映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド 上・下」村上春樹

2010年02月05日 | 本(その他)
静かにそこにあり続ける自己意識の“核”の世界

           * * * * * * * *

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈上〉 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

このアイテムの詳細を見る


世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド〈下〉 (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

このアイテムの詳細を見る



この本は、二つの世界を交互に描いています。
一つは 【ハードボイルド・ワンダーランド】
情報の暗号化を仕事とする 計算士の「私」。
老科学者によって、意識の核に、ある思考回路を組み込まれてしまう。
その秘密を巡って、暗闇の地下通路をさまよったり、怪しい2人組に拷問にあったり・・・。
まさにハードボイルドの世界。

もう一つが【世界の終わり】
高い壁に囲まれ、外界との接触が全くない街。
そこで自分の影を引きはがされ、古い夢を読むことを仕事としている「僕」。


初めのうちはこの二つの世界のつながりが全く見えずに、何だろう???と思うのですが、
一角獣の頭骨をキーワードとして、次第に二つの世界の接点が見えてきます。

つまりこの【世界の終わり】は、【ハードボイルド・ワンダーランド】の「私」の中にある。
「私」の意識の核の世界が【世界の終わり】。
そして今、「私」が消滅し、
【世界の終わり】の中の「僕」が永遠の生を得ることになると言うのですが・・・。


スミマセン、説明が下手で、何が何だかわからないかも・・・。
これは是非読んで自分で納得していただきたい。
それぞれの二つの世界が何とも魅力的で、しかも双方次第にリンクしていくところは圧巻です。

【ハードボイルド・ワンダーランド】の方のはかなり現実に近い世界なのですが、
なんだかシュール・レアリズムを感じさせるんですよ。
あるビルのエレベーターにのる。
それは部屋一つ分もあるようなだだっ広いエレベーターで、
上昇しているのか下降しているのかもよくわからない。
とてつもなく長い時間乗っていて、
ついたかと思うと、今度は迷路のような廊下をさんざん歩き回らせられる。
やっと部屋にたどり着いて、
今度はそのクローゼットの奥にある隠し扉からハシゴをしばらく下って真っ暗な水路をたどり、
やっと目的の部屋へ・・・。

何しろ何の予備知識もなくこの本を読み始めた私は、
この下りですっかり幻惑されてしまいました。
ディティールはリアルだけれども、俯瞰すると現実離れ。
けれどもこれにはなんだか引きつけられる。
まるで夢の中を歩んでいるような・・・。

しかし、こんなことは後の大冒険からすると全然序の口なのです。
・・・大冒険と言ってしまうとなんだか陳腐に聞こえてしまいますが、
まさに大冒険としか言いようのない事態になっていきますよ・・・。
けれども、この著者の力量というかすごいところがこれ。
実際ハードボイルドなのに、その世界は静謐。
この主人公の「私」には始めから一種の諦観があるような気がします。
彼の精神は沸騰することなく、
どんな事態も淡々と
「よくわからない。」
「そうかもしれない。」
「なるほど。」
・・・という感じで受け入れてしまうところがありますね。
これぞ村上春樹のフィーリング。


そんな「私」の行き着くところはやはり【世界の終わり】なのか。
この世界では、影が本人から離されてしまう。
影が離れると心がなくなってしまうのです。
けれどもこの世界は決していやなことが起きない。
住人がそれぞれその仕事をし、助け合い、適度に物は充足し、終わることのない平和な世界。
しかし心をなくし、愛することも泣くことも音楽を楽しむこともない・・・。
どちらを選ぶかと言われたら・・・どうしましょう?

この本の結末にはちょっと驚きました。
やはり、どなたもハッピーエンド的結末を予想すると思うんですよね。
でも、そうなのか。
・・・うん、それもありかも。と思います。
予想通りのラストではつまりませんしね・・・。


結局このストーリーには誰の名前も出てきませんでした。
「私」、「僕」、「太った娘」、「図書館の女の子」・・・と言う具合。
これがまた、たぶん物語から生臭い現実味を剥奪しているのだと思います。
そして、全体的に暗く静かです。
何しろ真っ暗闇の通路をさまよったり、
【世界の終わり】の「僕」に至っては、目に傷をつけられて、日の光に当たることさえ出来ない。
そんなところでラストにほのかな光が描写されます。
実に効果的。
これが映画だったらよかったのに・・・と思うくらいです。
そしてまた音楽も重要な要素ですね。
「私」は様々な音楽を楽しみます。
ところが【世界の終わり】には音楽がない。
「僕」は、古ぼけうち捨てられた手風琴で音を出すことは出来るのですが
歌を思い出すことが出来ない。
けれども、いくつかの和音を弾いているうちに・・・・・

光と音の奇跡。
・・・これもテーマの一つではありますね。
村上春樹のワンダーランドを堪能しました!!

満足度★★★★★