Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

女のいない男たち

2014-04-30 | 読書
 村上春樹の「東京奇譚集」以来9年ぶりの短編集である「女のいない男たち」。文藝春秋などで既に発表されている短編に書き下ろし1編を収めている作品集だから、誰も読んでいない新作長編程の盛り上がりではないものの、世間では話題になっている。僕は村上春樹と名が付けばまずは読むファンの一人なので、発売日は会社帰りにまっすぐ本屋さんに向かった。


 僕は最初の数編を読んだところで、すごくさみしい気持になった。登場人物たちが感じている"喪失感"がそうさせているのはもちろんだ。例えば「ノルウェイの森」(映画化は残念な出来だったが)のラストに感じた空虚な気持ち。数々の村上作品で味わう、どこかおセンチな雰囲気。それに浸る時間が僕は好きだ。だが、今回の「女のいない男たち」で感じるさみしさはどこか違うように思える。

 この短編集の作品は、どれも徹底した男目線で語られている。そして男の生態や考え方をかなり明確に描いている。特定の女性を思って自慰行為をする、自分の一方的な思いだけで女性を翻弄する、そのくせ本当に誰かを好きになると勝手に思い悩んで自滅して。「独立器官」まで読んで、すごく恥ずかしい気持になっていた。この気持って何だろう。
自分に共感できるところがあるから。
似たような経験をしたことがあるから。
経験はないにせよ、同じような気持になったことがあるから。
映画「(500)日のサマー」で、男が思い描く恋愛の理想と現実を見せつけられた瞬間のように気恥ずかしくて。そしてページをさらにめくるにつれ、それを通り越して切なくなってきた。この本は男の不可解な部分についての「取扱説明書」や「解説書」のようですらある。女性の目にはどう映っているのだろう。「シェエラザード」を除いて、女性の体温を感じにくい作品が多いと感じた。例えば「ドライブ・マイ・カー」の"妻"は、存在こそ大きいのに、あらすじを読んでいるかのようにサラッと語られるので、姿が浮かんでこない。それは決して悪いわけではなく、残された男二人の姿に主題があるので当然なのだ。また「独立器官」の美容整形外科医も女性目線だと、きっといけ好かない男性なのではなかろうか。女性にも人生にも自信満々だった彼が、一人の女性をそれ以上好きにならないように努力しながらも崩れていく様は、女性には「?」かもしれない。だけど、思い詰める彼に男性読者はどこかで共感してしまう。ロックが好きかエレベーターミュージックが好きか、みたいな好みの問題なのかもしれないけど。

 村上春樹の短編には何とも言えない余韻がある。そこに浸ってちょっと考えてみる時間が僕は好き。そういう意味では、この短編集は僕にそんな時間を与えてくれた。

 ★

 ちなみに文藝春秋社が、この短編集の本屋POPコピーを募集するキャンペーンをやっていた。〆切が発売日・・・そりゃないよーと思いながらも、コピーを考えて応募してみた。なんと採用されて、東京都内の本屋さんに期間限定で僕の文章が貼られている。文藝春秋さま、ありがとうございます。



「村上春樹の小説ってリア充が読むもんだろ?」と思ってた「女のいない男」の貴男。「男のいない女」の貴女。
もしかしたら、この本はそんな貴方を変える一冊になるのかも。

僕が書いたのはこれだ。ハルキストは何を言わずとも本を買う。ハルキスト以外の人々に本を手にさせるには・・・と考えてこんなコピーにしてみた(恥)。正直、これは全部を読む前に書いたもの。読み終わった今、同じことを書いただろうかと考えるとちょっと違う気もする。でも。ある意味、女性を失ったあとの虚しさを感じて、そうならないようにしようと思う人もいるだろうし、少なくとも自分の異性との関わりについて「今のままでいいのかな」と考える人はいるだろう。だとしたら、決してハズレではなかったと思うのだ。なーんてね。

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アナと雪の女王

2014-04-26 | 映画(あ行)

■「アナと雪の女王/Frozen」(2013年・アメリカ)

●2013年アカデミー賞  歌曲賞・長編アニメ賞
●2013年ゴールデングローブ賞 アニメーション作品賞

監督=クリス・バック ジェニファー・リー
主演=クリステン・ベル イディナ・メンデル ジョナサン・グロフ ジョシュ・ギャッド

 子供が小さいうちはディズニー映画の新作はほぼ欠かさず観ていたが、さすがに中高生になると劇場に足を運ぶこともレンタルで借りることもなくなっていた。だが、今年のアカデミー賞でこの映画が話題になってから、どこか気になっていた。歌曲賞を受賞したあの曲がCMで流れるのを聴くたびに思っていた。これを映画館で聴かずして、どこで聴く?というのだ。ディズニー映画の音楽でこういう気持になったのは、あの「アラジン」以来かも(A Whole New Worldはカラオケでも十八番だったりする)。音楽の力って偉大だ。しかもそのLet It Goを歌っているのは、大好きなミュージカル映画「レント」にも出演していたイディナ・メンデル。

 アンデルセンの「雪の女王」を元ネタにした姉妹の物語。ものを凍らせてしまう力を封じ込めてきた姉エルサが、自分が王位を継いだ王国を逃げ出して山中に氷の城を築いて閉じこもってしまう。妹アナは姉との仲を取り戻し、雪に覆われた王国を元の姿に戻したい、と姉の城へと向かう。その愛と勇気の物語だ。「雪の女王」は冷酷な女王に立ち向かう物語というイメージが幼い頃からあっただけに、この翻案には驚かされた。いやはや見事というしかない。姉エルサは不思議な能力をもつことで苦悩を抱え込んでいる存在だ。映画の製作当初、エルサはオリジナル通りに悪役とされるはずだったという。しかしミュージカル楽曲を担当したロバート・ロペスとクリステン・アンダーソン・ロペスの二人が書き下ろしたLet It Goですべてが変わった。エルサの置かれた身の上と生き方を変えようとする決意を歌ったこの曲でキャラクターの改変が行われたと聞く。音楽の力を思い知るエピソードだ。また、妹アナも幽閉されたも同然だった生活から、幸せを手にしようすることに一途なキャラクターとして描かれる。

 そして何よりも素晴らしいのは、ディズニー映画のお約束とも言える"白馬の王子"を待望する話になっていないということ。雪と氷のスペクタクルと化した物語を収束させるのは男女の愛ではない、という結末だ。劇中"真実の愛"が解決の手段だと何度も語られ、観ているこちら側もきっと山男クリストフが愛を勝ち得る話になるぞ、と思いながら行方を見守っていたはず。しかし"真実の愛"はディズニーの伝統を、というと言い過ぎかもしれないが、僕らが抱いていたイメージを見事に打ち崩してくれる。そして見事なハッピーエンド。世代を問わずに感動できる作品に仕上がっている。僕は字幕版を選んだけれど、日本語吹き替え版がここまで評判を呼んでいる作品も珍しい。松たか子と神田沙也加が起用に応えるいい仕事をしている日本語版も観てみたい。

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きっと、うまくいく

2014-04-19 | 映画(か行)

■「きっと、うまくいく/3 Idiots」(2009年・インド)

監督=ラージクマール・ヒラニ
主演=アーミル・カーン カリーナ・カプール R・マドハヴァン シャルマン・ジョシ

 言い訳がましくなるが、僕はインド映画を実は敬遠してきた。だってさ、僕が抱いてきたインド映画のイメージって「暑苦しい風貌のひげ面男が踊り歌う長尺の映画」。そんなの耐えられないに違いない。あの大ヒット作「ムトゥ 踊るマハラジャ」でさえ避けてきた僕だ。相性がいいはずがない。しかし。昨年「きっと、うまくいく」と題されたインド映画の評判がすこぶるよかった。日本アカデミー賞の外国語映画部門に、名だたる秀作と並んで名を連ねている。「どれほどのもの?」と正直疑っていた。僕はボリウッドの実力をまだ知らなかったのだ。映画館の鑑賞ポイントが貯まっていたので、いざ小倉昭和館へ。・・・・。エンドクレジットを観ながら僕は「すげえ」と口にした。あっという間の3時間。途中休憩の5分間も先が気になって、「まだ半分かよ」とは決して思わなかった。青春、笑い、音楽、恋愛、成長、謎解き、人情、涙・・・こんなにもエンターテイメントとしての要素がてんこ盛りの映画ってあるのか。参りました。

 物語は大学卒業以来行方不明になっているランチョーを探しに、かつての友人ファルハーンとラージュー、それに彼をライバル視していたサイレンサーが走り始めるところから始まる。映画は学生時代のエピソードと現代のランチョー探しが並行して進んでいく。彼らはインドのエリートが集まる工科大学の学生だった。ランチョーは思うがままにものを言い、身近なものを駆使した発明をするちょっと変わった自由人。成績はよいのだが、その言動は常にトラブルの原因になっていく。ランチョーと相部屋になったことで仲良くなったファルハーンとラージューはこの大学では劣等生。ランチョーと行動を共にすることで様々な危機にも直面するが、次第に自分に自信をもつこと、自分の気持ちに素直になることを学んでいく。現代の彼らがいるのは、まさにランチョーのお陰でもあった。ランチョーを探してたどり着いたのはある富豪の家。ところが、ランチョーを名乗る男は・・・。ランチョーとは誰なのか。そして彼への恋心を抱いたままだった学長の娘も巻き込んで、物語は核心へと突き進む。

 詰め込まれたエピソードにとにかく無駄がないことに驚かされる。前半に出てきたちょっとした台詞が後半で大きな意味を持っていたり、ストーリーの伏線が見事だったり。インド映画ではお約束のミュージカルシーンはパワフルで美しく、楽しく、飽きさせることがない。SFXとサスペンスと泣けることが映画だと思っている人々には衝撃だろう。しかもこの映画は現代インドが抱える学歴偏重社会への風刺もチクリと利いている。でもそれは決してインドだからという話ではない。思い通りになんていきっこない、と自分を抑え込んで生きている今の僕らの背中をバーンと叩いてくれる力がある。

 もし大学でランチョーがいなかったら他の登場人物たちの人生は自分の意志を抑え込んだものに大きく変わっていた。これまでも映画からパワーをもらうことはしばしばあった。前向きな気持にさせてくれる映画に、僕は幾度も支えられてきた気がしている。「きっと、うまくいく」もそうした映画のひとつになることだろう。ランチョーほどではないにせよ、アイツがいたから今のオレがいる、と思える友だち自分にはいるだろうか。そして今でもそんな友だちを自分は大切にしているだろうか。そんな気持ちにもさせてくれた。素敵な映画をありがとう。最後に。久々にいい邦題に出会えた。原題の"3バカ"を直訳したら、この映画のスピリットは伝わらない。グッジョブ。

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LIFE!

2014-04-06 | 映画(ら行)

■「LIFE!/The Secret Life Of Walter Mitty」(2013年・アメリカ)

監督=ベン・スティラー
主演=ベン・スティラー クリステン・ウィグ アダム・スコット シャーリー・マクレーン ショーン・ペン

 ダニー・ケイ主演のクラシック「虹を掴む男」(1947)に現代的な設定を盛り込んだリメイク作品。僕はオリジナルは未見だが、そんなことはもはやどうでもいい。空想癖のある男性の大冒険と成長物語という基本線をそのままにして、2010年代の今だからこそ描けるビジュアルやストーリーが、センスよく見事にまとまった映画だ。そして、日々を慎ましく生きている名もなき僕らに勇気をくれる映画だ。正直なところ、予告編を見たときは、「自分を変えよう」みたいなお題が散りばめられたいわゆる自己啓発本みたいなテイストの映画?ちょっと説教くさいんじゃない?と感じていた。でもその予告編は僕の心を離れなかった。それはヒマラヤやアイスランドの広がりある風景と、心の底から突き上げてくれるような音楽のせい。ショーン・ペンが写真の向こうから手招きしたのは、主人公ウォルターだけではなかったのだ。

 フォトジャーナリズムという目線で世界の今を報道し続けてきた「LIFE」誌。時代が変わってかつての部数は売れなくなり、webサービス化され、そこで働いてきた多くの社員のリストラを決行することになった。主人公ウォルター・ミッティは、その会社でネガの管理を長年してきた人物だ。スポットが当たることもない、地味な仕事を黙々とこなす日々を送る冴えない男。密かに心に思う女性はいるのだが、声をかけるのもままならない。しかも時折空想にふけって失敗を繰り返すこともある。そんなとき、最終号の表紙に使われるネガが見つからないというトラブルが発生する。写真家ショーンに直接連絡がつかず、ウォルターはショーンを追いかけて、アイスランド、ヒマラヤへと旅立つ。その旅を通じて、これまで抑え込まれていた自分が少しずつ変わり始めるのだった。

 人間誰しもそんなに簡単に変われるものじゃない。自己啓発的ビジネス本を読むことが大人のたしなみのような現代ニッポンに生きていて、僕は常々そう思ってきた。中には成功した自分をひけらかしたいだけの本すら存在する。みんながジョブズやドラッカーや高校野球のマネージャーのように行動できて、劇的な成功を収められる訳じゃない。ビジネス本に書かれた内容は、悶々とした僕らの日常を好転させるヒントにはきっとなると思う。そのヒントを実行に移せる人と読むだけの人がいる。ガネーシャの教えを実行できるかどうかなのだ。しかしこれまでの自分を否定して、新しい自分を肯定するようなことは決して起こらない。それは今までの自分こそが僕らが生きる基盤だからだ。そこは何も変わらない。

 映画「LIFE!」は、主人公ウォルター・ミッティのように旅に出て雄大な景色や人の生き様を感じて来いと言っているのではない。主人公ウォルターはショーンの粋で心ある悪戯でネガを見つけられなかったのだが、それを見つける旅というプロセスから見つけ出したのは、他ならず今までの自分自身。そして、ネガを首脳陣に渡して、唖然とする彼らに自分がネガ係としてやってきた仕事への誇りと自信を口にする。この映画が僕らに訴えるのは、一歩を踏み出す勇気を持つことと、これまでの自分を否定せず誇りを持つということなのだ。表紙を飾る写真は、まさにウォルターがやってきたことへショーンが贈った感謝のしるし。最終号を目にする主人公に、僕は胸が熱くなるものを感じた。その1冊に至るまでの「LIFE」マガジンの歴史、関わってきた人々の思いを感じられたような気持になったからだ。

 この映画は10年程前にジム・キャリー主演スピルバーグ監督で撮るリメイク企画だったそうだ。それはそれで面白い映画になっていたかもしれない。でも当時のジム・キャリーだったら、一歩間違えれば適当なスチャラカ社員みたいな役柄に見えたかもしれない。もしこれと同じ脚本だったとしても、スピルバーグが監督というだけで絵空事に思えたかもしれない。ニコリともしない生真面目さが笑えてしまうベン・スティラーの持ち味があったからこそ、この脚本のウォルターは等身大のキャラクターに感じられる。かつてスティラーが監督した「リアリティ・バイツ」の主人公たちの仕事や社会との関わり方は、どこか人任せな印象でシニカルに描かれているようにも感じられた。それがスティラー自身も年齢を重ねて、人はどう社会と向き合うべきなのかをかみ砕いて「LIFE!」で示してくれたようにも思えるのだ。人生は自己啓発本を読むだけじゃ変わらない。自分の性格だって到底変わるはずがない。変わることができるとすれば、それは行動だけなのだ。その一歩を踏み出すことがなかなかできずにいる僕らには、少しずつ引き締まった表情になっていくウォルターがまぶしく見える。「LIFE!」は具体的に何をしろ、とガネーシャのように言ってはくれない。だけど、心の中にむずむずとわき上がる何かを僕らに植え付けてくれる映画だ。ウォルターが酔いどれパイロットが操るヘリコプターに乗り込む場面で流れるデビッド・ボウイのSpace Oddity。なんて見事な使われ方!そしてアメリカ好きの船乗りがウォルターに叫ぶひとこと「Stay Gold! Pony Boy!」に、「アウトサイダー」世代は大感激なのである。



コメント (2)
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