細川俊之と石田えり主演で製作された映画を観たのは20代の頃。石田えり目当てで観たくせに、少女を見送るラストの悲しさが忘れられなくて。今の年齢でもう一度観たい映画の一つ。でも今の目線だと児童ポルノだと騒がれそうな場面もあるからテレビ放送は難しいし、映像ソフトは高額になっている。
そこで原作に挑んでみた。山田太一作品というとドラマばかりが思い浮かぶ世代だけに、本で読むのはこれが初めてかも。
虚しい日々を送っていた50歳手前の主人公田浦が、会うたびに若返っていく女性睦子と出会う、大人のファンタジー。映画では口数の少ない男でしかなかった主人公。小説で読むと、彼がどれだけ生きることに投げやりになっていたのかがすごく伝わってくる。彼の年齢よりも上になってしまった今の自分だからだろう。
睦子に心惹かれて、幾度かの濃密な逢瀬にのめり込んでいく様子は、映画だとアダルトなお伽話に見えたのが、ものすごく切なく感じる。「歳とって女にのぼせると狂うぞ」とむかし身近なある人が言っていた。その頃はふーんと受け流していた。だが、大人になって谷崎潤一郎作品あたりに触れると頭のどこかでまた声がするのだ。「わかっただろ。狂うぞ」と。「飛ぶ夢をしばらく見ない」の主人公の不思議な体験は、ファンタジックではあるものの、女性に溺れていく過程が生々しくて、彼女以外何も見えなくなる主人公の心情が刺さってくる。逢瀬の場面はほぼ会話劇。ドラマを見ているような錯覚に陥いる。こんなに刺さるのは、この年齢で読んだせいかもしれない。
睦子が若返るのは一方で死に近づいていくことでもある。その怖さと焦りが映画よりも強く感じられる。それだけに主人公に向けられる台詞の一つ一つが重くて激しい。映画ではこんなこと言ってたっけ?。きっと脚本で引用されなかった場面なんだろう。辛い心情と別れを少女が口にするラストがたまらなく悲しい。映像ソフトで映画を振り返られないのが残念だけど、細川俊之が少女の背中を見送ってへたり込むラストシーンが、鮮明によみがえってきた。