いまや、座っている椅子を老人の傍まで引っ張ってきたちょんまげ男が横から参入した。
「いや、まったくですよ。むかしは銀行の窓口にいたのは若くて上品で愛想のいい女性でしたからね」
JSはギロリと横目でちょんまげを見た。「あんた、そんな昔のこと知っているの」と言ったが、頭に載せた白と黒の中間のグレイディングのちょんまげをみて相手の年齢を図りかねたのか、言葉を切った。たしかに年齢の良く分からない男だと第九も思った。
ちょんまげも相手の疑問を察したものらしく、「昔は私もまっとうな会社の会社員から社会人を始めましてね」と弁解した。「いまは落ちぶれてフリージャーナリストをしていますが」と謙遜したように補足した。
「何時頃のはなしですか」と老人は念を押した。
「さよう、四、五十年前になりますか」とちょんまげ男はすまして答えた。
「昔は嫁にもらうなら銀行員かスチュワーデスなんて時代があったな」これは老人の回想である。「何時頃から劣化が始まったのかな」と至極もっともな問題をフリージャーナリストにぶつけた。
「やっぱり時代の風潮ですかね。とくにリーマンショックの前後からでしょう」
さすがにフリージャーナリストだ、すぐに答えが出てくる。「銀行の危機なんて言われた時代でしたよね。それで財務省の介入で細かな銀行がメガバンクと合併したでしょう。地方銀行とかなんとかと」
「うんうん、そうだったな」
「悪貨は良貨を駆逐するというが、三つも四つも、何回もそういう合併をして人員がまじりあうと平均値はどうしても低いほうに引っ張られる」
「なるほど、そういうものかもしれん。さすがは軍事評論家だ。違いましたっけ」
ちょんまげは変な顔をした。「どこでお聞きになりました」
「この間、ここでひどくせき込んで発作を起こされたでしょう。その時にママが言っていた。同じマンションにお住まいだとか」
「なるほど、分かりました。フリージャーナリストと名乗ってもちっとも信用されないからそういうことにしてあるんでさあ」
老人はびっくりしたように彼を見て「まさか、詐称しているんですか」
ちょんまげは慌てて顔の前で手のひらを左右して、「実際そんなことも書いてはいるんですがね」と相手を安心させるように言った。付け加えて、「それだけじゃあ食えませんから何でもネタを探して原稿を書いて売り込むんでさあ」
「どこへですか」
「週刊誌とか、実話雑誌とか。時には忙しい売れっ子のジャーナリストのゴーストライターなんかもしますよ」
「ははあ」と老人は言った。第九もキツネにつままれたような気がした。
チョンマゲが釈明した。「それでね、失礼だとは思ったんですが、お隣で聞いていて面白い話なので、覗き屋の習性でネタにならないかなと本能的に思ったのです」
なるほどね、といきなりの参入に警戒気味だった老人も笑顔を見せた。
「それじゃ、あなたに話しましょう。聞いてください。私が抗議の手紙を財務大臣に送りつけても秘書のまたその下の下僚にごみ箱に捨てられるだけでしょうからな。あなたが細工して週刊誌にでも載せてもらえれば、そのほうが歩留まりもいいかもしれないな」
いや、どうも、と彼は頭に手をやってチョンマゲの形を整えた。
「もちろん、取材費なんて要求しませんよ」と老人は付け加えた。