Q(1)章 驟雨
突然のことだった。五月によくあることであるが気温は摂氏三十度を軽く超え空は真っ青に透き通るようなかんかん照りであった。前触れも無くあたりが真っ暗になると叩き付けるような雨が落ちて来た。
三四郎と平敷は駆け出すと雨宿りが出来そうなところを探してスターバックスに飛び込んだ。ほんの二、三分のことだったが、雨は肌着にまで染み通りズボンは水を吸って下肢に張り付いていた。
店内は満員で彼らの様に突然の驟雨に襲われて雨具を持っていない雨宿りの避難客で一杯であった。他の店を探しに外に出れば雨水はたちまちパンツの中にたまってくる。軽い海綿体がパンツのなかで泳ぎ出しかねない。
もう一度店内を見回すと一人の老人が座っているテーブルに空いている椅子が二脚あった。平敷が恐る恐る老人に「相席をお願い出来ますか」と聞くと老人は鷹揚に笑って快諾してくれた。
老人は彼らを見ながら「大変に濡れましたな」と同情し眉をしかめた。「ほんの二、三分の間だったんですけどね。バケツをひっくり返したなんてものではありませんよ。北のミサイルが落ちて来たってこんなに慌てませんよ」
「ひょっとすると、私が連れて来たのかも知れないな」と老人は呟いた。
「えっ、何をですか」
「いや、この雨をさ」と老人は平然と言った。「ときどき私の後を雨が付いてくることがあるんでさ。台風が付いてくることもある」
驚いて老人の顔を見るとその目はうつろで三光年くらい先のブラックホールの様な空虚を湛えていた。
二人の座った椅子はたちまちびしょぬれになった。衣類に蓄えている水はひっきりなしに床に滴り落ちだ。袖口から出てくる雨水はテーブルを水浸しにした。配膳カウンターまで歩いて行って注文するのも忘れて茫然自失といった形で座っているとウェイトレスが気をきかして注文を取りに来た。彼女はあたりがびしょ濡れの惨状を見て嫌な顔をしたが何も言わなかった。店内そこら中で同じような光景が繰り広げられていたのである。二人はホットコーヒーのラージサイズを注文した。出来れば舌の焼けそうな熱いコーヒーをどんぶりに入れて持ってきてもらいたかった。ブランディーもたっぷりと加えて。それほど彼らの体は冷えきっていて、すでにがたがた震え出していた。