穴村久の書評ブログ

漫才哲学師(非国家資格)による小説と哲学書の書評ならびに試小説。新連載「失われし時を求めて」

Z(10)章 明滅する留守番電話

2017-04-05 06:34:09 | 反復と忘却

日が落ちて市中徘徊から帰ると薄暗い室内で留守番電話が点滅していた。三四郎は嫌な気分になった。留守番電話にはろくなメッセージしか残っていないことが多い。それにたいていの人間は言語明瞭、意味明晰な伝言を残すことがない。慣れていないこともあるだろうし、どう吹き込んだら聞き取りやすい伝言が残せるか配慮して話すような人はまずいない。なかには無音で電話線の向こうで息をひそめているような不気味な正体不明の電話もある。

 平島からだった。高校時代の同窓会の幹事になったので連絡をくれないかというのである。かれとはもう十年以上会っていない。コールバックすると女性が出た。名前を言うと平島に代わった。奥さんなのだろう。「どうも、久しぶりだね。同窓会の幹事になったっていうけどご苦労様。ここのところ、同窓会の通知も来ていないけど、また同窓会でも開きたくなる年齢になったのかな」

電話の向こうで一瞬戸惑ったような沈黙があった。平島が怪訝な声を出した。「いや毎年続けているよ。もっともここ数年は君の居所が分からなくて通知が受取人不明で戻ってきていたらしい」

 「たしかにオヤジが死んでから実家は引き払ってしまったから連絡は付かなかったんだろうな。しかし、その前から連絡がなかったような気がするな。もっとも俺は同窓会には出たことがないから気にもしていなかったが、君にそういわれると変な気がするな」

「それは変だね」

「もっとも、大分前からオヤジの家は出ていたんだけどね。だけど実家に届いた郵便物は転送してもらうことにしていたからな」

「フーン」

「まあ、いいや。どうせ出るつもりはないんだから。せっかく幹事になった君には悪いけどな」

「どうしてさ」

「君も先刻ご案内のように俺の高校時代は暗黒時代だからな。高校三年間で話をしたのは君だけだったから。同級生の名前なんて一人も思い出せないよ。そんなところへ出て行ってもしょうがない」

「なるほどね」

「ところでこの電話番号がよくわかったね。どうやって調べたの」

「卒業名簿にある電話番号にはつながらないので君の会社に電話したんだ。そうしたらそういう人はいませんていうじゃないか。途中退社したらしいな」

 「そうなんだ」

「どうして」

「ま、色々あってね。電話じゃ簡単にいえない」

「それで今は何をしているの。脱サラで起業したのか」

「まさか、毎日市中を徘徊しているのさ」

「なんだって」

電話の向こうでは子供の騒ぐ声がしている。

「永井荷風の日和下駄って読んだことあるか」

「あるよ。そうか市中徘徊、市中探索か。優雅でいいな。毎日が日曜日というわけだ」

 「君はどうしているんだい。ずうっと大学にいるのかい」

「そうなんだ」

「大学の先生か。すごいな。孜々として研究に打ち込んでいるわけだ。たしか心理学から哲学に専攻を変えたよな。そのままなのか」

「そのまま」

「その後は浮気もせずにか」

「そう、愚直にやっている。同窓会はともかく、一度会いたいな」

「そうだな、そのうちに会いたいね」

平島は思い出したように言った。「それでさ、どうして君の電話番号が分かったかという話だけどね」

「そうそう、どうやって調べたんだ」

「会社に電話したらそんな人間はいないというだろう。もしかしたら、と思った。君のことだから会社を辞めたんじゃないかなって。君が普通の会社に就職したと聞いた時にもえーっと思ったから、君なら嫌になって辞めたんじゃないかと思ったのさ」

「なかなか論理的だな。正解だよ」

 「それで俺の大学の後輩で君の会社に入社したのがいるんだ。そいつに聞いたらいろいろ調べて、やはり退社したということが分かった。退社時に登録していた電話番号を聞いて電話したらこれも繋がらない」

「何回もひっこしたからな」

「それでもう一度後輩に電話したら、君が会社の従業員持株会に入っていたのが分かった。そのほうの記録を担当の証券会社に問い合わせたら君の連絡先記録が残っていたというわけさ」

 「わかった。しかしもう少しするとまた引っ越しをする予定だから、そのあとだったらわからなくなっていただろうな」

「よく引っ越すね」

 

 

 

 

 


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