◼️「ドライブ・マイ・カー」(2021年・日本)
監督=濱口竜介
主演=西島秀俊 三浦透子 岡田将生 霧島れいか
原作が収められた村上春樹の作品集「女のいない男たち」には、ちょっと思い入れがある。文芸春秋社が本屋ポップに使うコピー文章を募集する企画があって、応募したら光栄にも選ばれた。本屋の店頭に平積みされた新刊と一緒に飾られた。書店員でもないのに、大好きな村上春樹作品に自分の文章が添えられて、めちゃくちゃ嬉しかった。
今回の映画化は、短編「ドライブ・マイ・カー」と、同じ作品集に収録された「シェエラザード」「木野」の2編のエピソードを付け加えて書かれた脚本である。舞台設定やドライバーを雇うことになるいきさつは改変されているが、原作にある台詞は丁寧に用いられていて好感。だが、それ以上に劇中演じられるチェーホフの「ワーニャ伯父さん」の台詞が散りばめられて、それがストーリーとところどころ響き合うような効果をもたらす。3時間の長尺を耐えられるのか心配だった。だが、この映画の言葉を大切にする姿勢と、込められた文学へのリスペクトに、ひと言ひと言を噛み締めようと聴き入っている自分がいる。ここまで構築するにはかなり考えに考えを重ねて脚本を仕上げたんだろう。カンヌの脚本賞、個人的には納得できる。
音声がすごくクリアで、西島秀俊のボソボソしたしゃべりや三浦透子の淡々とした口調もきちんと聴き取れる。
村上文学に登場する人物はみんな喪失感を抱えた人ばかり。この原作も然りで、現実とうまく向き合うことができなくて不安を抱えた主人公だ。西島秀俊は、大河ドラマ「八重の桜」以降、筋肉質で好印象な男優となり、自信にあふれる役柄も多い。だけどひと昔前はどこか頼りないヤサ男の役柄が多かった人でもある。「ドライブ・マイ・カー」では、その両面が生きている。演出家としての自信と裏腹に、亡き妻へのくすぶる思いに揺れる弱い自分を抱えている。クライマックスの感情が昂る表情は、昔の彼を見るようだった。それは村上文学の男をちゃんと表現できているのだと感じられた。
他言語で舞台劇を創り上げる主人公。その手法も、人と人のコミュニケーションの難しさを僕らに投げかけている。だからこそ手話が用いられる場面は、視線を惹きつけて離さない力がある。また広島市を舞台にしたことで加味されたメッセージ。そして原作では踏み込まなかったところにも、本作は深入りする。原作に思い入れがあるだけに「そこ行っちゃう!?」と不安に思ったが、付け加えられたパートが深く考えぬかれたものだと感じられた。
「ノルウェイの森」の映画化に激怒して以来、村上春樹作品の映画化は観るのをためらってしまう。でもこれは観てよかった。個人の感想です。劇伴も地味だし、徹底した会話劇だけに、きっと長尺に耐えられない人もいるとは思う。
映画『ドライブ・マイ・カー』90秒予告