アート・ペッパーのキャリアが麻薬によってたびたび中断したことはジャズファンなら皆ご承知のことと思います。中でも一番長いのが60年代から70年代前半にかけてのブランクで、10年以上もの間表舞台から姿を消します。1975年に古巣のコンテンポラリーに「リヴィング・レジェンド」を発表して以降、再び怒涛の勢いでアルバムを発表し、奇跡のカムバックと呼ばれたそうですが、私個人的には70年代以降のジャズはほとんど聴かない(自分は70年代生まれのくせに!)ので、晩年のペッパーの演奏についてはよくわかりません。
ただ、ペッパーはそれ以前にも何度か麻薬絡みで収監されており、一般的に彼の全盛期と目される1950年代にも約2年間を塀の中で過ごしています。今日ご紹介する「ザ・リターン・オヴ・アート・ペッパー」はその際の復帰作で、1956年8月6日にジャズ・ウェストと言うマイナーレーベルに吹き込まれたものです。この時点でペッパーはスタン・ケントン楽団での活躍で西海岸随一のアルト吹きとしての評価を確立していましたが、ソロとしてのキャリアはまだあまりなく、実質的にこの後の5年間が彼の黄金時代となります。
メンバーはジャック・シェルドン(トランペット)、ラス・フリーマン(ピアノ)、リロイ・ヴィネガー(ベース)、シェリー・マン(ドラム)と言った西海岸を代表する面々。ジャック・シェルドンは先日ご紹介した「マイ・フェア・レディ」では歌を歌っていましたが、本職はトランぺッターで本作でもなかなかブリリアントなプレイを聴かせてくれます。ペッパーは自身のリーダー作にトランぺッターを起用することはあまりないですが、シェルドンとはウマが合ったのか1960年の「スマック・アップ」でも共演しています。
全10曲、うちスタンダードは2曲のみで後は全てペッパーのオリジナルです。アルバムはまずオリジナル曲の"Pepper Returns"から始まりますが、聴いていただければわかるようにほぼ”Lover, Come Back To Me"のパクリです。ただ、演奏の方は素晴らしく、のっけから絶好調のペッパーのアドリブに、シェルドンもパワフルなソロで絡みます。続く2曲はスタンダードで、まずベイシー楽団のレパートリーである”Broadway"をペッパー&シェルドンで軽快に料理した後、続く”You Go To My Head"はペッパーがワンホーンで絶品のバラードプレイを聴かせます。
中盤は”Angel Wings"”Funny Blues””Five More"”Minority"とペッパーのオリジナルが続きますが、正直あまり特筆すべきものはないです。ちなみに”Minority”はジジ・グライスの有名な曲とは全く別のマイナーキーの曲です。特筆すべきはペッパーのワンホーンによる美しいバラード”Patricia"。ペッパーには妻に捧げた”Diane"と言う名の名バラードがありますが、この曲は娘のパトリシアちゃんのために書かれたそうです。ペッパーの優しいアルトの音色が胸に沁みます。”Mambo De La Pinta”は曲名から想像つくようにラテンムード全開のホットな演奏。ラストの”Walkin' Out Blues”はペッパー得意の即興のブルースです。この後、ペッパーは1960年までの間に計10枚のリーダー作を録音。生涯で最もクリエイティブな時期を過ごしますが、本作はその皮切りとなる記念碑的な1枚です。