穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

ヘーゲル方言

2014-07-10 16:47:30 | 書評
ヘーゲルにフリーメーソンの匂いがすると書いた。それで調べてみたが、以下の二冊を見つけて最初の方を平行して読んでいる。

* ジャック・ドント著 「知られざるヘーゲル」 1980年に発行された物でフランス語からの翻訳である。大型書店の書棚にもないだろう。書店で注文することは出来るようだ。

* Grenn A. Magee 著 「Hegel and the Heremetic Tradition」 大型洋書店の店頭にもないようだ。注文するとオンデマンドのような体裁の本が手に入る。

なお、前に書いたバートランド・ラッセルの『ヘーゲルの思想の背景には神秘体験があるに違いない』という文章は1910年代のラッセルの論文にあるようだ。

わたしがフリーメーソンに代表させたのは乱暴な表現で、欧州キリスト教の異端思想の長い流れ、というべきだろう。古代末期のヘルメス文書、中世や近世初期のドイツの神秘思想家、近世の、特に18世紀に盛んになりフランス革命と密接に関係した各種秘密結社すべてを一緒くたに代表させて、フリーメーソンと言った訳でいささか乱暴なくくりであった。

さて、上記二著の記述であるが「知られざるヘーゲル」はヘーゲルの一世代前の思想家たちでフランス革命に大きな影響のあった人物群(フランス、ドイツの)と、ヘーゲルの同時代の人物のヘーゲルへの影響といったことを丹念に集めている。

つまり若きヘーゲルの読書記録みたいなものだ。ただ、事実の羅列で各人の主張や内容にはあまり触れていないので退屈といえば退屈である。もっともまだ最初の方しか読んでいないのでこれから面白くなるのかも知れない。

これに対してMageeの著書は最初から面白い。もっとも前者がヘーゲルの同時代人に限っているのに、こちらは古代のヘルメス文書から説き起こしている、退屈しない。これもまだ最初の方で、これからどうなるか。

ヘーゲルを直接読んで「分かった」という人はご立派であるが、普通ヘーゲル方言は理解不能だろう。若きヘーゲルが必死になって読んだヘルメス文書類の調子がヘーゲルに染み付いてしまったのだろう。彼が物を書くとどうしてもヘルメス調になったらしい。

ヘーゲルは老年になっても熱心にヘルメス文書を研究していたようで、急死した彼の蔵書には錬金術などのヘルメス文書が大量に残されていたそうである。かれがコレラ発病後翌日に死亡するという彼自身もおそらく予期していなかった突然死にあわず、70、80の天寿を全うしていたら、これらの秘密危険文書は生前全部処分していたのではないかと推測するのだが。どうだろう。

武道の奥義書もそうだが、宗教の経典なども密教関係は容易に理解出来ない様に韜晦して書くのは常識である。不心得者に悪用されないような用心である。
そうしたものには、一見して悪文あるいは意地悪な表現がある。言ってみれば幕府の隠密を見破るために薩摩藩が独特の方言を意識的に開発したようなものである。

まして18世紀、全ヨーロッパの王制打倒を目標とした秘密結社の文書に暗号的「鍵」をかけるのは常識だろう。

ヘーゲル方言にもそういったところがある。注意して読むべきであろう。

異端として十数世紀に渡ってカトリック教会の弾圧を逃れてきたヘルメス関係文書にそういう文章上の装飾がふんだんに施されているのは常識と言えよう。

ヘーゲルも暗号解読の難しさを嘆いている。