本日はシェリー・マンの「マイ・フェア・レディ」です。ブロードウェイミュージカルで、オードリー・ヘップバーン主演の映画も大ヒットした作品から収録曲をジャズ化したものです。ただ、ジャケットが何か違うぞ?と思った方もいらっしゃるかもしれません。と言うのも一般的に知られているのは1956年に西海岸のコンテンポラリー・レコードに吹き込まれたもので、主人公のイライザらしき女性がティーカップを持っているデザインです。こちらはシェリー・マンとアンドレ・プレヴィン(ピアノ)、リロイ・ヴィネガー(ベース)とのトリオ編成によるもので、ジャズ名盤特集にも必ず出てくる有名盤です。
今日ご紹介するのは1964年にキャピトル・レコードに吹き込まれたもう1枚の「マイ・フェア・レディ」です。正直私はこのアルバムの存在を全く知りませんでしたが、たまたま今はなき梅田のワルティ堂島で見つけ、興味半分で聴いてみたところこれがなかなか面白い。まず、メンバーが全く異なります。こちらは合計15人の管楽器奏者を従えたビッグバンド編成で、指揮するのはジョン・ウィリアムズです。スタン・ゲッツやチャーリー・マリアーノと共演したピアニストの方ではなく、「スター・ウォーズ」「スーパーマン」「インディ・ジョーンズ」等で知られる映画音楽の巨匠の方ですね。この頃はジョン・タウナー・ウィリアムズの名前でジャズ・ピアニストとしても活動し、ベツレヘムにリーダー作も残しています。
オーケストラの中にはトランペットのコンテ・カンドリやトロンボーンのフランク・ロソリーノ等大物の名前も見えますが、彼らはアンサンブル要員で、ソロを取るのはドン・スリート(トランペット)、チャーリー・ケネディ(アルト)、ラス・フリーマン(ピアノ)の3人です。また、全編でヴォーカルも入っており、歌うのはジャック・シェルドンとアイリーン・クラール。シェルドンは本職がトランぺッターでウェストコースト・ジャズではそこそこ活躍していますが、本作ではトランペットは吹かず、歌のみを披露しています。アイリーン・クラールはジャッキー&ロイのロイ・クラールの妹で、ソロ歌手として多数のアルバムを残しています。
(キャピトル盤) (コンテンポラリー盤)
全12曲。もちろん全てがフレデリック・ロウ作曲による劇中歌です。”I Could Have Danced All Night””On The Street Where You Live””I've Grown Accustomed To Her Face"のようにその後スタンダードとして多くのジャズマンにカバーされた曲ももちろん入っていますが、注目すべきはむしろ他の曲の方でしょう。まずは、オープニングの”Why Can’t The English?"。いきなり咆哮するホーンセクションの後、シェルドンが特徴のあるダミ声で歌い出し、そこにチャーリー・ケネディのアルトとドン・スリートのトランペットが絡んでいきます。”I'm An Ordinary Man"では最初はシェルドンによるバラード風の歌い出しで、そこにホーンセクションが絡んで行き中盤はスリリングな展開に。その他ではシェルドンとアイリーン・クラールの少しおどけたデュエット”The Rain In Spain”、ラス・フリーマンのピアノが美しいバラード”On The Street Where You Live”も良いです。
シェルドンの声はお世辞にも美声とは言えませんが、味のあるダミ声で少しユーモラスな響きもありますね。ドン・スリートとチャーリー・ケネディもどちらもマイナーですが、随所で素晴らしいソロを聴かせてくれます。何より全編で切れ味鋭いビッグバンドサウンドを響かせるジョン・ウィリアムズの手腕が凄いですね。彼が映画音楽の世界で大成功を収めるのは70年代以降のことですが、それ以前にジャズの世界でこんな作品を残していたのは知りませんでした。肝心のシェリー・マンですが、もちろん全編でドラムを叩いてはいますが、この作品に関してはあくまでリーダーとして多種多様な人材を呼び集めたのが最大の功績と言っていいかもしれません。