映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「家日和」 奥田英朗 

2010年06月14日 | 本(その他)
共に生きる、“今”の家族の形

家日和 (集英社文庫)
奥田 英朗
集英社


            * * * * * * * *

「家」を中心としたストーリーの短編集です。
家族というよりはむしろ夫婦のあり様を描いていますね。
これが意外に家庭内離婚とか、そういう風に殺伐としたものではなくて、
それぞれ共に生きているという感覚があって、いいのです。


「ここが青山」

ある日突然会社が倒産し、失業してしまった祐輔。
それをきいた妻厚子は
「ほんと?」
「そう、朝礼でいきなり言われちゃった。今日から失業者」
「ふうん。わかった。今夜、何食べる?」
「すき焼きってわけにはいかないだろうね」
「いいんじゃない。安い肉なら」
・・・と、いかにもあっさりしている。
そしてさっさと自分の勤め先を決めてくる。
それなら、と祐輔は食事の支度、息子の保育園の送り迎え、掃除洗濯、
つまり一般の主婦の役割を引き受ける。
そして、お互い実はこの役割の方がずっと性に合っていて好きだ、ということに気づくのです。しかし、周りの目は違う。
ご主人が失業して、働きに出るなんて大変ねえ・・・。
今は試練の時だ。あきらめずに職を探しなさい。きっといい道が見つかる・・・
何故か同情的な周りの声に、戸惑い、苦笑してしまう2人。
そうですね。
お互い納得ずくだからそれでいいのだけれど、周りがそのように見てしまうのも解ります。
こんな風に妻と夫、男と女、立場に固執しないさらりとした関係。
ちょっといいですね。


「夫とカーテン」

ころころと職を変えてしまう夫栄一。
妻春代はイラストレーター。
何故か夫の仕事が危なくなり始めると、
春代は突如何かが降りてきたかのようにインスピレーションがわいて、
自分でも、これは傑作!と思えてしまうイラストを描き上げる。
ところが、夫の仕事がうまく行き始めると、イラストは凡庸なものへと逆戻り。
こんな夫婦のストーリー。
この話では夫がマンション林立地帯でカーテン業を始めるのですね。
確かに、これは儲かるかも・・・。
そういう夫の抜け目のなさや、商売上の人あしらいに感心するけれども、
きっとまた長くは続かない・・・と、確信している妻。
何しろ夫は自身でも、一回売れたらもう店はたたむといっている。
ま、いいか。
そのときは自分に何かが降りてくることを思えば・・・。
と、なんだか幸せな気持ちがこみ上げてくる春代。


           * * * * * * * *

これまでの家族小説は、
いかにも団塊世代が築いた「家族」の風景だったような気がします。
けれどこの「家日和」は、今時の「家族」像なのかもしれない。
妻は夫に従い、夫は妻を従え・・・ではない。
家庭を顧みない仕事人間の夫、でもなく、
家事と育児に孤立無援の主婦でもない。
退職して行き場のない夫でもなく、
子供が成長し暇をもてあます中年主婦でもない。

夫と妻、個々の人間がいかにカバーし合いながら長く連れ添っていくか。
これからの夫婦はそういうことが大事になっていく、
そういう見本の様なストーリーの数々。
何しろ、読後感がとてもいいです。
離婚の話も一つあるのですが(「家においでよ」)、
これとても、1対1の夫婦関係、
ムードは悪くありません。

大事にしたい一冊です。

満足度★★★★★