◼︎「張込み」(1958年・日本)
監督=野村芳太郎
主演=大木実 宮口精二 高峰秀子 田村高廣 高千穂ひづる
映画評論家の西村雄一郎先生の映画製作にまつわる講座を聴いたことがある。西村先生のご実家は佐賀で旅館をやっており、先生が幼かった頃に映画の撮影隊がやってきて、その旅館を舞台に撮影をした。その映画がこの「張込み」である。映画ができあがる舞台裏を目の当たりにした少年が、後に映画の語り部となった。素敵なことだ。
銃を所持して逃亡中の犯人が、九州に嫁いでいる元恋人に会いに行く可能性が浮上。勤続20年の大ベテランと若い刑事がその女性が住む自宅を張り込む為に酷暑の佐賀にやって来る。映画はその家の向かいにある旅館から女性の毎日を見続け、出かければ尾行する。その様子を淡々と映し出していく。映画オープニングからタイトルが出るまで10分以上かかり、東京から佐賀まで列車で移動する様子が延々と映される。気が短い人なら投げ出してしまいかねない長さ。しかも、女性が出かけたらただの買い物だったり、家に近づく男がいるという思ったら立ち小便して去ってしまったり、映画後半に差し掛かっても肩透かしが続く。そして張込み最終日。ついに動きが。
夫と子供を送り出し、掃除、洗濯、炊事、裁縫、風呂の湯沸かしを黙々と、ニコリともせずにこなす。日常を刑事は見つめ続ける。子供たちにとっては継母だけに、やりとりは距離を感じる。夫は彼女を召使いのように扱う。若い刑事は結婚に踏み切るかどうかまさに迷っていただけに、張込みする視線の先にいる女性を見ながら、自分の恋人、持ちかけられている縁談のことも考えてしまう。こんな退屈な日々を送る女性に、凶悪犯が接するはずがあるまい。ところが、張込み最終日。ついに逃げている男が現れる。山間の温泉宿へ向かう二人を追う刑事。そこで彼は、女性がそれまで見せたことのない幸福そうな表情や男を抱きしめる激しい姿を見ることになる。延々と僕ら観る側も焦らされ続けるので、クライマックスが迫るにつれて緊張感が高まり、ドラマも一気に動きを見せる。
張込みする旅館から見下ろす家庭の風景は、ヒッチコックの「裏窓」を思わせる舞台装置だが、この映画では会話までしっかり聞こえるから舞台劇的でもある。またラジオ番組を楽しむ姿や、市場で聞こえてくる「港町十三番地」、混んだ列車の様子など当時の風俗も興味深い。サスペンス描写の中に人間模様が色濃く描かれるのは松本清張作品の魅力だが、犯人を追う刑事が歩く山里の遠い道のりや祭りの雑踏で焦る様子は映画だからこそ強く伝わる。感情を抑えた前半と元恋人と再会する後半を演じ分ける高峰秀子が素晴らしかった。
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大木実,高峰秀子,高千穂ひづる,田村高広,宮口精二 | |
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