに泊まる。
3日目は1日ハイライトの黄山観光だが、天気予報を見ると雨の予報が出ているので、どうなることやら。天候だけは仕方がない。
4日目は、黄山から降りて山麓の村を散策し、その後屯渓を経由して杭州に戻る。
5日目は杭州で西湖遊覧後、午後、杭州空港から成田空港に戻る。
帰国後も成田のホテルに後泊し、翌日、新千歳空港に戻るので、今回はゆったりした旅行だ。

働く人が行ける連休は旅行代金が高いので、毎日が日曜日の私としては本当なら連休中のは外したいので、今回はひょっとして娘と行く最後となるかも知れない。
また、今日出かけるために、冬中家の中に置いてあった草花を庭に下したり、差し当たって蒔ける野菜の種を庭に蒔いた。
室内の窓辺で育てた花や野菜の苗の植え付けなどもあって忙しかった。帰ってくる1週間後の5月5日にはどんな庭になっているか楽しみである。
帰宅後は気温も安定して来るので、友人の家の菜園に仲間とじゃが芋、さつま芋を植えつける事にしていて、農協に種芋を頼んである。

そんな訳で、少しの間、留守にする事になるが宜しく。

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温泉宿は閑古鳥

2011年04月11日 | 「北海道内旅行」登別・定山渓・洞爺・函館・道東・三笠・旭川・道北・奥尻島他
先日、かなり前に予約してあった札幌郊外の定山渓温泉に、畑の仲間3人で行き、1泊した。
札幌駅から出る無料送迎バスに乗った人は僅か20人位に過ぎなく、客の少なさに驚いたが、1人1シートでゆったりと座る事ができた。
1時間弱で定山渓に着き、バスは2か所の温泉ホテルを回って客を降ろすのだが、最初の中級ホテルでは7割位の客が降りてしまった。
私たちと残りの客は、宿泊料金が少し高い方のホテルだったので、最後に降りた。

ロビーに入ったら、着いた客よりも出迎えてくれた従業員の方がはるかに多い。
3階の部屋に行くまで、館内は本当に静まり返っている。
6時半に夕食を食べにレストランに行ったが、テーブル席がガラガラの状態で寒々しかった。
主任らしき男性に「何時になくお客が少ないように感じますが、最近はこうなんですか。」と尋ねた。
すると、「予約していた中国、韓国、台湾からの客の9割がキャンセルしてしまったんですよ。」という返事だ。
今回の東日本大震災の北海道への影響は一部の沿岸地方だけだったし、福島の原発事故も、今の所、北海道への影響が少ないのにと、驚いてしまった。
こんな状態が全国的なら、日本経済は大打撃を受ける事は想像できる。

夕食後、大浴場に行ったら、私たちの他には1人しかいなかった。
その後、分担して持ち込んだおつまみや果物を食べながら、ワインを飲んでおしゃべりをした。話は自然と大震災と原発の事になった。
3人で色々と議論していたら24時になったので寝た。

翌朝、私1人で大浴場に入りに行ったら、誰もいなかった。
たまたま使おうとしたシャワーの湯の温度が調節できなかったので、係りの女性に話すと、「使用量が少な過ぎると、温度調節がうまく行かなくなるのです。」と説明してくれたが、私は「火傷をしたら困るので、点検した方がいいですよ。」と言った。

人が少ないレストランでゆっくりと朝食を食べたが、客が少なければ、手作り感が強い美味しい料理を、種類を多く維持するのが大変だろうと同情した。
今回は私が幹事になってホテルを選択したのだが、2人の友人は「部屋が広く、ゆったりとくつろげたし、料理も美味しかった。」と大満足だった。
それで私は彼女たちに、「こんな状態が続くと経営が立ち行かなくなるから、また来ようよ。」と言った。

今朝、従妹から電話が来たので、「温泉に行かないかい。」と誘った。
行くと言うので、早速、定山渓温泉の別のホテルを予約した。今度は中級ホテルだが、来週火曜日にまた1泊する事になった。
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「風評被害」について考える

2011年04月10日 | 医療・健康・食生活・衣生活
福島第一原発からの放射性物質に基準値以上に汚染された一定地域の野菜や魚は、国の指示で出荷停止になった。
しかし、出荷停止措置に当てはまらなかった基準値以下の食品にも業者の売り控えや消費者の買い控えが起き、そうした行動を「風評被害」だとひとくくりにして糾弾する動きが出ている。

しかし私が考えるのに、本来、放射性物質は体内に取り込まない方が良いものなのだ。
1つの食品が基準値以内にあるといっても、放射性物質で汚染された基準値内の幾つもの食品を食べれば、合計として体内に取り込む量は合算されるのだ。
今では食品だけではなく、地域によっては水も空気も土壌も放射性物質で汚染されていると考えなければならないのだから、単品食品の安全性を説かれても、多くの人は納得することができないのだと思う。
今は、様々な環境から体内に取り込む数種類の放射性物質の「複合汚染」対策を考えなければならないのだと思うが、政府も原子力安全委員会も「複合汚染」の視点に立った説明はしていない。

消費者が少しでも放射性物質の汚染から自分や家族を守りたいと思ってしている行動が買い控えなのだとしたら、それを単に「風評被害」だと言ってしまう事はできないのではないだろうか。

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いわき市で被災した友人への手紙

2011年04月07日 | 社会・事件・ニュース
昨日、福島県いわき市に住み、原発からは30km圏内に位置する自宅で一人で自宅内待機をしている70代の友人に、和紙の折り鶴と見舞金を同封して手紙を送った。

『A子さん、こんにちは。
 陽春の候となり、北海道の我が家の庭の残雪も明日あたりはやっと消えそうです。早く雪が溶けた場所では、チューリップや水仙が芽を出し、今月末当たりには咲いてくれそうです。昨日は穏やかな晴天でしたので、思い切って薔薇やつつじなどの庭木の消毒をしました。また室内ではプランターに野菜や花の種を蒔いて育てているところです。北国の春は全ての草や木の花が一気に咲くので、これからは清々しい季節を楽しめそうです。

 さて、この度A子さんには、東日本大震災に遭われたばかりでなく、東電の原発事故にも被災されて本当に大変でしたね。心からお見舞い申し上げます。
 先日は電話でお元気な声を聞く事ができ、少し安心しました。また今回は、綺麗な絵手紙を頂いて、立場が逆ではないだろうかと恐縮しました。 
 私も十一日以来、テレビにくぎ付けになり、新聞も隅々まで読んでいますが、市街地が丸ごと破壊され、全てを流し去った津波の破壊力を怖い程に見せつけられ、被災したA子さんたちの絶望や苦難はいか程かと想像しています。
 それにしてもA子さんのお宅が、浸水だけで済んだと伺って、居住場所を良い所に選択したことはさすがだと感心しています。
 三陸海岸は昔から幾度となく大津波に見舞われ、そのたびに多くの人命や家屋が失われて来た歴史があるんですね。地震学者の山下文男氏の本などを読むと、津波の第一の対策は高台に住むことだと書いていますから。(でも昨夜のニュースでは、地盤が緩んで高台で土砂崩れが起きているらしいですね。それも恐怖ですが)

 福島原発の事故については、何とも慰めの言葉が見つかりません。
今回のことを通して原発の「安全神話」は完全に崩れ去った訳で、今まで原発の建設に賛成し、莫大な交付金を受け取り続けて来た地元自治体と住民も、人間の命よりも経済効率、利益を優先して来た国と電力会社の本質をはっきりと思い知ったのではないだろうかと思います。
私は、電気を売って儲けて来た企業が、必死で節電のキャンペーンをする姿に腹立たしささえ覚えます。
 それにしても、放射性物質の垂れ流しが止まる目途は立たず、農家、漁民の生活権が奪われ、住民の安全に住む権利が踏みにじられた状況を思う時、日本人はどうして静かに黙ってただ耐えているのだろうかと不思議に思います。多分外国なら、大騒動になると思いますが。
 最後になりますが、A子さんには子供さんの助けを得ながら、この困難を何とか乗り越え、一日も早く元気な生活を取り戻して欲しいと願うばかりです。

 同封した絵葉書は、昨年十一月にネパールに行った時に求めたものです。私はA子さんの様な素敵な絵を描けないので、世界最高峰エベレストが夕日に輝く姿の絵葉書を代わりに入れます。(ネパールでは、小型飛行機で一時間弱、エベレスト連峰の上空を遊覧飛行しました)
 また失礼かと思いますが、私のお見舞いの気持ちも同封します。もう少し落ち着いたら、子供さん達とご一緒に美味しいものでも食べに行く際の費用の足しにでもして下されば嬉しいです。
では、どうぞお元気でね!    二〇一一.四、六』
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魚介類の規制値も野菜類と同じなの?

2011年04月05日 | 医療・健康・食生活・衣生活
4日に茨城県沖で獲れたコウナゴの放射性ヨウ素含有量が1kg当たり4080ベクレルと高かった問題に端を発し、本日、急遽政府は、今まで基準値が無かった魚介類も「野菜類と同じく1kg当たり2000ベクレルとする」という規制値を決めて発表した。

放射性物質等について全くの素人である私だが、日頃食品を調理している立場から見て、「えっ、待てよ!その根拠は何だろうか。」と不思議に思ったのだ。
先日まで政府は、「ホウレンソウなどの葉物野菜が放射性物質で汚染されていても、洗えば1/2になり、茹でると1/3に減るから、安心して食べていい」と繰り返し説明して来た筈だ。
では魚介類も、洗えば1/2になり、茹でたり煮たりすれば1/3になるとでもいうのだろうか。
魚介類は汚染された海水を飲んで放射性物質を体内に取り込んでいる筈だから、洗って取れるものではないし、野菜類と違って放射性物質が魚の表面だけについているのではないから、茹でても煮ても低下しないだろう。
それなのに何故、野菜と同じ規制値を決めたのだろうか。私には規制値を決める段階で、すでに国民を欺いているとしか思えないのだ。

また、魚介類は鮮度が命なので、加工品以外は放射性ヨーソの半減期の8日を待って食べるなどは考えられないから、その意味でも野菜の基準値よりももっと厳しくすべきなのではないだろうか。
私が思うに、海に高濃度の放射性物質で汚染された水を自ら大量に投棄することから生ずる責任を、少しでも軽減したいのではと勘ぐらざるを得ない。

さらに野菜と魚介類との違いである。
魚介類の場合は汚染物質が食物連鎖によって生物濃縮するという心配があることだ。
小魚を餌にする中型の魚、更にその魚を餌にする大型の魚へと、放射性物質は次々取り込まれて濃縮して行く。
大した心配はいらないという専門家もいるが、日本人の多くが魚介類を毎日のように食べる生活をしていることを考えると、安心していていいのだろうかと心配なのだ。


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拝啓 地震学者・山下文男様

2011年04月03日 | 社会・事件・ニュース
拝 啓 山下文男様

 突然、お便りを差し上げる失礼をお許し下さい。
私は、あなたが書かれた本「津波の恐怖ー三陸津波伝承録ー」を十日前に読み、地震や津波について大変勉強させられた者です。
著者であります山下様のご出身地が大船渡市綾里だと書いてありましたので、今回の東日本大震災の被災地なのでご無事かどうかをずっと案じておりましたところ、今朝の朝日新聞であなたのご無事を知り、この文を書こうと思い立ちました。
先ずは被災された事に対するお見舞いを申し上げますとともに、ご無事でおられたことを心よりお喜び申し上げます。
その本には、「津波が予想される地震が起きたら、一刻を争って少しでも高い場所へ避難をするべきだ。」と繰り返し書いてありましたので、よもやあなたが津波に遭うとは思わなかったのですが、仮に高地が見当たらない場所にいたとしたら、あるいは被災したかも知れないと心配していました。

あなたは、著作や講演で多くの人に三陸津波の恐怖を喚起して来ましたね。
その本にも、津波の被害に遭わないためにはまず高台に居住すること、そして低地にいる時に津波予報があったら、直ぐにできるだけ高地に逃げる事、そのためには平素から津波の避難場所になる高地を確かめながら行動することを説いていましたから、その著者が無事でいらしたことは本当に安心致しました。

新聞によると、当時あなたは海岸から1km離れた所の岩手県立高田病院の4階に入院されていたとか。
強い地震の後、津波の恐れがあるので避難するようにという院内放送があり、同室の3人は逃げたのに、あなたはよもやここまで津波は来ないだろうし、研究者として津波を見極めたいと思って高見の見物をしようとした所に津波が押し寄せて来て、4階の窓ガラスが割れ、ベッドから飛ばされ、かろうじてカーテンにしがみ付いて助かったそうですね。
あなたが助からなかったら、この本の説得力は弱まりますから、本当に良かったと心から思っています。


今後は今回の経験と復興への助言、さらに今回初めて国内で露見した地震、津波による原子力発電所の恐怖について、新たに起稿して欲しいと思っています。
昨日の新聞では、菅総理も被災地の復興のための都市計画は、低地に公園や職場を作り、住宅は高地につくる。漁業者は高地の住宅から浜辺へ通勤するという構想を抱いている事が報じられていました。
まさにあなたが指摘して来た理想が、今回の復興に当たって実現することを私も期待しています。

山下文男様、どうぞお体を大切に、いつまでもお元気でさらなるご活躍をお祈り致します。  
                                               敬 具
  (今回私が図書館から借りて読んだ2冊の本)  
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