1955年、デトロイトからニューヨークにやって来た23歳の青年ドナルド・バードは、瞬く間にトランペットのニュースターとして注目を浴び、あちこちのセッションに引っ張りだこになります。その活躍ぶりはすさまじく、1956年から1957年にかけてバードが参加した録音はプレスティッジ、ブルーノートを中心に数えられるだけで50本近くに上ります。
ただ、一方でこの頃のバードのリーダー作は意外と少ないです。彼がブルーノートと契約を結んで、本格的にリーダー作を発表し始めるのは1958年以降のことで、それまでは専らサイドマンとしての起用でした。プレスティッジ等他のレーベルも同様です。同じ頃に登場したリー・モーガンがデビュー作からリーダーで売り出したのと比べると差がありますね。この頃にバードが残した単独リーダー作はサヴォイ・レコードの「バーズ・ワード」、トランジション・レコードの3枚「バード・ジャズ」「バーズ・アイ・ヴュー」、そして今日ご紹介する「バード・ブロウズ・オン・ビーコン・ヒル」のみです。
トランジション・レコードはトム・ウィルソンと言う黒人の音楽プロデューサーがボストンで設立したレーベルで、実働期間わずか3年間、10数枚のレコードを残して倒産してしまいました。バードの3枚以外にはダグ・ワトキンスの「ワトキンス・アット・ラージ」(これも超名盤です!)等があります。また、ルイ・スミスの「ヒア・カムズ・ルイ・スミス」はトランジション倒産後にブルーノートに買い取られた作品です。
本作はバードのワンホーン・カルテットで、リズムセクションはデトロイト時代からの盟友であるダグ・ワトキンス(ベース)に加え、ボストンのローカル・ミュージシャンであるレイ・サンティシ(ピアノ)とジミー・ジターノ(ドラム)が名を連ねています。ジャケットでバードの背後にいる白人2人がそうですね。サンティシもジターノも一般的には無名ですが、地元ではそこそこ名が知られていたようで、同じボストン出身のサージ・チャロフ「ボストン・ブロウアップ」やハーブ・ポメロイ「ライフ・イズ・ア・メニー・スプレンダード・ギグ」に名前を発見できます。
全6曲、ほぼスタンダードで構成されていますが、1曲目の”Little Rock Getaway"だけはジョー・サリヴァンと言うピアニストがスイング時代に発表した曲とのこと。シンプルで歯切れの良いメロディの曲で、バードが元気いっぱいのトランペットを響かせます。サンティシのピアノソロもまずまず。2曲目は"Polka Dots And Moonbeams"で、定番のバラードをバードが高らかに歌い上げます。アドリブ部分に単調さが感じられなくもないですが、小手先のアレンジをせずメロディーをストレートに吹き切るところに好感が持てます。3曲目"People Will Say We're In Love"はバードが抜けたピアノ・トリオの演奏。地元の顔であるサンティシに花を持たせた感じですが、彼のピアノ自体に際立った個性はなく、無難にまとめている、と言うのが冷静な評価ですかね。
4曲目”If I Love Again"はクリフォード・ブラウンやサド・ジョーンズら名トランぺッター達に取り上げられている曲で、ここではバードがカップミュートを付けて演奏しています。リズムセクションもドライブ感たっぷりの演奏で曲を盛り上げており、終盤にジミー・ジターノも熱いドラムソロを披露します。5曲目”What's New"はダグ・ワトキンスのベースによるピチカートソロが全面的にフィーチャーされています。途中でサンティシのピアノソロも挟まれますが、主役はあくまでベースです。この曲でもバードは登場しません。ラストは”Stella By Starlight"をバンド全体で軽快に吹き切ってエンディングを迎えます。以上、全体的な完成度はもう一つという気もしますが、若き日のドナルド・バード(とその仲間達)の溌溂とした演奏が楽しめる1枚です。