穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

トルストイ「戦争と平和」第三巻

2014-10-14 06:38:17 | 書評
第三巻からいよいよナポレオンのロシア侵攻が始まる訳だが、トルストイの叙述の生彩が前二巻にくらべて著しく劣る。いわゆる「小説」なんだな。細かい、疑わしい講釈、屁理屈が多くなる。日本でいえば「国民的作家」司馬遼太郎になるわけだ。叙述も下手だ。

トルストイは思想家ということになっているが晩年の平和主義とか、晩年のいくつかの短編はともかく、この年代のトルストイはまだ「小説」を書く技量は出来ていない。ロマン、叙事詩を書く才能は開花しているがね。

第一巻だったか、アウステリッツの会戦を書いたあたりは一気に読ませた。それでいて、戦争の原因はどうだ、戦術がどうだったとか言うことは一カ所も書いていない。開戦の経緯も歴史的背景の講釈もない。いきなり、騎兵が疾駆するわけだ。それでいてなんだなんだ、どうしてこうなったんだ、という疑問を一瞬も読者に抱かせない。

第四巻の終わりに戦争論みたいな、論文みたいなのが長々と付いているらしい(そこまでまだ読んでいない)が、週末部分はいくらかましになっているのかな。

この小説は七年くらいかかったらしい。なんども書き直したというし、構想も何度も変わり、最初の構想ではいきなりボロジノ会戦(つまり現在の第三巻)から始まるようなものだったらしい。7年もあれば筆力も成長する。第一、第二巻は実際には最後に書いた物かも知れない。それなら三巻との落差も分かる。