日々の産直巡りで、店の中で昔の知人友人と偶然顔を合わせる機会も少なくない。
Kさんは小学校時代の「憧れの人」だったが、6年間同じクラスながらも個人的に会話を
したことは一度も無かった。
男と女の間に目に見えない壁があった時代背景もあるが、それ以上に私自身の「女性に
対する意識過剰」が影響していた。
そんなマドンナのような存在だったKさんと普通に会話できるようになったのは、50歳を
過ぎてからだった。
今日の話題は「老々介護」についてだった。
90歳を過ぎた両親の介護で疲れ気味のようだったが魅力的な美貌と人柄は今も健在で、
改めて自分の目に「狂いが無かった」ことを実感出来た。
「美人の判断基準」は、KさんとM先生という両美人の影響を強く受けて育った私が、
その範疇に入らない女性と結婚に至ったのは「人生不可解」というしかない。
上の洗面所の花は、高校二年から現在に至るまで「不動のマドンナ」となっている
奥方様の「忙中閑あり」の一品。
(門口のシロヤマブキ)
(その近くのツツジは、イノシシによって根こそぎ倒されてしまった)
以下は、 餅米の田植えが終了してホッと一息入れ、見渡した周囲の新緑