■「セラフィーヌの庭/Seraphine」(2008年・フランス=ベルギー=ドイツ)
監督=マルタン・プロヴォドス
主演=ヨランド・モロー ウルリッヒ・トゥクール アンヌ・ベネント
●2009年セザール賞 作品賞・主演女優賞・脚本賞・撮影賞・作曲賞・美術賞・衣装デザイン賞
●2010年全米批評家協会賞 主演女優賞
●2009年LA批評家協会賞 主演女優賞
画家というか芸術家の伝記映画は名演、熱演が特に多い。思い浮かぶだけでも「炎の人ゴッホ」のカーク・ダグラス、「カミーユ・クローデル」のイザベル・アジャーニ、「マイ・レフト・フット」のダニエル・ディ・ルイス、「モンパルナスの灯」のジェラール・フィリップ、「赤い風車」のホセ・ファーラー、「北斎漫画」の緒方拳。まだまだある。多くの人に知られる実在の人物を演ずるのは確かに力もこもるだろう。だが、役者にとってはたった一人で自分の作品に立ち向かう孤独な戦いを演ずることになる。「美しき諍い女」みたいに美しいモデルこそいるかもしれないが、役者自身も相手役とのかけあいもない孤独な戦いだ。狂気にも似た執着心、美を追い求める執念。観る側の僕らはその作品に込められた芸術家たちと、その人物に魅せられて映画を製作した人々の思いを知ることになる。それは映画が娯楽でなく総合芸術として、美術とコラボする幸せな瞬間。
セラフィーヌ・ルイは20世紀初めに数々の作品を描いたフランスの女性。お屋敷の家政婦として働く貧しい女性だった。信心深い彼女は神から絵を描くようにとのお告げがあったことをきっかけに独学で絵を描き始める。植物や果実を描く彼女の素朴な絵。お屋敷に間借りしてきたドイツ人の画商ウーデは、セラフィーヌの絵を見て感銘を受け、彼女に絵を描き続けるように勧める。貧しい自分をからかっているのだと感じていたセラフィーヌも次第に彼の言葉に夢を膨らませるようになる。しかし、第一次世界大戦が勃発。ドイツ人であるウーデはフランスを追われることに。戦後ウーデと再会し、金銭的支援を受けて絵に没頭するセラフィーヌだったが、次第に心のバランスが崩れ始める。
この映画の最大の魅力は、何と言ってもセラフィーヌを演じたヨランド・モローの演技。「アメリ」や「ミックマック」で印象的なバイプレイヤーとして知ってはいたが、この主演作では素晴らしい演技をみせる。無垢で純粋な女性の役だけに、全編で表情が次々に変化する。ウーデに接するとき、自然に触れるリラックスしたときに魅せる独特の優しい笑顔。絵筆を手にしてから険しい表情。天使に語りかける場面のトリップしたような表情。精神のバランスを崩してからの怒りの表情。精神病院での無表情。笑顔が失われていくラストは何とも言えない寂しさを感じる。
この映画を語るには言葉が足りない。それは視覚で魅せる映画だからだ。この映画を前にして僕らは評する言葉を選べない。映画を通じてこうした女性画家がいたことを知る喜び。それはもちろんだが、彼女が遺した作品を眼にする喜びは言葉で表現することが陳腐に思えてくる。