Some Like It Hot

お熱いのがお好きな映画ファンtakのつぶやき。
キネマ旬報社主催映画検定2級合格。

2025年2月のプレイリスト

2025-02-28 | 今日のBGM



◆2025年2月のプレイリスト
2025年2月に聴いていた愛すべき28曲

1 Walking In The Rain(恋の雨音)(Cheryl Ladd)
テレビ版「チャリエン」ED曲。Dance Forever聴きたい。配信に見当たらず😩
2 「バッハの旋律を夜に聴いたせいです。」(サカナクション)
不思議な雰囲気のPV、楽曲の構成と発想の面白さがクセになる。
3 薔薇は美しく散る(影山ヒロノブ)
フラメンコ調のアレンジがカッコいい、アコースティックなカバー。
4 Breakdance(Irene Cara)
時々恋しくなる80'sの音
5 Stand By Me(Def Leppard)
LA山火事救済チャリティでリリースされた名曲カバー。寄り添う気持ちがこれ以上伝わる曲があるだろか。
6 世代(泉谷しげる)
NHKの「SONGS」、新作セルフカバーのアレンジで。小林香織さんのサックス、カッコいい🎷✨
7 How Does It Feel(Toto)
ハードなイメージのアルバム「Isolation」収録、包み込むような優しいバラード曲。
8 夢見るシェルター人形(夢見るシャンソン人形)(ジューシィ・フルーツ)
映画「ウィークエンド・シャッフル」鑑賞。核戦争後も変わらない少女の恋心がテーマの日本語詞🤔
9 悦楽カメリア(水樹奈々)
和テイストのロック。PVが色っぽくて好きだった。
10 追(レスリー・チャン)
映画「君さえいれば/金枝玉葉」主題歌の美しいバラード。作曲はディック・リー。

11 花(藤井風)
内なる花。いい響きの歌詞と渋いアレンジがカッコいい。
12 つまらない大人にはなりたくない(佐野元春&THE COYOTE BAND)
「ガラスのジェネレーション」の素晴らしいリメイク。このタイトルが胸に刺さる🥹
13 ニートな午後3時(松原みき)
I'm gonna feel neat, neat, everyday♪
※neat=すっきり、さっぱり、きちんとした 
14 Ma jeunesse fout l'camp(もう森へなんか行かない)(Françoise Hardy)
アルディを初めて聴いたのは、テレビドラマで流れてたこの曲だと記憶している。
15 La Javanaise(ラ・ジャヴァネーズ)(Serge Gainsbourg)
ゲンスブールのドキュメンタリー映画を観る。オレの葬式はこの曲を流して欲しい。
16 いくつもの星の下で(オフコース)
アルバム「we are」を聴き直す。アンチだった時期があるのに歌えるのは何故だ💧
17 Civil War(Guns 'N Roses)
映画「シビル・ウォー」鑑賞。この曲を期待したが流れず。ジャンキーな歌が流れ続ける。悲しいけど戦争って麻薬なのよね。
18 Cinema Italiano(Kate Hudson)
映画「NINE」より。
19 Twilight In Upper West(T-Square)
セルフカバーアルバム「夢曲」ver.を聴き比べ。🎷のブレス位置が違うのが慣れない。
20 続・エマニエル夫人(Francis Lai / Sylvia Kristel)
フランシス・レイ楽曲の中でもお気に入り。ボーカルはシルビア・クリステル。

21 Starting Line(feat. Emily C. Browning)(Cory Wong)
カッティングが心地よい曲はドライブミュージック向きと思うのは僕ら世代だけ?
22 Carnival(The Cardigans)
冬に聴きたい洋楽を考えると、この曲収録のアルバムジャケを思い浮かべる。
23 星降る夜に騒ごう(B'z)
シングルBE THEREのカップリング曲。
24 Headlong(Brian May)
ソロライブ盤収録のクィーン楽曲。
25 Sir Duke(愛するデューク)(Stevie Wonder)
高校時代に吹奏楽部で演奏した。間奏のブラスのユニゾンが難しいんよ🎺♪
26 TOKYO TACO BLUES(てつ100%)
東京の地名羅列をケラケラ笑ってたけど、エッチな歌よね。俺は何も千駄ヶ谷♪
27 チャンス到来(バービーボーイズ)
高校時代によく聴いた。もどかしい瞬間を切り取った歌詞がたまらない。
28 Unite(The Jazz Avengers)
活動休止の報が🥺。メンバーのソロ作品はこれからも聴きます!ライブで観たかったなぁ。







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第三の男

2025-02-26 | 映画(た行)


◼️「第三の男/The Third Man」(1949年・イギリス)

監督=キャロル・リード
主演=ジョセフ・コットン オーソン・ウェルズ アリダ・ヴァリ トレバー・ハワード

映画の魅力に目覚めた中坊の頃。まだレンタルビデオもない時代だから、映画と名のつくものがテレビで放送されたら、時間の許す限り挑んでいた。特にNHK教育テレビの「世界名画劇場」でクラシック映画に触れる機会があったのは、今思えば貴重なこと。その頃に観たクラシックで、あるサスペンス映画に夢中になった。キャロル・リード監督の「第三の男」である。大学生の頃、「市民ケーン」と二本立て(どちらもオーソン・ウェルズとジョセフ・コットン共演)で観る機会にも恵まれた。

オーストリアの民族楽器チターが奏でる調子のいい主題曲は、90年代からエビスビールのCMで使われてお馴染み。40本弱の弦が張られた箏やスライドギターに似た楽器。映画のオープニングでは、楽器を上から撮った映像が映るけれどもどうやって弾いているのだろう?と昔から疑問だった。You Tubeで検索したらアントン・カラスご本人の演奏動画を見つけた。ほぉー🤔長年の疑問解消w。

白黒映画だから際立つ光と影の演出は、何度見ても惚れ惚れする。有名なオーソン・ウェルズが登場する場面。物陰に隠れたハリー・ライムの顔が、部屋の明かりで照らされる。曲がり角に近づいて来る大きくて不気味な影、逃げるハリーと追う人々の影。ハリーを探す主人公ホリー・マーチンスが、ウィーンの街をさまよう場面でも、光と影が観ているこっちまで不安な気持ちにしてくれる。それはカメラのアングルが、街並みを映す時に常に傾いていたり、斜めのラインが映像に入るように仕組まれているのだ。駆け降りる階段も、英国の少佐がいる事務所も、ニッポンの劇画かと思えるくらいに斜めの構図が入って来る。クライマックスの下水が流れる地下トンネルは、もう迷宮のように見えてしまうのだ。有名な観覧車のシーンもその一つ。

そうしたテクニックの面白さだけでなく、脚本も見事。謎に迫るサスペンスとしての面白さはもちろん、ハリーの悪事を聞かされて裏切られた心持ちのホリーが、真実を知りたい気持ちと友を信じたい気持ちの狭間で葛藤する人間ドラマでもある。一方で、これは男と女のドラマでもある。ハリーの恋人だったアンナに情が湧くホリー。アンナが時々ハリーとホリーの名前を呼び違えたりするのも、ホリーのほのかな愛情をくすぐる。

ただでさえ緊張感が続く映画なのにユーモアも忘れないのもいい。そして映画史に残る最高のラストシーン。無言。渋いっ。カッコいいっ。英国少佐の部下を演ずる体格のいい男性は、後に「007」初代Mを演じるバーナード・リー。




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愛を耕すひと

2025-02-24 | 映画(あ行)


◼️「愛を耕すひと/Bastarden」(2023年・デンマーク=スウェーデン=ドイツ)

監督=ニコライ・アーセル
主演=マッツ・ミケルセン アマンダ・コリン シモン・ベンネビヤーク メリナ・ハグバーグ

マッツ・ミケルセンを知ったのは「007」の悪役。その後の出演作は数本しか観ていない。イケオジで人気があるから、本作「愛を耕すひと」もそうした人気で公開されたものだと勝手に思っていた。しかしながら、これはなかなかの秀作。予想以上に引き込まれてしまった。ともすれば暗い空気で救いのない地味な映画になりそうな題材だが、細部にまで配慮されたつくりと、複雑なのにすんなり受け止められる工夫が感じられる。ナメてました。すみません🙏

原題のBastardenは、デンマーク語で"私生児"を意味する。英題はThe Promised Land(約束の地)、邦題は「愛を耕すひと」。それぞれに主たる視線が異なるのだ。普段なら邦題を悪く言うことが多いのだけど、この映画をそう名付けたそれぞれの意がじんわりと響く気がする。

主人公の退役軍人ルドヴィ・ケーレンは、貧しい生活を送っていたのだが、デンマーク北部に広がる荒地(ヒース)を開墾する先駆けとなり、その見返りに貴族の称号を得たいと考える。誰も成し遂げたことのない開拓だったので許可した政府も半信半疑。ところがその地域の裁判官を務める貴族シンケルが、王領でなく自分の土地と主張し、ケーレンに度重なる嫌がらせをする。これが徹底した悪として描かれ、スクリーンのこっち側の僕らは怒りに震える。さらに王をとりまく政府の面々も頼りなく、ケーレンは苦難に立ち向かっていく。

原題の目線は主人公ケーレンの出自からきている。彼は貴族の下で働いていた母親が弄ばれて生まれたのだと劇中語る。婚姻外のいわゆる私生児。それ故に世の中での成功の証として、貴族の称号を得たいと執着する。

ケーレンが家事係を任せたアン・バーバラはシンケルの下から逃げた使用人だ。苦境に耐えかねて次々に人が去る中で、夫をシンケルに殺されたアン・バーバラは一人ケーレンと共に残る。そして心の距離が次第に近づいていく。アン・バーバラもケーレンと同じような出自だと知り、南方の異民族の子供アンマイ・ムスと共に擬似家族のような関係になっていく。

妻のように振る舞うアン・バーバラに貴族の女性が「家事係なのに」と言われる場面。また異民族を不吉だと嫌う入植者との対立。当時の階級社会、人権意識の乏しい状況が描かれていく。

同じベッドで暖をとっていた二人が、"お互い別の人を思いながら"と前置きした上で身体を重ねる場面は印象的だ。貴族に弄ばれた母親から生まれた者同士という共感点はあっても、主従関係にも似た雇用関係にある二人。ケーレンにしてみれば、実の父が母にしたことと形としては変わりはない。関係性が素直に人と向き合うことを阻害する。それだけにラストでアン・バーバラの下に向かうケーレンの姿は感動を呼ぶ。それまでの関係を超え、大切に思う人に気づいた瞬間。その場面には台詞すらない。もはや言葉ではない。あまりに簡潔な演出なのに胸に響く。このラストシーンは素晴らしい。

世間から取り残された3人が暮らす日々は、この映画の中でも唯一ほっこりできる心温まる場面だ。英題の"約束の地"は開墾するヒースそのもの。また、天国や楽園の意味もある。擬似家族から始まった3人の絆と安心できる場所は、開拓地をめぐる変遷と共に形を変えていく。成長したアンマイ・ムスの旅立ちがまた泣かせる場面。

自分の野心と執着のために突っ走ってきたケーレンが、相手を思うこと、立場を超えた大切な存在を知る。それは無骨な男が愛を知るまでの成長物語でもある。邦題はそこに着目した。いろんな意見はあると思うが、僕はそんなに悪くない邦題だと思う。耕す≒育(はぐく)む と受け止めると多少の違和感はあるけれど、不毛の大地を切り拓く中で主人公は愛を見つけたのだから。





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クリスチーヌの性愛記

2025-02-23 | 映画(か行)

◼️「クリスチーヌの性愛記/The Grasshopper」(1970年・アメリカ)

監督=ジェリー・パリス
主演=ジャクリーン・ビセット ジム・ブラウン コーベット・モニカ ジョセフ・コットン

ジャクリーン・ビセットの若い頃の出演作が観たくてセレクト。女優のセクシー場面を集めた雑誌の特集とかに載ってて、扇情的な邦題のせいでなんとなく記憶に残ってた映画。

うーん。正直、観なきゃよかったかも。

女性の転落物語は苦手だ。特に世の中の喰い物にされるような話は辛くなる。不幸に不幸が重なっていくストーリーは仕方ないにしても、ヒロイン本人の思いあがりや身勝手さが加わると映画を突き放したくなってくる。本作のヒロイン、クリスチーヌはまさにそんな主人公。

「君には才能がない。美人でボインだがそれ以外は並だ。」
彼女を気にかけてくれるベガスの経営者が、ショーガールに再びなろうとする彼女に忠告のつもりで口にするひと言だが、まさにそれ。「××を学びたい」と前向きなことを言うかと思うと、周囲の男に近寄って利用できるだけ利用する。黒人の元フットボール選手と結婚するがうまくいかない。過去の因縁から夫が亡くなる不幸には同情するが、その後の彼女の言動にはイライラされっぱなし。出会う男たちが彼女が望む幸せを理解せず、自分の幸せや利害だけを押し付けてきたのもかわいそうなところではあるけれど。

映画の後半に登場する老紳士(なんと「第三の男」のジョセフ・コットン!)は、それまでにない優しい男性だったが、若い妻を見せびらかしたいという理由で結婚を迫る。結局、男も身勝手な生き物。そんな老人を金ヅルに利用する彼女も彼女だが。

後に「プリティ・ウーマン」を撮るゲイリー・マーシャルが共同脚本にクレジットされている。娼婦の成り上がり物語である「プリティウーマン」と田舎娘の転落物語である本作は対照的に見える。決定的な差はヒロインのポジティブさ。

どよーんと暗い空気で終わるのかと思ったら、明るい行進曲が流れる中で、飛行機で空に文字を描くクライマックス。空にデカデカと描かれた汚い4文字言葉。そこだけは痛快な空気があった。ヒロインに魔手を延ばす不動産王が連れていた行儀の悪い小娘、エンドクレジットには"キャスリン・ターナー"とある。え?「ロマンシング・ストーン」の?違うかな。



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ノーコメント by ゲンスブール

2025-02-21 | 映画(な行)


◼️「ノーコメント by ゲンスブール/ Je suis venu vous dire...」(2011年・フランス)

監督=ピエール・アンリ・サルファティ
出演=セルジュ・ゲンスブール ジェーン・バーキン ブリジット・バルドー ジュリエット・グレコ

セルジュ・ゲンスブールは憧れの不良老人。後世に影響を与えた音楽の偉業はもちろん、関わった様々な女性の魅力を開花させたことにも憧れる。一方で、人を不快にさせることでリアクションを引き出す彼の表現は数々の物議を醸してきた。フランス国歌をレゲエにアレンジして右翼の反発を招いた件、Je t'aime... moi non plusに代表されるスキャンダラスな楽曲の数々。大胆な行動とは裏腹に、本当は人との接し方が下手でシャイな素顔を持つ男。

本作「ノーコメントbyゲンスブール」は、生い立ちから晩年までを追ったドキュメンタリー。面白いのは、セルジュ本人のインタビュー音声をナレーションとして使用して映画が構成されていることだ。発言を裏付ける場面やライブ、監督や出演した映画、イメージ映像が散りばめられている。右翼団体の圧力でコンサート会場が囲まれた際に、騒ぎを鎮めるために拳を突き上げて正調でフランス国歌を歌う映像も出てくる。

本作はセルジュ・ゲンスブールをよく知らない人には向かない作品だ。出自や両親についてなど伝記として語られそうな最低限の話は出てくる。だが、それらはセルジュの目線で嫌だったことが羅列されるのみ。父親の厳しいピアノのレッスンでクラシックを叩き込まれる。泣くまでやらされるから、必ずハンカチが置かれていた。普通のドキュメンタリーなら、"その経験がクラシックとシャンソンを融合させた美しい楽曲のルーツとなっている"などと客観的な目線で語られることがありがち。だが本作でそれは全くない。

本作を伝記として観ることはお勧めできない。ちょっと女性関係に重きを置かれた内容ではあるが、映画「ゲンスブールと女たち」を観る方が無難かもしれない。

本人が亡くなってから、楽曲が再評価されたり、美化されたエピソードもあるだろう。本作はそんな世間が自分について評していることに、セルジュ自身が化けて出て
「それは違うぞ、メルドゥ(糞ったれ)」
と文句を言ってるような映画に思えた。それもインタビュー嫌いが渋々答えてるから、ボソボソした喋りが続く。ファンでなければ退屈を覚悟することが必要かも。

しかし。楽曲にまつわるエピソードは、映画を観ている僕らを惹きつけて離さない魅力がある。名曲Initials B.B.のアレンジ場面、ドヴォルザークの「新世界より」のフレーズがピアノリフに加わった瞬間のカッコよさ。「なんて暗い曲だと罵られたけど、オレは全てをこめた」というManonに込めた思い。幼いシャルロットのピアノ練習を見守る優しい父親目線。バンブーとの子供ルルとステージにあがる場面。ジェーン・バーキンの名曲Baby Alone In Babylonに代表される韻や言葉遊びへのこだわり。この辺りは何度でも観たい。

そして名曲La Javanaiseを歌うライブ場面。観客と共に歌う姿は冒頭に登場する。シャイで人嫌いなセルジュが照れくさそうにしているのが感動的だ。そして映画の後半でLa Javanaiseは再び流れる。何かのステージでセルジュを讃えるような場面。バネッサ・パラディがLa Javanaiseを歌いながら客席からステージに登り、頬の緩んだセルジュ(ロリータ好きだもんね♡)の隣に立つ。
「キスはダメですよ!」
と司会者に注意されるw。やっぱり不良老人。

僕は自分の葬式にLa Javanaiseを流して欲しいと常々思っている。マジだぞ。








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泥棒野郎

2025-02-19 | 映画(た行)


◼️「泥棒野郎/Take The Money And Run」(1968年・アメリカ)

監督=ウディ・アレン
主演=ウディ・アレン ジャネット・マーゴリン マルセル・ヒライヤー ジャクリン・ハイド

ウディ・アレンが初めて監督を務めた初期作品。後の「カメレオンマン」や「ギター弾きの恋」と同じく、フェイクドキュメンタリーの手法が使われている。架空のインタビューを通じて、主人公バージルの生い立ちやキャラクターを観客に示していく。証言を再現映像で見せるから、このドジ少年がどうなっていくのか目が離せなくなってくる。

映画前半は、治安の悪い街で育った主人公がどうして犯罪をやめられないのかが、ハイテンポで語られる。ガムマシーンから指が抜けなくなったり、飛び出しナイフが壊れたり、チェロ演奏でパレードに参加したり、小ネタのギャグを矢継ぎ早に放つから、観ていてそのテンポに乗せられていく。刑務所で洗濯係をする場面では衣類を折りたたむ機械に翻弄される。あー、チャップリンの「モダンタイムス」だな。鎖で足を繋がれた囚人仲間と脱走する場面は、ドタバタのアクションから一緒でないと動けないコミカルなギャグ。夫婦のやり取りを仲間に笑われる。名作「手錠のままの脱獄」へのオマージュなのか。銀行強盗のしつこいギャグが好き🤣

映画後半はそうした勢いがやや下降気味になっていく。生活のために犯罪しか思いつかない主人公にだんだんと呆れてきて、最後は素直に笑えなくなり、思いの外長く感じてしまった。うーむ。この2年後が「ウディ・アレンのバナナ」。あの切れ味と風刺が心地よかっただけに、本作はちょっと物足りなく感じた(個人の感想です)。まぁ最初の監督作だし。




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シビル・ウォー アメリカ最後の日

2025-02-17 | 映画(さ行)


◼️「シビル・ウォー アメリカ最後の日/Civil War」(2024年・アメリカ)

監督=アレックス・ガーランド
主演=キルステン・ダンスト ケイリー・スピーニー ワグネル・モウラ スティーブン・ヘンダーソン

アメリカ大統領選の度に、支持政党や人種をめぐる対立や分断が極めて激しくなる。海を挟んだわが国にいても心配になるくらいだ。そんな大統領選の年に向けて映画人も様々な作品を発表してきた。2024年に製作されたのは「エクス・マキナ」のアレックス・ガーランド監督による本作。アメリカで内戦が勃発する物語だ。選挙対立もヒートアップする中、11月の一般投票前に日本公開された。アメリカ社会の分断が深刻に伝えられる中、話題性もタイミングも絶妙だったと言えるだろう。外国映画不振と言われる中でそれなりにヒットしたようだし。

ワシントン陥落との情勢も聞かれる中、大統領に歴史的なインタビューを目論んだジャーナリストのジョエルと女性写真家リー。リーの師匠とも言える老ジャーナリストのサミーと父のフィルムカメラを手にしたジェシーと共に、彼らは一路ワシントンを目指す。

道中で様々な危機に直面するのだが、中でも強烈な印象を残すのが、死体の山を前に赤いサングラスの兵士が銃をブッ放す場面。
「どこの種類のアメリカ人だ?」
国内で対立する州の出身だけでなく、アジア出身というだけで銃弾が飛ぶ。個人の好みだけの問題でだ。対立が人を狂わせる。

クライマックスは戦場カメラマンが最前線に立つ過酷な現場。銃弾が飛び交うあの場所に、武装もなくカメラだけを持って飛び込む。ジョエルが戦場を前にして興奮する気持ちを口にする映画前半。その気持ちが憑依したかのように、ジェシーが自ら最前線に飛び込んでいくのが映画後半。これはジェシーの成長物語とも言える。クライマックスで彼女が向き合った被写体は、エンドクレジットで浮かび上がってくる。死体を前に笑う人々。分断がもたらす恐ろしさ。

キルステン・ダンストが修羅場をくぐり抜けてきたカメラマンを見事に演じる。疲れ果てた表情と厳しい口調の中に見せる優しさ。吸血鬼映画の子役時代から注目してきた僕ら世代には、キルステンの力演も見どころ。彼女が言うひと言が心に残る。
戦場で生き延びて写真を撮ることで、政府に訴えているつもりだった彼女。
「こんなことはやめなさい、って。」
報道の力。それが無力となる戦争という狂気。

映画として惜しいのは、こんな激しい対立が生まれた背景を示してくれないこと。テキサスとカリフォルニアが組んでるという設定からも、二大政党の政治的対立が原因ということではなさそうだ。でもエンドクレジットを見ながら思った。こじれるだけこじれたこの場面では、もう理屈じゃないんだろうなって。




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だからワタシを座らせて。通勤電車で座る技術!

2025-02-15 | 映画(た行)


◼️「だからワタシをを座らせて。通勤電車で座る技術!」(2006年・日本)

監督=市川徹
主演=田村英里子 六平直政 朝倉えりか 松田優

東京の混雑した通勤電車は、就活と出張くらいでしか経験したことがない。けれども社会人を長いことやっていれば、通勤の交通機関でちゃんと座れることの有り難さは理解できる。ハウツー本として話題になった「通勤電車で座る技術」を原作に、座る座らないをめぐる人間模様が描かれる。あ、田村英里子が見たくてセレクトしました。

コメディだから、席の奪い合い場面はかなり誇張もある。空席にバッグ投げたりは物騒な今どきはないだろう。かなりオーバー。だが、実際に毎日その戦いに臨んでいる世のお父さんお母さんはそんな気持ちなんだろうとも思える。ねぇ宮坂お父さん(ラジオ「小沢昭一の小沢昭一的こころ」風に読んでください)。

屈強な容姿のせいで座っていても席を譲るように促される男性が出てくる。実は便通が近くなる症状があるから座りたいのに、周囲の視線がそれを許してくれない。そこを理解してくれて窮地に手を差し伸べてくれるヒロイン。惚れてまうやろ♡。そのヒロインが、これまた電車で席を譲る譲らないで、恋人に悪い印象を持たれてしまうのも切ない。

六平直政が座る技術を後輩社員に伝授するのが笑える。好助演。始発駅最寄りの不動産をめぐるエピソードはちと納得いかず。脇役に向井理、波瑠が出演。探してみてね。

知らない相手でも毎日通勤で顔を見ているとちょっとした親しみが湧いてくるものだ。時々同じエレベーターに乗るお綺麗な女性が、僕がいるのを見て黙って僕の行き先階のボタンを押してくれたりすると、ちょっとだけ嬉しい♪。善意と好意をごっちゃにするようなバカではありませんが、単純なおっさんですみません🙇🏻‍♂️



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インターステラ5555

2025-02-13 | 映画(あ行)


◼️「インターステラ5555/Interstella 5555: The 5tory of the 5ecret 5tar 5ystem」(2003年・日本=フランス)

監督=竹之内和久

フランスのバンド、ダフト・パンクが松本零士ファンであったことから、新曲のプロモーション映像を依頼。東映アニメーションで製作された本作は、カンヌ映画祭でも上映された。2024年に復刻上映されたが、上映館が生息地から遠くて行けず。宅配レンタル📀にて鑑賞。

全編台詞は全くなく、ダフト・パンクのアルバム楽曲が流れる中で、ストーリーが進行する。単にSFぽいイメージ映像ばかりだろうと思って見始めた。フランスアニメって、ルネ・ラルーの時代からSF好きだもんな。しかし、これがなかなかしっかりとしたストーリーと世界観があり、しかも他の松本零士作品に共通する要素が見え隠れして予想以上に引き込まれたし、楽しめる作品だった。

主人公4人のメンバーがライブ演奏している会場に突然現れた宇宙船と黒服の戦闘員。メンバーは連れ去られ、その星の風土に合う肌の色と服装に変えられ、記憶も書き換えられてしまった。演奏する楽曲はヒットするが、その裏にはある陰謀があった。

スレンダーな女性キャラ、ハーロックのような風貌の男性たち、四畳半シリーズに出てきそうな小柄な男性と、キャラデザインはいかにも松本零士らしくて楽しい。連れ去られた星は地球ぽく、悪徳プロデュースによって楽曲とアーティストが使い捨てにされる悪事が描かれる。ダフト・パンクのメンバーが脚本を手がけている。音楽業界への皮肉が込められているかのようだ。

遠く離れた2つの惑星で同じ曲で人々が踊るラスト。音楽に国境はない。そして、ポップカルチャーも国境を越えることをこの作品は示してくれるのだ。



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いとこ同志

2025-02-11 | 映画(あ行)


◼️「いとこ同志/Les Cousins」(1959年・フランス)

監督=クロード・シャブロル
主演=ジェラール・ブラン ジャン・クロード・ブリアリ ジュリエット・メリエル

ヌーヴェルヴァーグとカテゴライズされる映画監督たち。ゴダールやトリュフォーはそれなりに観ているけれど、クロード・シャブロルは不勉強で、観たのは「主婦マリーがしたこと」と「愛の地獄」のみ。という訳で代表作「いとこ同志」をNHK BSの録画で鑑賞。

法律を学ぶために田舎からパリに出てきたシャルルは、いとこのポールが暮らすアパルトマンで同居生活を始める。遊び人のポールを取り巻くのは怪しげな友人たち、魅力的な女性たち。フロランスに惹かれたシャルルだが、その恋路はポールとその友人に阻止されてしまい、フロランスが加わった奇妙な同居生活が始まる。そして目標としていた試験が迫ってくる。

声がデカくてああしろこうしろ指図するポールには、ファーストシーンから嫌悪感。シャルル、とっとと家を出ちまえと思いながら観ていたが、田舎から出てきたばかりで居候してる身で引け目もあっただろうし、ことあるごとにシャルルが口にする母との約束がかなりのプレッシャーだったのは間違いない。フロランスとの一件で傷ついたのもあるし、本屋のオヤジから「女は二の次、勉強だ」とアドバイスされたから、試験勉強に打ち込むシャルルがもう痛々しくって。勉強してるシャルルの背後で、壁一枚挟んで一緒にシャワー浴びてるポールとフロランス。シャルル寄りの目線で観てしまうと、もう残酷以外に言葉が浮かばない。

そんなキツいストーリーの一方で、映像と音楽の使い方が他のヌーヴェルヴァーグ代表作と比べて、ずば抜けてカッコいい。オープンカーの座席にカメラを据えて街に繰り出す撮影は、シャルルにとって初めてのパリを華やかに印象づける。ゴダールも「はなればなれに」で同じことをやっていたけれど、「いとこ同志」は編集もよくてカメラがストリートに出たことの躍動感が感じられるのだ。さらにポールの部屋での乱痴気騒ぎ場面では、カメラが360度回って部屋の人物たちをくまなく映し出す。浮かれ騒いでいる者、そうでない者、ワンカットで見せてしまう。フロランスが日光浴する場面の光の加減とか見とれてしまう。撮影はアンリ・ドカエ。

ポールがレコードをかけるモーツァルト、ワーグナーの使い方が見事。「地獄の黙示録」でも印象的なあの曲が流れる場面は、シャルルを精神的に追い詰めるかのようだ。ミシェル・ルグラン楽曲をズタズタに切り裂いて使うゴダールとは違い、音楽の使い方に愛とセンスがある。衝撃的なラストシーンでも音楽の使い方が素晴らしい。ターンテーブルにカメラが寄っていくカッコいい幕切れにはシビれた。

登場人物それぞれにイライラさせられたが、映像と台詞と音楽には大満足。



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