著者がいう「大変な女」桂子ものの一つである。この文庫本には「桂子もの」がいくつか収められているが野狐が白眉であると西村氏はいう。下拙は野狐と生命の果実しかまだ読んでいないが、後者より野狐の方が優るようだ。収録の桂子ものはいずれも田中が自殺した年に発表された作品である。これらを読むと確かに私小説であるし、無頼派ものである。
大変な女桂子と睡眠薬と酒の三点セットが作り出す愛欲と創作の狂躁状態を描き出している作品である。この種の作品では他の作者の作品を隔絶している。西村賢太氏の小説がTNT火薬であるとすると、田中英光の桂子ものは原爆級の迫力がある。西村氏が手放しで礼賛するのも理解できる。藤沢清造の場合と違い、西村氏の鑑定は妥当であろう。
これらの作品には津島治先生が登場する。云わずと知れた太宰治である。描かれている太宰治はまことに高雅な紳士であり親切な後進の指導者である。連続心中魔というネガティブ・イメージはない。