パルスパワーを用いたアニサキス殺虫装置のプロトタイプ機
雷のような瞬間的巨大電力(パルスパワー)で、魚身に潜んだアニサキスを殺虫する方法と装置を、水産加工のジャパンシーフーズ(福岡市、井上陽一社長)と、熊本大学産業ナノマテリアル研究所(熊本市)の浪平隆男准教授らが共同開発した。アニサキスを加熱せずに死滅させる方法は「冷凍」に限られていたが、「感電」で殺虫する新規の方法(※1)を確立したことで、「ノンフローズンの生食用刺身に対する、アニサキスの食中毒リスク(※2)がよりゼロに近づいた」と井上社長。水産業界の長年の課題であるアニサキス対策に新たな手だてを講じた共同研究の取り組みと成果、今後の展望を聞いた。
※1 物理刺激に対する反射運動のないものを死と判定している。生死判定は、感電後、24時間および48時間にて判定。アジの魚身(フィレー)に仕込んだすべての個体(1000匹)を殺虫できた。
※2 アニサキスの殺虫技術であり、アニサキスを除去する技術ではないため、アニサキスアレルギーに対するリスクは存在する。
ジャパンシーフーズはアジ、サバ、イワシの生食用刺身加工を手掛けている。特にアジの生食加工品の生産量は業界トップクラスで、九州北部の市場で仕入れた高鮮度の生原料を即日加工し、チルド流通で全国の量販店に納品する。
生のうまさを売りにする同社は、アニサキスの混入防止対策に傾注しており、独自開発の強力紫外線LED(発光ダイオード)による目視検査の強化などで安全管理を高めてきた。ただ、目視では魚身に潜り込んだアニサキスを完全に判別して除去するには至らず、目視以外のアニサキス対策を模索してきた。
こうした中、感電によるアニサキス殺虫効果を自社実験で確認。魚身に電気を一定時間流し続けることは身に潜ったアニサキスにも有効だったが、通電で熱が発生し、魚身の品質を劣化させることが課題だった。
そこで浮かび上がったのがパルスパワーだ。コンデンサーなどに蓄積した電気エネルギーをナノ(1億分の1)からマイクロ(100万分の1)、ミリ(1000分の1)秒単位で取り出すことで得られる瞬間的巨大電力を用い、魚身の品質を損なわずにアニサキスを殺虫処理する研究開発を、経産省の「戦略的基盤技術高度化支援事業」の採択を受け、2018年から3カ年で行った。
同事業はパルスパワーの幅広い産業応用化を推進する熊本大学同研究所の浪平准教授らとパルテック電子(東京都、根来健爾社長)、福岡県工業技術センター生物食品研究所と共同で実施した。ジャパンシーフーズの井上社長をプロジェクトリーダーに同社研究開発所属の鬼塚千波里氏、中村謙吾氏が研究に携わった。
3年間の研究では、パルス大電流を使用して5万匹以上のアニサキスの殺虫実験を繰り返し、電圧・印加回数・塩水濃度などのアニサキス殺虫に最適な条件を確立。その成果物として世界初というバッチ式のプロトタイプの殺虫装置を完成させた。装置の安全性に関しては、熊本大学地域共同ラボラトリーでの約半年間のフィールドテストで確認した。
プロトタイプ機は冷塩水生成装置(メイクラフト製、熊本県)、パルス電源、処理槽の3つで構成されている。塩水で満たした処理槽の中に魚身(フィレー)を浸し、パルス大電流を繰り返し印加して殺虫する。3キロの生アジフィレーを約6分で処理できる。今年1月にジャパンシーフーズ加工場に設置し、最終確認実験と現場での操作訓練を積み重ねてきた。
今秋から同装置で処理した生食用刺身の出荷を計画している。まずは同事業に外部メンバーとして参画した大手量販店らに向けて開始する。今後は大量処理が可能な連続式装置の開発の他、低コスト・低エネルギー化を検討していく。一連の研究成果はジャパンシーフーズ社員の鬼塚氏が論文作成し、博士号の取得を目指す。
井上社長は「魚を生で提供できること自体が、確かな品質と安全性の担保になる。生にこだわり、日本の生食文化を守り継承していくことで、水産業界の発展に寄与したい。また、この技術は当社の独占とせず広く普及させていきたい考え」と話す。
[みなと新聞2021年7月2日付の記事を再構成]