Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

2022年10月のプレイリスト

2022-10-31 | 音楽

◆2022年10月のプレイリスト◆

1 生きのばし (The ピーズ)
「マイ・ブロークン・マリコ」エンドロールで使用された楽曲。歌詞が胸に突き刺さる
2 薔薇は美しく散る (影山ヒロノブ)
「ベルばら」主題歌のアコースティックなカバー。
3 祝福 (YOASOBI)
「ガンダム 水星の魔女」OP曲。作品テーマを反映したストレートな歌詞がいい。
4 Love Theme From Flashdance(Helen St. John)
ピアノのアルペジオが美しい。自転車で走る場面を思い出す。
5 LONELY MAN (佐藤竹善)
新作AORカバーアルバムに収録されたSHOGUNのカバー。
6 ラブ・ドラマティックfeat.伊原六花 (鈴木雅之)
カラオケ🎤行きたい。
7 シルシ(Lisa)
エアロフォンで密かに練習中🎷
8 Love Stinks (The J. Geiles Band)
愛はクソだ♪って歌えるスゴさよ。
9 ジャコビニ彗星の日(松任谷由実)
歌詞に出てくる「72年10月9日」から50年。アルバム「悲しいほどお天気」は名盤。
10 Comment Te Dire Adieu (さよならを教えて)(Françoise Hardy)
ゲンスブール楽曲が好きなのはこれを聴いた子供の頃からなのかも。

11 愛はブーメラン(松谷祐子)
「うる星」主題歌屈指の名曲。
12 懐かしの4号線(高橋研)
後に中村あゆみに楽曲提供する高橋研の初期作品。中坊の頃大好きな曲だった。
13 Watermelon Man (Herbie Hancock)
吹きたい🎷
14 火星-戦争をもたらすもの (Emerson Lake & Powell)
ホルスト「惑星」のカバー。コージー・パウエルの重たいドラムが似合う。
15 Face It Alone (Queen)
フレディ歌唱による未発表曲をリリース。
16 悲しみよこんにちは(斉藤由貴)
久々に「めぞん一刻」見たもので。やっぱり名曲。
17 恋の瞬間(FLYING KIDS)
目と目が合う瞬間を僕はずっと待ち続けてる♪
18 オレンジ色(Choucho)
アニメ「ツルネ」ED曲。
19 あかねいろ(佐藤さんと鈴木くん)
「かいけつゾロリ」アニメ版のED曲。君が笑わなきゃ僕も笑顔になれない♪って歌詞が好き。
20 Dancing With The Moonlit Knight (Genesis)
これが収録されたアルバム「月影の騎士」の良さが近頃やっとわかってきた。

21 マリー・アントワネット(水曜日のカンパネラ)
お菓子を食べればいーんじゃなーい♪
22 星空のエンジェルクィーン(Dera Sedaka)
アニメ「1000年女王」主題歌だった喜多郎作の名曲。
23 タマシイレボリューション(Superfly)
カラオケ行きたい🎤
24 迷子犬と雨のビート(ASIAN KUNG-FU GENERATION)
アニメ「四畳半神話体系」OP曲。
25 WINDY LADY(山下達郎)
テレビ番組で横山剣さんがカッコよさを解説。
26 Miami 2017(Billy Joel)
このイントロ猛練習したんだよなぁー🎹。90年のヤンキースタジアムライブをBS録画で鑑賞。
27 Something Happend On The Way To Heaven (Phil Collins)
ホーンセクションのアレンジが好き。
28 エチュードは1曲だけ(渋谷凛(福原綾香),上条春菜(長島光那),神谷奈緒(松井恵理子),神崎蘭子(内田真礼),三船美優(原田彩楓))
「アイドルマスター シンデレラガールズ劇場」ED曲。もろ歌謡曲なのが好き♪
29 スローハンドに抱かれて(原由子)
夫との出会いは、エリック・クラプトン好きとの共通点からなんだって。
30 夏の終り(香坂みゆき)
91年リリースのカバーアルバム3部作が配信解禁。歌声に癒されるオフコースのカバー。

31 Lollipop Candy BAD Girl (Tommy heavenly6)
ハロウィンソングといえば♪🎃



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怒りのガンマン/銀山の大虐殺

2022-10-30 | キル・ビルのルーツを探せ!

◼️「怒りのガンマン/銀山の大虐殺/The Big Showdown」(1969年・イタリア)
「キル・ビル」のルーツを探せ!(その36)★アニメパートのBGM

監督=ジャンカルロ・サンティ
主演=リー・ヴァン・クリーフ ピーター・オブライエン ジェス・ハーン

リー・ヴァン・クリーフ主演のマカロニウエスタン。3000ドルの賞金首のフィリップを巡って、賞金稼ぎたちが群がる。彼はサクソン兄弟の父を殺害した罪で手配されている。元保安官のクレイトンは町で囲まれていたフィリップを助ける。フィリップは無実で、真犯人は別にいるからだとクレイトンは言う。フィリップはサクソン兄弟への復讐に燃えて、単身町へ乗り込む。

世間の評価は高くないと聞いていた。駅馬車でやってくる人々のユーモラスなやりとり、クレイトン一家に嫁入りする予定の女性が正義感を貫く様子が描かれて、ストーリーを盛り上げる要素は揃っているが、確かに中途半端な印象ではある。邦題になっているマシンガンによる虐殺場面は、遠景が多いのでさほど残虐には見えない。

殺害事件の真犯人をめぐるミステリー要素が面白い。モノクロームで描かれた事件の場面は、機関車の蒸気に隠れた相手との撃ち合い。犯人はシルエットでしか見えない演出がカッコいい。

ルイス・バカロフによる哀愁漂うテーマ曲が印象的。「キル・ビル vol.1」で、オーレン・イシイの生い立ちを語るアニメーションパートで、この曲が使用されている。辛い運命に立ち向かう様子が、メロディにマッチしている。「vol.1」で過去の場面がモノクロになっているのは、この映画の影響なんだろか。


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パリ13区

2022-10-28 | 映画(は行)


◼️「パリ13区/Les Olympiades(Paris, 13th District)」(2021年・フランス)

監督=ジャック・オーディアール
主演=ルーシー・チャン マキタ・サンバ ノエミ・メルラン

映画観た後に無性に人恋しくなることがある。映画館を出て誰かの声が聞きたいと思ったり、特定の誰かを思い出してとっくに手元にないはずのつながりを感じられるのものを探してみたり。

「パリ13区」も僕にはそんな映画だった。でも他の映画と違うのは、触覚を刺激されたような気持ちになったこと。別にセックスシーンのせいじゃない。文字通りのふれあいを求める気持ち。「ノマドランド」を観た後で感じたどうしようもない寂しさじゃなくって、「パリ13区」ラストシーンのサラリとした幸福感がそんな気持ちにしてくれた。この映画を観終えた今の気持ちを分かってくれる誰かがいてくれたらなぁ。でもこういう映画は大抵一人で浸ってしまう。

この映画でも描かれるように、誰かとつながろうと思えば、いろんな手段がある昨今。広告を見てルームシェアで一緒に暮らすこと、とりあえずのセックス、出会い系アプリで誰か相手を探すこと。お金さえ払えば元ポルノスターがオンラインの画面越しにいいことしてくれる。でも本当に愛し合える相手とつながれるかは別問題。この映画は様々な人種の人々が暮らすパリ13区で、心からつながれる誰かと巡り合うまでの物語。

モノクロの映像がとても優しく感じられる。ウディ・アレンの「マンハッタン」と同様にスタイリッシュだが、それ以上に登場人物を見つめる僕らの視線を変えてくれる。登場するのは、台湾系のエミリー、アフリカ系のカミーユ、フランス人のノラ。キャスティングにあたり人種への配慮があったのかもしれないが、色彩を取り除いたことで人種偏見を緩和する意図があったのかもしれない。その分だけ男女が抱き合う場面ではコントラストがハッキリして、異なる個性が触れ合っているニュアンスが際立つ。果たしてこのつながりは、愛し合えるつながりになれるのだろうか。

エミリーと再び会いたいとカミーユが言い出すあたりから入り乱れる恋模様。でもついた離れたを繰り返すドロドロの恋愛ドラマを観る感覚じゃなく、愛を探す迷子の大人たちの気持ちの行方から目が離せない。元ポルノスターのアンジーとノラが次第に親しくなっていく様子に、こっちまで癒される気がする。

ラストは二つの場面で締めくくられる。インターフォン越しに告げられたひと言。
「聞こえない!もう一度言って!」
その後の表情。もう一つは逆光の中で横顔が重なる美しいシーン。ハリウッドのラブコメで感じる多幸感とは違う、じわーっとくる感覚。これが長く続く関係になりうるのかは別として、少なくとそれぞれが愛と呼べそうなものを見つけたのだ。



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トッツィー

2022-10-19 | 映画(た行)

◼️「トッツィー/Tootsie」(1982年・アメリカ)

監督=シドニー・ポラック
主演=ダスティン・ホフマン ジェシカ・ラング ダブニー・コールマン テリー・ガー

初めて観たのは高校時代。映画ファンを自称するようになった頃。三者面談で「映画なんて高尚な趣味は…」と担任に批判されて、親の前で先生を論破しようと熱弁をふるったおバカだった頃(恥)。新作「トッツィー」はお気に入りの映画だった。地元の映画館で鑑賞。リチャード・プライヤー主演「おもちゃがくれた愛」と二本立て。2022年9月にBSプレミアムの録画で再鑑賞。

初鑑賞当時、まだ数年の映画鑑賞歴でしかないのに、主要キャストの出演作を何かしら観ていた。過去に観た映画でのイメージがあるから、あの人がこんな演技を!こんな役を!すげえな役者って!と感激。俳優で映画を観る楽しみと映画を観続けることの面白さを実感できたのだろう。ダスティン・ホフマンは中学3年で「卒業」を観て(おマセ?)以来のファンだったし、ジェシカ・ラングは「キングコング」、ダブニー・コールマンは「9時から5時まで」、テリー・ガーは「未知との遭遇」、ルームメイト役のビル・マーレイは「パラダイス・アーミー」を観ていたし、チャールズ・ダーニングはいろんな映画で脇役やってる。見たことのある顔ばかり。特撮の添え物みたいに言われていたジェシカ・ラングが、等身大のヒロインで素敵だった。

ラストの
「あの黄色い服貸してよ」
のひと言で涙🥲。ストレートに「わかった、許してあげる」とは言わない。昔の映画は台詞が粋なんだよね。
「私、意外と男に詳しいのよ」
そりゃそうだ!🤣観客だからわかるひと言。こういう仕掛けは観ている側の気持ちをアゲてくれるね。ダブニー・コールマンは「9時から5時まで」と同じく、また女性の敵みたいな中年男役やってる!。以後このイメージで僕の中で定着したw
「どうりで俺に魅力を感じないわけだ」🤣

演出家に口応えばかりする頑固な俳優マイケル。2年間失業中の彼は、仕事を得る為に、女装してドロシーと名乗り、ソープオペラ(昼ドラ)の出演を勝ち取り、一躍人気者になってしまう。その一方で共演者ジュリーに恋をしたマイケル。果たして恋の行方は、彼をめぐる騒動の結末は。

マイケルがやったことは決して褒められたことではないのだけれど、ラストで彼が「女装して男として成長した」というのは間違いじゃない。それは今まで自分のことばかりだった彼が、人の痛みや思いを知る経験でもあったのだ。映画だから許される話だとは思うが爽やかな結末が素敵だ。やっぱりダスティン・ホフマンの演じるちょっと情けない男が好きだ。

音楽はデイブ・グルーシン、主題歌It Might Be Youはスティーブン・ビショップ。
楽屋が相部屋になる下着姿の女性ジーナ・デイビスだったのか😳

Tootsie (1982) Trailer #1 | Movieclips Classic Trailers

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スペンサー ダイアナの決意

2022-10-16 | 映画(さ行)


◼️「スペンサー ダイアナの決意/Spencer」(2021年・イギリス=ドイツ=チリ)

監督=パブロ・ラライン
主演=クリステン・スチュワート ティモシー・スポール ジャック・ファーシング サリー・ホーキンス

ダイアナ妃が離婚を決意するに至った、1991年のクリスマス3日間を描いた作品。既にチャールズ皇太子との関係は冷めており、皇太子の愛人であるカミラ夫人の存在がスキャンダラスに報道されていた頃。王室へ視線が注がれると共に、皇太子妃ダイアナにも世間の目は集まっていた。エリザベス女王の私邸で過ごすクリスマスは3日間を楽しんだ証として体重が増えている記録をとり、毎日それぞれの場面で着る衣装が準備され、キジ狩りの行事が用意されている。長く続く儀式のような催し。

王室という格式ある場に加わることに、尋常ではない覚悟をもってダイアナはチャールズに嫁いだはず。しかし夫が愛人に贈った真珠のネックレスと同じものが妻にも贈られ、世間はそれを騒ぎ立て、パパラッチを避けるためにダイアナは部屋のカーテンを開けることまでとやかく指示をされる。過食症となっていたダイアナにのしかかったストレスが、どのくらいのものだったのか、庶民には想像もできない。だが、引きちぎったネックレスの真珠ごとスープを口に運ぶ狂気じみたイメージ、繰り返される嘔吐シーン、ヘンリー8世に処刑されたアン・ブーリンの亡霊、映画全編に流れる不協和音を伴った弦楽による劇伴は、彼女が置かれた心理的な状況を示すのには十分だ。子供たちといる時間だけが癒しになっているのに、その子供の前でもプレッシャーにギリギリで耐えている自分を見せてしまう悔しさはどれだけのものだったろう。

実はこの映画を観る直前に、職場でメンタルヘルスの研修を受けたばかりだった。それだけにダイアナの精神的なストレスや、身体の不調が深刻になっていく様子から目が離せなくなってしまった。舞台が大きく変わらず、会話劇中心で、しかも不協和音が不快な劇伴の映画。場合によっては飽きてしまったり、こっちの体調が今イチなら寝落ちしてたかもしれない(前の席のご婦人はシートの右側から常に頭がのぞいてたから多分爆睡)。でも今回は違う。自分も見守っているような、苦しみを共感しているような気持ちになっていた。だから映画終盤でサリー・ホーキンスの顔を見た瞬間に、僕自身もどれだけホッとしたか。

普通の子供と同じような体験をさせて育てたかったダイアナが、子供を連れて屋敷を後にするクライマックス。ポルシェのオープンカーで親子3人が声をあげて歌うのは、Mike + The Mechanicsの86年のヒット曲、All I Need Is A Miracle。80年代洋楽好きの僕にはまさかの選曲で嬉しかったのだが、楽しそうに歌う親子と明るい曲調にかかわらず涙がにじんだ。

(歌詞の意訳)
「行きたきゃ行けばいいし、
 いたければいればいい」と僕は言った。
君がいなくなったって、僕は気にしない
君を子供のように扱ったけれど
この先君がいなくなるのは寂しいんだ
必要なのは奇跡、必要なのは君なんだ

去っていく恋人への気持ちを歌った流行歌。子供たちは無邪気に歌う。けれどダイアナは夫から"必要なのは君"とは決して言ってもらえないのだ。奇跡なんて起こらない。そしてその数年後にダイアナに起こる悲しい出来事を思うと胸が痛む。

クリステン・スチュワートの役づくり、憎まれ役のティモシー・スポール、いい仕事です。




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テルマエ・ロマエ

2022-10-14 | 映画(た行)





◼️「テルマエ・ロマエ」(2012年・日本)

監督=武内英樹
主演=阿部寛 上戸彩 市村正親 北村一輝

ヤマザキマリの原作が大好きだ。それを実写映画化というだけでも驚きなのに、まさか日本人(の濃い顔)でキャスティングする驚き。どうせ話題性だけでしょ、と公開当時は完全にスルーしていた。映画はヒットを記録したが、どうせテレビ局資本の映画でしょ、とまだまだ見向きもしなかった。ところが、海外特にイタリアでの反応が素晴らしいと聞き、フェリーニも愛したチネチッタスタジオで撮影が行われたとの情報もやっと耳に入ってきた。観てもいいかな(何様?w)

タナダユキ監督が「マイ・ブロークン・マリコ」のインタビューで、「マンガ原作は怖い。画があることでカットも影響される。役者にもプレッシャーがある。でも映画化は原作を変えるのではなく、それを活かせばいいという考えになりました」と話している。なるほど。

そう考えると実写版「テルマエ・ロマエ」は実にバランスがいい。前半は原作のエピソードを間髪入れずに繰り出してくる。あー、確かに実写化すればこうなるよな。テンポもいいし、面白い。原作で笑わせてくれた印象深い場面も再現度高いし、チネチッタに設けられた古代ローマのセット撮影の説得力に、スタッフの本気が見える。観客の心を掴んで離さない仕掛けが次々に繰り出される。でもここまでがファンサービス。

映画オリジナルのエピソードとなる後半は、歴史改変の阻止とルシウスの技師としてのプライド、そこに温泉文化の誇りが詰め込まれ、複数要素のハラハラで最後まで飽きさせない。劇場版らしいスケールの大きさが楽しませてくれる。原作へのリスペクトとエンターテイメントとしての仰々しさ。この作風を武内監督は「翔んで埼玉」でさらに昇華させたんだと再認識。これがタナダユキ監督が言う"原作を活かす"なんだろう。

原作のよさあっての映画ではある。でも実写化したからこそ表現できたのは、水の質感と湯に浸かる心地よさなのではなかろうか。湯気の向こうにいる人たちの気持ちよさそうな緩んだ表情が、世知辛い日々でしかめてしまった僕らの表情も気持ちも緩ませてくれる。そして実際に湯に浸かってさらにホッとしたいと思わせてくれるのだ。





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婚約者の友人

2022-10-12 | 映画(か行)





◼️「婚約者の友人/Frantz」(2016年・ドイツ=フランス)

監督=フランソワ・オゾン
主演=ピエール・ニネ パウラ・ベーア エルンスト・ストッツナー マリエ・グルーバー

フランソワ・オゾン監督がエルンスト・ルビッチ監督のクラシック「私の殺した男」をリメイクした作品。僕はオリジナルを先に観たのだが、オリジナルにある場面、台詞をより深く掘り下げて再構築したオゾン監督のセンスに圧倒される。後半はそう来たかっ!と切ない物語にしんみりしながらも、次に何がくるのかワクワクしている自分がディスプレイの前にいる。これは映画館で没頭して観たかったかも。

第一次世界大戦の独仏戦で息子を失った老夫婦と息子の許嫁アンナ。彼女たちが住む町にフランス人の男性アドリアンがやって来る。彼は戦争で亡くなったフランツの墓に花を手向ける。フランツの母とアンナは彼を呼び出し、フランツとの関係を問いただすと、彼は友人だと答えた。息子を殺したフランス人だと嫌っていた父も彼を受け入れ、アンナも次第に好意を感じ始めていた。しかし周囲の反応は冷たい。そんな中、アドリアンはアンナに本当のことを話したい、と告げる。その真実とは。

オリジナルは彼が何のためにドイツを訪れたかは映画冒頭で明確に示される。彼の葛藤と、帰還兵の悲しみと苦しみ、そして彼がついた「嘘」を彼女がどう受け止めて「許し」を与えるか否かが描かれる。1930年代という製作時期を考えると、戦後の心の問題をここまで掘り下げていることに驚かされる秀作だ。

オゾン監督版は彼がドイツを訪れた理由をひた隠しに隠す。それ故にこの映画の宣伝や触れ込みは"ミステリー仕立て"めいたものになっていた。友人だと名乗った彼の話で家族とアンナが思い浮かべる情景は、彼とフランツが美術館を楽しんだり、バイオリンを奏でる姿。オゾン作品をあれこれ観ていると、あぁ、BL話に行っちゃうのかな…と早合点してしまうかも。問題は彼が真実を告白してからだ。アンナはそれを受け入れない。オリジナルでも簡単に受け入れて「許し」に繋がった訳ではないけれど、オゾン版はそこから先に彼女がつき続ける「嘘」に着目して、そこに切り込んでいくのだ。

映画後半は、「許し」の気持ちを込めた彼への手紙の返事が、アンナの元に返送されてしまうところから始まる。ここから先はオリジナルには登場しない展開だ。アンナはアドリアンを探すために一人パリへと旅立つ。きっと幸せになってくれると信じて送り出す老夫婦。紆余曲折を経て二人は再会するが、そこには感情を強く揺さぶる新たな展開が待っている。

前後半の対比も見事。後半はフランス国内でのドイツ人への感情が露骨に示される。フランツの父が口にする台詞はオリジナルにも出てくる。
「息子が死んでビールを飲む。フランス人は息子が死んでワインを飲む。若者たちに武器を持たせたのは誰だ?俺たち大人じゃないか。」
心を揺さぶる名言で戦争を端的に言い表している。フランス側が描かれることで、反感だけをむき出しにする戦後の状況が悲しく感じられる。そして、勧められる結婚という対比も。

この物語のフランス人男性は、真実を告げて「許し」を得たい。近づく為に「嘘」をついただけ。しかしオゾン版の女性アンナは、後半「嘘」をつき続けることになる。両親のように慕うフランツの父母を気付けたくない一心からアドリアンの真実を告げない「嘘」。それはオリジナルの彼女もそれを選んだ。しかし、アンナはさらに自分の気持ちにも「嘘」をつき続けることになる。

「"許す"と伝えるために来てくれたのに」
とアドリアンは言う。でもアンナの気持ちはそれだけではない。そこをアドリアンの家族に見透かされたアンナは、「彼を困らせないで」と言われる。「困らせているのはフランツです」と答える。それは確かに真実。でもそれは「嘘」。神父に告白するシーンがオリジナルとは違う使われ方をしていることに驚くし、「嘘」が彼女にとってどれだけの重荷になっているのかが伝わる。オリジナルへのリスペクトを感じさせる見事な改変だ。

パートカラーになっている構成は、幸福と感じられる場面に色彩がつけられているのではなかろうか。「初恋のきた道」が、愛する人がいたカラーの過去と、いないモノクロの現在に分けたのと同様の表現かと。

あの絵を見つめるラストシーン。
「生きる希望がわきます」
その言葉の真意はうまく言葉にできないけれど、きっとアンナの言葉に「嘘」はない。だって、その場面には色彩が添えられていたのだから。




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私の殺した男

2022-10-10 | 映画(わ行)


◼️「私の殺した男/The Man I Killed」(1932年・アメリカ)

監督=エルンスト・ルビッチ
主演=フィリップス・ホームズ ライオネル・バリモア ナンシー・キャロル ルイズ・カーター

第一次世界大戦中の独仏戦で、主人公ポールはドイツ兵ウォルターを殺害した。ウォルターは恋人に宛てた手紙に署名して息絶える。その死に顔が忘れられないポールは、悩んだ末にウォルターの家族を訪ねて許しを乞おうと考えた。まだ敵国への憎悪がくすぶるドイツの町。ウォルターの父親はフランス人男性というだけでポールを激しく罵る。しかしウォルターの墓参りをしていたことで、母親と許嫁のエルザがポールを友人だと誤解してしまう。ポールは一家に歓待され、両親もエルザもポールに好意を抱くようになる。しかし町の人々はフランス男性をもてなすウォルターの家族にも冷たい反応を示す。

エルンスト・ルビッチ監督というとコメディのイメージが強いのだが、「私の殺した男」はシリアスな葛藤のドラマ。だがところどころにユーモラスな表現が散りばめられて、ストーリーに引き込んでくれる。例えば、お喋りなメイドから町中に噂が広まる様子。敵国からやって来た青年と付き合うエルザを見るために、次々と店のドアが開かれるのだが、短いカットで見せた後はドアベルの音が続くことでテンポよく示す。そしてクライマックスの人情ドラマも素敵だ。

しかしその背景にあるのは戦争が引き起こす悲劇。映画冒頭で町をパレードする軍隊を、片足を失った松葉杖の男性の股から撮ってみせる。もうこの台詞なしのカットだけで、状況を理解させてしまう。帰還兵のPTSD描写は今でこそ映画によく登場するけれど、1930年代にこの辛さを当事者の目線でテーマにしているのはすごいと思う。また敗戦国ドイツの人々の感情、一人の人間としてポールを認める父親の言葉、父親の考えに握手を求める帰還兵。戦争がもたらす悲しみとかすかな希望。この映画の製作当時のスクリーンのこちら側は、世界恐慌が深刻さを増していく時代。そして再び大戦へと進むのである。

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マイ・ブロークン・マリコ

2022-10-08 | 映画(ま行)


◼️「マイ・ブロークン・マリコ」(2022年・日本)

監督=タナダユキ
主演=永野芽郁 奈緒 窪田正孝

トモヨとマリコの関係を何と呼んだらいいのだろう。親友?でも「シイちゃんに彼氏ができたら死ぬ」とかなかなかめんどくさい女子のマリコ。依存?「あたしには正直あんたしかいなかった」とトモヨ。共依存?。恋とも違う女子の連帯関係は、男にはうまく表現できない。だって男って、相手と同じところに属しているか、何かを共有してる間柄でもない限り関係が長続きしにくい生き物。しかもなかなか腹を割れない。男の方がめんどくさいのかもな。ともあれトモヨとマリコを単なる幼なじみとくくるのでは足りないシスターフッド。幼い頃からお互いの苦しみを知っている関係。

それなのにマリコが突然の飛び降り自殺。しかもトモヨには何も遺さずに。マリコに虐待を繰り返していた親から遺骨を奪ったトモヨは、二人で行こうと言っていた海へと向かう。

ガサツだけどタフなトモヨのキャラクターが実にいい。マリコからの手紙が入った缶、履き古してカビ臭いDr.Martin、マリコとツーショットの写真。さらに窪田正孝演ずる釣り人が「名乗る程の者じゃございません」と言いながら振り向くと思いっきり名前書いてるクーラーボックスとか、キャラクターを表現する小道具の使い方が素敵だ。明るい笑顔のイメージがある奈緒演ずるマリコが、壊れていく様子が見ていて痛い。お前が悪いと虐待されて、それを真剣に怒ってくれる友達。喫茶店でその友達に感覚がおかしいと言われて、表情を変えずに「ブッ壊れてるんだよ」という場面の説得力。

原作コミックは未読なので比べることはできないけれど、とにかく台詞の一つ一つがじわじわ胸にくる。特に心に残るのは窪田正孝が駅のホームで言うひと言。
「死んだ人に会いたいと思うなら、自分が生きなきゃいけないんじゃないですかね」
これは心にしみた。誰かがいなくなって、泣きじゃくって生きるだの死ぬだの大騒ぎしたけど、それでも日常はやってくる。群衆に紛れていくシーンも素敵だ。タナダユキ監督の「ふがいない僕は…」もそうだったけど、ボソッとつぶやくひと言にいろんな気持ちが感じられて、映画が終わって噛み締めてしまう。「シイノトモヨ、恥ずかしながら帰って参りました」との帰還兵のような台詞が心に響いた。そして無言のラストシーン。永野芽郁の息づかいとトモヨの気持ち。エンドクレジットで流れる「生きのばし」の歌詞が心に響いた。

これで85分。なんて素晴らしい。




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アバター:ジェームズ・キャメロン 3Dリマスター

2022-10-03 | 映画(あ行)


◼️「アバター:ジェームズ・キャメロン 3Dリマスター/Avatar」(2022年・アメリカ)

監督=ジェームズ・キャメロン
主演=サム・ワーシントン ゾーイ・サルダナ シガニー・ウィーバー スティーブン・ラング

「アバター」の世界的なヒットや世間の好意的な評は聞いていたけれど、なんかそそられずに敬遠してきた。ジェームズ・キャメロン作品はそれなりに好きだ。「ターミネーター」に代表される独創的なSF作品、「ランボー2」の脚本以来貫かれる"強い女"のカッコよさ、日本アニメに影響を受けたと聞く描写の数々。そして新作の度に新たな技術を開発して、映画撮影の進歩に貢献してきた人だ。僕は「タイタニック」本編よりメイキングで感激した人である💧。

「アバター」ではCGを駆使して、実写ではなし得ない世界を構築した。世界観という言葉がこれ程似合う映画もないだろう。

特撮の発達と共に映画を楽しんできた世代だから、その偉業はよーくわかる。でも2000年代になって、アクションシーンもCGが俳優に取って代わるようになってから、次第に冷めてきた。役者いらんやん。そしてついにキャメロンまでもが、CGに演技をさせるような映画を撮りやがった。なんてこった。あれ程俳優の活躍を技術で支える作品を撮ってきた人が。「アバター」は確かに映像革命かもしれないけど、俳優の活躍を見たい僕ら映画ファンの望みとは違うんじゃないか。…という明確な信念をもって、公開当時「アバター」をスルーした。初公開から13年。3Dリマスター版が続編に先駆けて公開され、やっと重い腰を上げた。観てみないとね。

公開当時、映画館にはリピーターが押しかけた。公開終了で、「もうあの世界をシアターで体験することができない」「現実世界に帰りたくない」と落胆する"アバター鬱"なる声が巷に溢れた。なるほど、その気持ちは分からんでもない。パンドラとそこに住む人々。創り込まれた世界と美しい映像は他では観られないし、劇場で観るからこそ"体験"できるものだ。

テレビ地上波で放送されても視聴率はそこそこだったが、2013年の放送では裏番組のNHKスペシャル「ダイオウイカ」に完敗したのも強烈に覚えている。映画館では冒頭の宇宙船シーンから3Dの奥行きある映像に引き込まれるし、ジャングルの中を進むシーンでは生い茂る草木に手が届きそうだ。クライマックスの空中戦の臨場感、ナヴィたちが住む村の風景。一度味わったら2Dには戻れまい。テレビでは"映像体験"にはならないだろう。

でも、僕は再びこの映画の世界に戻りたい、とまでは思えなかった。下半身の不自由な主人公がアバターで活躍する姿や、「エイリアン2」でキャメロン映画の"強い女"の代表となったシガニー・ウィーバーの好助演、人間側のドラマも確かに面白いけれど、エンドクレジットを迎えて強く心に残ったのは、人類の欲望の深さと愚かさ。その後味の悪さから、ハッピーエンドなのにどこか虚しさが残った。

クライマックスの激闘は見応え十分だけど、結局この展開が売りだったら今までのハリウッド製ドンパチ映画と何が違うの。映像の凄さは認めるし、本編の最後に流れた続編の美しさも凄いと思う。続編が自然との共生めいたテーマになるのなら、胸に響くメッセージを突きつけて欲しい。

あのラストは、絶対「Ghost In The Shell 攻殻機動隊」の素子と人形使いのシーンが元ネタだろう。やりたかったんだろな、キャメロンw



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