チェット・ベイカーについては本ブログでもたびたび取り上げてきました。50年代半ばはウェストコーストジャズの中心人物としてパシフィック・ジャズからヒット作を連発し、トランペットだけでなく中性的なヴォーカルも好評を博しました。ダウンビート詩等のトランペット部門の人気投票ではマイルス・デイヴィスやクリフォード・ブラウンを凌いで1位に輝いたこともあります。ただ、彼の人気に対しては批判的な声があったのも事実です。「白人の優男だから女に人気があるだけ」「トランペッターのくせに歌を歌うのは邪道」等々。まあ半分以上は嫉みから来るものでしょうが・・・
本作「チェット・ベイカー・イン・ニューヨーク」はチェットがそんな声を払拭するかのように発表した1枚です。発売元は東海岸の名門リヴァーサイド・レコード。実はチェットは1957年にニューヨークに移住し、ハードバップ専門の同レーベルと契約します。1958年8月に収録した移籍後第1弾はこれまでのチェットのイメージを踏襲したヴォーカル・アルバムの「イット・クッド・ハプン・トゥ・ユー」(これはこれで大名盤ですが)でしたが、翌9月に吹き込んだのが本作でここではヴォーカルは封印し、トランペット1本で勝負しています。
本作のためにリヴァーサイドが用意したのがまずポール・チェンバース(ベース)とフィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)。黄金期マイルス・デイヴィス・クインテットの心臓とでも言うべき2人です。さらに6曲中3曲で当時リヴァーサイドが猛プッシュしていたシカゴNo.1テナーのジョニー・グリフィンが加わります。ピアノはこの流れで行くと、同レーベルの看板ピアニストだったケニー・ドリューあたりが来そうなものですが、意外にも白人ピアニストのアル・ヘイグが加わっています。ヘイグはハードバップ期には録音が少ないですが、ビバップ期はチャーリー・パーカーと多くの作品で共演し、1952年の「イングルウッド・ジャム」ではパーカー&チェットと共演しているのでその縁かもしれません。
アルバムはまずベニー・ゴルソンの名曲”Fair Weather"で始まります。ゴルソン自身も参加したアート・ファーマーの「モダン・アート」にも収録されていますが、録音時期は同じ1958年9月で厳密にどちらが先に収録されたのかはわかりません。フィリー・ジョーの熱いドラミングに煽られるように、チェットが輝かしいトランペットを聴かせ、チェンバースのベースソロを挟んで、グリフィンのソウルフルなテナー、そしてヘイグのピアノソロと続き、最後にチェットが高らかにテーマメロディを吹いて終わり。これぞハードバップ!とでも言うべき名曲・名演で、個人的にはこの1曲だけでも買う価値があると思います。なお、ゴルソンは5曲目”Blue Thoughts"も書き下ろしており、こちらはバラード演奏です。
2曲目”Polka Dots And Moonbeams"はスタンダード曲で、グリフィンの抜けたワンホーン・カルテットによる演奏。チェットのクセのないストレートなバラードプレイが胸にしみます。ヘイグのピアノソロも素晴らしいですね。3曲目”Hotel 49"はオーウェン・マーシャルが書き下ろした熱血ハードバップ。この人はフィラデルフィア出身のトランぺッターで、リー・モーガンの「インディード!」等に曲を提供しています。この曲もグリフィンが加わり、熱いブロウを聴かせます。4曲目”Solar”と6曲目”When Lights Are Low"はどちらもマイルス・デイヴィスの演奏で知られている曲で、チェットがマイルスを強く意識していたのがよくわかります。7曲目ベニー・グッドマンの”Soft Winds"はCDのみ収録のボーナストラックですが、ボツにするには捨て難い演奏です。以上、チェットの硬派ハードバップ路線の代表的な作品です。キリリと前を見据えるチェットが写るジャケットも最高にCOOLですね!