■「海街diary」(2015年・日本)
監督=是枝裕和
主演=綾瀬はるか 長澤まさみ 夏帆 広瀬すず 大竹しのぶ
久しぶりにいい日本映画を観た。人気も実力もある4女優のアンサンブル。"小津安二郎ぽい"と玄人な映画好きから評された是枝監督の演出。作家性を求める映画ファンにも、人気者が観たいという映画ファンの期待にも応えたバランスの良さ。エンドクレジットが流れ始めると、上映時間が終わってしまうのがものすごく名残惜しかった。このままこの鎌倉の風景を、姉妹の姿を眺め続けていたい。少し前に「アバター」を観た人が、あの仮想現実の世界に魅せられて"鑑賞後うつ"になったというニュースが流れたことがあった。まぁ、それ程とは言わないまでも、僕や多くの観客はこの海街を眺め続けたいと少なからず思った。でも決定的に違うのは、そこに描かれるのが実は厳しくて現実的な出来事だということだ。
鎌倉で暮らす三姉妹の元に、15年前に家を出て行った父の訃報が届く。葬儀が行われた山形を訪れた3人は異母妹と初めて出会う。明日からの生活も危ういのに気丈に振る舞う彼女を見て、長女幸は「鎌倉で一緒に暮らそう」ともちかける。そして始まった4人の生活。彼女たちそれぞれが抱える人間関係、家を出て行った母親との確執、親族の問題、彼女たちを見守ってきた鎌倉の人々。そこから描かれるエピソードは淡々としていながらも、それが決して軽いものではない。シナリオに書かれた台詞とは思えない程に自然で等身大の言葉たち。テレビドラマならもっとドラマティックな盛り上げ方があったりするんだろうけど、そこに流れるのは現実的な空気感。
例えば、綾瀬はるか演じる長女幸が、長年不倫関係にあった男性(堤真一)との会話。単身で暮らす彼の元に食事を作りに行く場面で、使い古された箸が話題になり、「買ってきてくれればいいのに」という彼に幸はたしなめるように言う。「女が(男性の)箸を買うって、特別なことなんですよ。」何気ないひと言なのに、抑えられた感情や関係が伝わってくる。海辺で別れを告げる場面にしても、あぁ現実交わされる会話ってこのくらいだよね、と納得できる。そこには饒舌な説明臭さもなければ、こみ上げる感情表現もグッと抑えられている。そして幸は果物を大量に買って帰宅する。幸は何も言わないのに、妹たちは「前に男と別れた時も同じだったよね」と言う。傷つくような出来事があっても現実は続いていく。決して饒舌な映画じゃないのに、スクリーンの中にある風景や立ち居振る舞いがあまりにも雄弁で。「桜のトンネルを見せてやる」とすずを自転車の後ろに乗せる少年。その場面の美しさ。鎌倉の家と姉妹のつながりを感じさせるのは、梅酒のエピソード。鎌倉を去る母親に渡す場面には涙があふれそうになる。美しいものを美しいと思える心を持ち続けてよかった、という台詞が出てくる。それはスクリーンのこっち側の僕らが、この映画の風景や佇まいや人々の姿を美しいと感じることができる幸せにもつながる。
長女を演ずる綾瀬はるかの笑顔が、菩薩のように見える(大げさな・笑)。いや、それくらいに癒された。これまで映画で彼女が演じた役柄は、どこか天然キャラで素の彼女(?)と世間で言われているイメージを覆すようなものは少なかったように思う。やはり大河ドラマ「八重の桜」後の彼女は女優として肝が据わったと思える。男癖も酒癖も悪い次女長澤まさみは、この映画のセクシー部分担当。しかしそれは過剰でもなく、むしろ健康的でカッコいい。自宅でのだらしないくつろぎ方も、女性だけの所帯ならそうなるよねと納得できる。三女夏帆の奔放なキャラも好感。姉たちの前ではあまり主張しない彼女が、店長と二人になると穏やかなしゃべりになるのが好印象だった。そして広瀬すず演ずるしっかり者の四女。サッカーの巧さにも感激するけど、難しい役ながらもストーリーが進むにつれて彼女が成長していく様子が何よりも素晴らしい。大竹しのぶの母親、樹木希林のおばちゃん、風吹ジュンの食堂のおばちゃん、リリー・フランキーの喫茶店のおじさん。映画が終わってもそれぞれの表情を思い出せるくらいに印象深い演技。
上映時間が終わるのが名残惜しい。こんな気持ちは、全然趣の違う映画だけど、僕にとっては「マイ・ブルーベリー・ナイツ」以来かも。そう言えば、最近アニメ「つり球」も見たし、「ビブリア古書堂」シリーズにも夢中になったし・・・この名残惜しい気持ちは鎌倉に行ってみたい!という感情に、僕の中で変わりつつある。
綾瀬はるか、長澤まさみらが4姉妹に 映画『海街diary』予告編