4/18
母の三回忌法要、命日は2月なのだが帰国してからと南極で活動の合間にメールで親族と予定を組んだが、コロナ禍のなか密を避けようということで、
住職と二人 粗のなかでの法要。
法要後はひとり庭の花を眺めながら花見酒!
4/18
母の三回忌法要、命日は2月なのだが帰国してからと南極で活動の合間にメールで親族と予定を組んだが、コロナ禍のなか密を避けようということで、
住職と二人 粗のなかでの法要。
法要後はひとり庭の花を眺めながら花見酒!
4/15
日本戻り、あわただしく東京、山形を何度も往復しているうち 時差ボケ、疲れからか生活のリズムがつくれず何も手につかない日が続いていた。
ようやく元気をとりもどしたが、コロナ禍の中当面用事も仕事もないので断捨離をはじめた。
みな、同じことを考えるのだろうか、ごみ処理場では渋滞が発生した。
やり始めると止まらなくなり家の内外の片づけから始まり、掃除、整理整頓,、登山用具整理、
ほとんど使用していなかった2階トイレの便座交換、水漏れ修理、庭木の手入れと約2週間以上も続くことになる。
片づけたのごみ、不用品の量は約400キロ近くになった。
4月7日 緊急事態宣言が発令されました。
東京では新型コロナウィルスが猛威を振るっています。なかなか予定通りにはいかない日々が続いています。
東北マウンテンガイドネットワークも3/29日の役員会で書面総会を行うことが決まりました。
所属している公社)日本山岳ガイド協会の事業も次々中止、事務局も閉鎖・在宅勤務へと
山形県でも3例目の感染確認、これからのガイドスタイルを模索、近くの里山を歩いてみました。
3/20
彼岸の中日、帰国報告を兼ねて昨年秋に不遼の事故で亡くなられた岳兄の墓前に手をあわせた。
事故から5か月経つがそばから岳兄の声が聞こえてきそうだ、
まだ亡くなった実感がわかないな、、、
今日は珍しく自宅で亡き祖父母、両親を偲びながら過ごしている。
予定のない春の三連休は何年ぶりだろか、、、、
3/14
東根市青年センターの登山講座を通じて知り合った仲間たちと
30年の時を経て久しぶりの再会!
尽きぬ思い出話に夜は更けていきました。
仙道さん、ありがとう!
合掌
3/11
東日本発災のこの日に初めてこの町を訪ねてみた。
自宅にいることじたいこの10年なかったことなのだがコロナ禍の影響で仕事がキャンセル。
南三陸町復興記念公園の一角には防災対策庁舎がその当時の姿をとどめているだけで街の様子はすっかり変わったような気がする。
9年前の3月18日、HuMA・災害人道支援会先遣隊とガイド仲間故仙道隆とこの町を訪ねた時、
自然の無常さに二人で涙を流しながら
「俺たちこの惨状を見てしまった以上、見守るしかないよな!」と言った仙道とはその後支援の場を岩手県大槌町へ移し、大槌町の子供たちとのサマーキャンプにかわり月山、秋田駒ケ岳を子供たちと登ってきた。
この三年の間、一緒に活動してきた仙道隆、HuMA金田正樹医師、田沢湖の小野ガイド、元野ガイドが相次いで他界してしまった。
今年も何事もなかったかのように桜は咲くのだろうか。
合掌
3/7~8
高校山岳部に入部して初登山は5月の蔵王竜山、そのとき山頂から眺めた蔵王温泉の風景が印象的で毎週ののようにテントを担いで通った蔵王の山々、思い出の蔵王で東北で活動されているガイドの研修講師のとしての機会をいただきありがとうございました。
机上・グループ討議
野外では読図
危急時対応技術研修と実りある2日間となりました。
以外なところで、効果的な更新研修ができました。
3/2~4
帰国後はじめていただいた仕事、
第62次南極地域観測隊候補者を対象とした冬期総合訓練の実技講師として
微力ながらお手伝いさせていただきました。
2/17
2月17日 17:25 成田に無事到着いたしました。
日本語が通じる安心感、人の多さに戸惑いながら社会復帰を目指しています!!
2/15
南アフリカ・ケープタウンには、500年前に発見された喜望峰がある。
昨年亡くなられた・わたくしの恩人でもある、医師・金田正樹先生から
「おまえなー、ケープタウンに行ったら必ず”喜望峰”を見てこい、おまえ山やだろう!世界の探検家が目指した地なんだから、オレも行ってきてさ、感動したよ!!」の言葉が残り、
今年ようやく実現できた。
金田先生、行ってきました!!
合掌!
2/16
約80日間の及ぶ、第61次南極観測隊セール・ロンダーネ山地生物調査チームの任務を終え文明圏へ戻ってきました。
2/12南極・プリンセスエリザベス基地(ベルギー)から約60㌔離れたペルセウス空港まで車(キャタピラ付ハイラックスサーフ)で約4時間移動、
数トンの観測隊荷物を貨物兼旅客機に積み込み、
ロシア・ノボレフスカヤ基地に泊まり、
翌2/13夕刻ケープタウンに無事到着いたしました。
基地を出発して20数時間の旅でした、おかげさまで多くの皆様のご支援いただき無事ここまで戻ることができました。
感謝!!