岐阜大学の中で「廃止」の危機にある地域科学部(筆者撮影)

名古屋大学との経営統合を進める岐阜大学で、ある学部の「廃止」方針が波紋を呼んでいる。地域政策や環境、文化などを学ぶ「地域科学部」だ。大学の合理化を促したい文部科学省の意向も受け、岐阜大は「発展的な再編」として代わりに経営学部(仮称)の新設を構想している。
しかし、地方大学として生き残りを探るなかでわざわざ「地域」の看板を下ろすことに、教員や学生から反発が巻き起こっている。同学部卒の筆者が、賛否両論の意見を交えて内情をリポートする。

現役学生や卒業生が猛反発

「大学の暴挙だ」「退化だ」

今回の問題を受けて開設された「岐阜大学地域科学部の未来を考える会」のホームページには、学生や卒業生によるこんなメッセージがびっしりと書き込まれている。

九州出身だという卒業生は「九州生まれ、九州育ちの私がわざわざ岐阜にやってきたのは地域科学部という不思議で可能性に満ちあふれた学部があったから」などと疑問を呈する。

また、「県外の人文系大学教員だが、国公立大学執行部の劣化を憂えている。大学とは何のため・誰のためにあるのかを考えない、その場しのぎの『改革』に強い怒りを覚える」などと、一大学にとどまらない大きな問題だと訴える人も多い。

「考える会」は学部廃止に反対する署名を今月19日まで受け付け中。これに先立ち、地域科学部の学生ら有志の会は599人分の反対署名を集めて、森脇久隆学長に提出している。

一方、大学側は今月20日に大学としての方針を最終決定し、新学部の設置となれば文科省との交渉に入る予定だ。なぜ反対の声を振り切るようにここまで急ぐのだろうか。

理事らは「発展的な再編」と主張

岐阜大の地域科学部は1996年に開設。日本で最初に「地域」の名を冠してできた学部だ。地域政策学科と地域文化学科の2学科で「産業・まちづくり」「自治政策」「環境政策」「生活・社会」「人間・文化」「国際教養」の6コースから学ぶ。「文理融合」で地域を学ぶというユニークさが評判となり、後に各地の大学で生まれる「地域系学部」のモデルとなった。


岐阜市郊外にある岐阜大学のキャンパス(筆者撮影)

近年も学生募集は堅調で、偏差値は上昇傾向、卒業生の就職率も100%近くあり、うち半数弱は県内の企業や自治体に就職している。地方大学の中ではむしろ健闘している優良学部なのだ。

富樫幸一学部長は「地域づくりを産業、政策、環境、福祉、文化などさまざまな観点から学べるのがいちばんの特長。フィールドワークを重視したカリキュラムで、自治体に就職した卒業生も即戦力として高い評価を得ている」と主張する。理系学部の受託研究のように、すぐに大きな資金獲得にはつながらなくとも、商店街や中山間地域のまちづくりに関わることで堅実に地域のニーズに応えているという。

広告会社に内定している現役の地域科学部4年生は「学部で幅広く学んだことを就職活動でマイナスに評価されたことはない。トヨタ自動車とソフトバンクが提携したように、異なる分野をつなぎ新たな価値を創出することを期待されていると感じた」と話す。

一方で地域科学部の「わかりにくさ」を指摘する声もくすぶっていた。学問領域の幅広さが逆に「広く浅く」と受け止められ、深く専門的な人材も育てるべきだという声が学内だけでなく、地元経済界からも寄せられていたようだ。

そこで、より明確さを打ち出せる「経営学部」の新設が検討され始めた。

大学ホームページに公開されている教育研究評議会の議事録では、新学部の設置について2015年度から議論されていることが確認できた。ただし、当初は既存学部の統廃合はせず、教育・地域・医・工・応用生物の各学部が少しずつ定員を減らして新たな学部を立ち上げる計画だった。地域科学部の改組について言及されている記録はない。

ところが今年3月、大学側が新学部開設について文科省に説明に行くと、学部増設による運営コスト増大の懸念や「地域科学部との類似性」を指摘されたという。そこで大学側は突如、2021年度で地域科学部の募集を停止し、入れ替わりに「経営学部(仮称)」を開設する方針を決め、今年10月に学内の教育研究評議会に諮った。

企画・評価・基金担当の福井博一理事は「地域科学部の廃止ではなく、発展的な再編だ。高度な専門性を持った人材を育てるために、入学時からより明確な目標を持った学生を集めたい」と話す。

県内の8割以上を占める中小企業や地元自治体で経営マインドを持って活躍できる人材を育成、さらに県内から名古屋大や南山大、滋賀大、富山大など他県の経済・経営系の学部へ流出している学生を取り込むため、地域科学に代わり経営学の「学位」を出すことも検討しているという。

今年4月に名古屋大と法人統合を目指す協議を開始した影響も隠さない。「世界的な研究・教育の拠点を目指す名大に対し、岐大は地域活性化の中核拠点となることがミッション。地元企業や地域社会のマネジメントを学ぶ学部の創設に、全学が一丸となって取り組んでいきたい」と福井理事は強調する。

教学・附属学校担当の江馬諭理事は「国の財政状況が厳しいなか、現在のようにすべての県に1つは国立大学がある状態が続くとは限らない」と、国立大学が置かれた経営環境の厳しさを背景に訴える。

国からの運営交付金は年々削減され、積極的に自主財源を獲得し、経営的に自立する努力が求められている。岐阜大も企業との合同研究拠点となる「地域連携スマート金型技術研究センター」を開設したほか、敷地内に移転した県の中央家畜保健衛生所と共同で教育・研究を行うなど、むしろ「地域」連携を強化する流れが今回の学部再編に結びついているというのだ。

学部側は真っ向から抵抗

しかし、こうした大学上層部側の考えに、学部側は真っ向から抵抗する。

「大学が難しい局面にあることはわかるが、経営のみにフォーカスしては地域科学部の継承とは言えない。予算が苦しいなか、コストをかけて学部・学科の大幅な再編をするよりも、地域科学部に新コースをつくるほうが現実的ではないか」(富樫学部長)。

「面接では商業高校の生徒が『経済だけでなく広く地域について学びたい』と志望動機を語ることもある。地域科学部の学生は目標が明確でないのではなく、興味関心の幅が広いだけだ」(地域科学部教員)。同学部の教授会では、対抗案として現状のカリキュラムのうち「会計学」「マーケティング論」を充実させ、「産業・まちづくり」コースを「産業・経営」に、「自治政策」を「地域経営」とする方針が挙がっているという。

置き去りにされているのは当事者の学生たちだ。学部の存廃について、学生にはいまだに正式な説明はない。学生の1人は「学生も大学の重要なステークホルダー。私たちに何の説明もなく重要なことを決めないでほしい。地域科学部だけでなく他学部生からも署名が集まっており、改革の進め方を問う声が多い」と指摘する。

一方の経営学部新設についても、他大学への進学者数を基にした志願者数の予測はあるものの、高校生へのアンケートなど具体的なニーズ調査はされていない。少子化で大学進学者数が減少しつつあるいま、既存の経営学部よりもよほど魅力的な特色を打ち出さなければ、意欲ある学生を獲得することは難しいだろう。

筆者も地域科学部の卒業生だ。自分が卒業した学部がなくなるとなれば、ふるさとを奪われるような痛みを感じる。しかしながら、真に地域に求められていないのであれば、時代に合った姿に大学が変わっていくこともやむをえないだろう。

教育・研究活動を通して地域活性化の中核となることは、どの地方の国立大学にも要請されていることだ。地域には先端の科学技術でイノベーションを創出したい企業もあれば、試行錯誤しながら住みやすいまちをつくりたい住民のコミュニティーもある。大学が多様な主体と協同して地域の課題解決にあたっていくために、まずは学内で民主的な合意形成がなされることを期待したい。