映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

パリ3区の遺産相続人

2016年01月11日 | 映画(は行)
大人にならないまま、年令を重ねてしまったワケ



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ニューヨークから、あまり風采の上がらない一人の男・マティアス(ケビン・クライン)が、
父親から相続したパリの高級アパートへやってくるところから物語は始まります。
彼は現在家族もなく、僅かな財産を処分して航空賃を工面し、ここへやって来ました。
このアパートを売却した費用で、人生をやり直そうと思ったのです。
ところが、そこには見知らぬ老婦人マティルド(マギー・スミス)と
その娘クロエ(クリスティン・スコット・トーマス)が住んでいました。





これが、「ヴィアジュ」というフランスに古くからある独特な住居の売買契約システム。
住居の買い手は、売り主である居住者ごと住居を買うのですが、
住宅ローンの代わりに売り主に「年金」のように月々支払いをする。
それを売り主が死ぬまで続けるのです。
これは殆ど賭けのようなもので、
すぐに売り主が亡くなればそれまでの支払いで住居が手に入るわけですから丸儲け。
けれど、売り主が長生きをすると、ずーっと支払いが続くわけで、
下手をすると買い手のほうが先に死んでしまうこともあるとか。
現在はこういう契約の仕方はなくなりつつあるとのことですが。



というわけで、マティアスは、月々マティルドに年金を支払わなければならないという、
負債を相続した事になるのです。
少しもお金が入らないだけでなく出費まで!! 
でもマティルダは自称90歳、実は92歳の高齢。
そう遠くないうちに亡くなりそうではありますが・・・。
安心してください(?)。
だからといって、殺人事件にはなりません。



この古いアパートの一室で、マティアスはある写真を見つけます。
そこには若いころの父とマティルドが写っている。
父とマティルドの秘密の関係が明かされていきます。


「不倫」という言葉はドラマなどにはつきもので、
もう殆ど日常茶飯事のような感じになってしまっているのですが、
そのことによる家族の心の傷の大きさを今、改めて感じます。
不倫をされた配偶者はもちろんですが、その子どもたちもまた・・・。
子どもはそういうことを直接的に聞かなくても感じ取るものなんですね。
親に愛されていないと感じた子どもは、その満たされない心を抱えたまま成長していく。
体はすっかり大人になり、老化を始める頃になっても、
どこか自分の人生にしっかり向き合えない。
心が子どものままであるかのように・・・。
マティアスとクロエは、
互いに自分たちがそのようにして大人になってしまったのだということを自覚していくのです。


だからといって、「どうすればよかったの」と、マティルドは言う。
確かに、裏から見ればそれはまた、映画にもなりそうな一つの「愛」の形なのでしょう。
厄介なものですね。
「愛」とは。



「パリ3区の遺産相続人」
2014年/イギリス・フランス・アメリカ/107分
監督: イスラエル・ホロビッツ
出演:ケビン・クライン、クリスティン・スコット・トーマス、マギー・スミス、ステファーヌ・フレス、ドミニク・ピノン

パリ度★★★★☆
愛の厄介さ★★★★★
満足度★★★☆☆

シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア

2016年01月10日 | 映画(さ行)
ヴァンパイアたちの生活実態



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ヴァンパイアの共同生活? 
何やら奇妙な作品。
見始めて実際チープな感じなので、う~んと思ったのですが、
だんだん面白くてハマってしまいました。
ニュージーランド作品というのも珍しいですが、
さすがに様々な映画賞獲得というのも納得できるユニークさでした。



時は現代。
ウェリントンの街に彼らは住んでいます。
夕方6時に起床の目覚ましが鳴る。
きれい好きで口うるさいのがヴィアゴ。
昔は「串刺し候」などと呼ばれた恐ろしげなのがヴラド。
反抗期の問題児がディーコン。
そしてなんと8000歳というのがピーター。

ヴァンパイアは不老不死で姿が変わらないと言いますが、
さすがに8000歳ともなるといかにも怪物めいてきてちょっと怖い。
ピーターを紹介するヴィアゴがちょっとビビっていたりするのもおかしい。



さて本作は、彼らの暮らしをTVクルーが潜入して
ドキュメンタリーを撮っているという体裁になっています。
はじめのうちは彼らののんきな生活の様子が紹介されていきますが、
ある時、彼らは一人の大学生ニックに噛み付いて仲間にしてしまいます。
ニックは新米のヴァンパイアなので好き勝手なことをする。
面白がって空を飛び回ったり、人にも平気で自分の正体を話してしまったり。
ある日、ニックが彼の生前(?)の親友、スチューを連れてきます。
ところが妙に生真面目で最新のテクノロジーにも詳しいスチューを、何故か皆が気に入ってしまい、
「決して彼には噛みつかないこと」などと協定を結んだりする。
でも、このことが次第に騒動に・・・。



数々のヴァンパイアの伝説や映画作品を逆手に取った本作。
なんともバカバカしくも笑える痛快作品でした。
監督のタイカ・ワイティティ、ジェマイン・クレメントが出演もしています。
いろいろな国でユニークな作品創りをしている人達がいるもんですねー。

『シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア』 [DVD]
タイカ・ワイティティ,ジェマイン・クレメント,ジョナサン・ブロー,コリ・ゴンザレス=マクエル
松竹


「シェアハウス・ウィズ・ヴァンパイア」
2014年/ニュージーランド/85分
監督:タイカ・ワイティティ、ジェマイン・クレメント
出演:タイカ・ワイティティ、ジェマイン・クレメント、ジョナサン・ブロー、コリ・ゴンザレス=マクエル、スチュー・ラザフォード
ユニーク度★★★★★
ホラー度★★☆☆☆
満足度★★★☆☆

完全なるチェックメイト

2016年01月09日 | 映画(か行)
天才であるがゆえの数奇な一生なのか



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1970年代、米ソ冷戦時代、
アメリカとソ連がそれぞれの威信をかけて行われたチェス世界選手権、頂上決戦の実話です。


アメリカのボビー・フィッシャー(トビー・マグワイア)は、
IQ187という天才にして、稀有の変人。
・・・変わり者というよりも、脳の回路が人と違うという感じでしょうか。
人並み外れた天才には、時々あるようですね。
「ビューティフル・マインド」で見たた数学者ジョン・ナッシュのように。



チェスは4手先には3千億通りの可能性があるという。
その中からたったひとつの正解を探そうとする、ものすごい集中力を必要とするものなのですね。
それができる頭脳が、人と同じであるほうがむしろおかしいような気さえしてきました。


さて、このチェスの世界選手権。
その時フィッシャーは、
タイトルを24年保持し続けているというソ連のボリス・スパスキー(リーブ・シュレイバー)と決勝戦を行うこととなる。
非常に神経質になったフィッシャーは、一局目でつまらぬミスでボロ負け。
そこで試合会場の変更や非公開など、わがままな要求をつきつける。
そうでなければ試合には出ないと、いわばストライキのように2局目は欠席し不戦敗。
こんな高慢な要求が通ってしまったというのはつまり、
冷戦下のこのチェス対戦が両国の代理戦争のようになってしまっていたからに他なりません。
こんな時でなければ、単なるわがままとして一笑に付されていたかもしれません。



この扱いにくいフィッシャーを支えていたのが弁護士のポール・マーシャルと
神父で先輩のチェス名手ビル・ロンバーデイ。
二人はもちろんフィッシャーを勝たせて愛国心を盛り上げたいという気持ちがあったのですが、
最後の方は、この天才が一体どんな戦いをするのか、
ただただその行末を見届けたいと、そういう気持ちになっていたように見受けられます。
そして彼らと私たちは見ることになる。
フィッシャーの神の一手を。



チェスのルールを詳しくは知らない私でも、特に問題はありませんでした。
それなのに、スリリングで緊迫感満載というのは、
やはりこの映画作りの素晴らしさ、ということになるでしょう。
トビー・マグワイアのあの常軌を逸した目。
この迫力がすごい。
対するスパスキーも、やや普通ではなかったというところがまた、
「天才」ゆえに・・・なのでしょうね。
似た者同士・・・。



フィッシャーはその後、やはり人と相容れない思考のためいろいろと問題を起こし、
平安な人生を送ったとは言い難いようです。
一時期日本に住んでいたこともあったとか。
正常と異常の境とは、人の運命とは・・・と、
ちょっと感慨に浸ってしまいます。


「完全なるチェックメイト」
2015年/アメリカ/115分
監督:エドワード・ズウィック
出演:トビー・マグワイア、リーブ・シュレイバー、ピーター・サースガード、マイケル・スタールバーグ、リリー・レーブ
歴史発掘度★★★★☆
緊迫度★★★★★
満足度★★★★☆

「百物語 上の巻・下の巻」 杉浦日向子

2016年01月07日 | コミックス
人々と、怪異の共存

百物語 上之巻
杉浦 日向子
小池書院


百物語 下之巻
杉浦 日向子
小池書院


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楽しみにしていた杉浦日向子さん作品を入手。
舞台はやはり江戸時代、
あるご隠居さんが、訪れる人から一つずつ奇妙な話を99話聞くという趣向です。
恐ろしいというよりも、奇妙で不思議という感覚に近いでしょうか。


例えば、早々の第2話。
ある人の子供の頃の話。
家の障子の決まった場所に人の顔のようなものがいつも現れるというのです。
それが見えるのは夜だけ。
障子を張り替えてもいつも同じマスのところにそれは現れる。
本人はそれを怖いと思ったことはないそうなのですが、
ある時ふといたずら心で、その顔を墨でなぞってみた。
すると翌日、すぐにそのマス目は切り取られて
そこだけ新しい紙が貼られたのですが、その日以来、顔は二度と現れなかった・・・と。


ただこれだけのことで、別に怖くはない。
が、それにしても、一体何のためにそれは現れたのか。
どうして。
何者の意志で・・・?
と考えると薄ら寒い気がしてきます。


理屈では言い表せない、全く人の思考の外にそれらはあるらしい。
全くわからない、未知のものだから「怖い」のでしょうね。
恨みつらみで現れる幽霊なら、まだ理解の範疇ではありますが・・・、
それはこの本に語られるような多くの「奇妙なもの」の
ごくごくまれな一現象であるような気がします。


考えてみると、電気のない江戸の夜は真っ暗闇。
月明かりと、家の中では僅かなろうそくや行灯の明かりがあるだけ。
このような中では、人々と怪異は常に同居していたのかもしれません。
ある話をした客は、
「まあ、いつもではありません。たまにですよ。」
とあっけらかんとして言う。
夜の闇の中に、何かわからないものが潜んでいて、
それは人の理屈では考えられないいたずらや悪さをする。
わけがわからないけれども、それは「ある」。
人々は身を持ってそれを感じていたのかもしれません。


ところが現代、夜の闇がどんどん追いやられてしまっています。
それとともに、この奇妙なものたちも、住むところをなくしてしまっているのかもしれません。
まさに、絶滅危惧種ですね。


本作の魅力はまた、登場する市井の人々の日常が描かれているところ。
お侍さん、女将さん、お女中さんに遊女。
ご隠居さんにお坊さん。
何者かに取り憑かれたり見たりすることに
何の差別もきっかけもありはしません。
因果応報もなし。
誰のところへもある日不意に、それはやってくる。
だからこそ、ちょと怖いのですけれど・・・。
こういうのを見ると、普段読んでいる時代小説も一段とイメージが膨らみやすい気がします。

「百物語 上の巻・下の巻」杉浦日向子 小池書院
満足度★★★★★

ペインレス

2016年01月06日 | 映画(は行)
痛みを感じない少年が、殺人兵器に・・・



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ペインレス、すなわち「無痛」ですね。
自称西島秀俊ファンですので、先のTVドラマ「無痛~診える眼~」を見ていまして、
全然関係ないと知りながら、本作も気になってみてみました。
ところが全く関係なくもなさそうだったのですよ・・・。


時は1930年代、内戦直前のスペインという舞台から始まります。
原因不明の病で、痛みを持たない子供たちが多く生まれた。
しかしこの子供たちは命の危険を知らないがゆえに、
自分自身を平気で傷つける。
そしてまた、もちろん他人の痛みもわからないので、人にとっても大変危険である、と。
ということで、子供たちは人里離れた施設に隔離されてしまうのです。
折しもスペインでは、血で血を洗う内戦が勃発。
また、ナチスドイツが侵攻してくるなど混乱のさなか、
この施設も様々な立場の人々が訪れては殺戮の舞台と化している。
そんな中を、一人の「無痛」症の少年が生き抜き、成長していきます。


さて、このような過去と交互に現代、外科医デビッドのことが描写されていきます。
彼はリンパ腫に侵されており、生き残る唯一の方法は骨髄移植を受けること。
そこでしばらく疎遠だった両親に骨髄の提供を頼むのですが、
実は養子なので無理だと言われてしまう。
そこで実の両親の行方を探し始めるのですが・・・。
行き着いた先は、人里離れた何かの施設の廃墟。
ここで一体過去に何があったのか・・・。



この過去と現在がどうつながっていくのか、興味は深まります。
そんな中で、はっと思わせられたのが、
この一人生き残った無痛の少年、というか青年に成長した彼の姿なのです。
頭髪がなく血管が異様に浮き出ている。
・・・そう、あのTVドラマのイバラくんにそっくり。
痛みを理解できない彼が、恐ろしい殺人兵器と化してしまうというところまで。
でも、この映画は2012年作品。
久坂部羊さんの原作「無痛」のほうがずっと前なので、
どちらかがパクリだという話になれば本作のほうが、分が悪いです。
でもまあ、さほど気にすることもないか。
明らかに別の物語です。


また、本作の舞台が内乱のスペインというところで、
つい目を背けたくなる残酷シーンの数々。
これが物語にいっそうの不気味さと迫力を生み出しているのです。
おそらく、その頃のことを知る人は誰も当時のことを語りたがらないのだろうと、
そんなことまで感じさせます。
デビットは自分の病のために、そんな
ほじくり返してはならない過去を蘇らせてしまったということなんですね。
怖~いストーリーでした。


「ペインレス」
2012年/フランス・スペイン・ポルトガル/101分
監督:フアン・カルロス・メディナ
出演:アレックス・ブレンデミュール、トーマス・レマルキス、イレーネ・モンターラ、デレク・デ・リント、ファン・ディエゴ
サイコ・ホラー度★★★★☆
満足度★★★☆☆


ハッピーエンドの選び方

2016年01月05日 | 映画(は行)

自分の最期は自分で決めたい・・・?



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ハッピーエンドといえばついラブストーリーを想像しますが、
本作、なんと人生のハッピーエンドについて。
つまり「死」についてのハッピーエンドです。



ヨヘスケルとレバーナはイスラエルの老人ホームで暮らしています。
ヨヘスケルは、ユニークなアイデアの発明が趣味。
ある時、望まぬ延命治療に苦しむ親友の依頼で、
自らスイッチを押し、苦しまずに最期を迎えることができる装置を作り、
その友のために実行します。
秘密裏に行ったはずだったのですが、うわさが広まり、
安楽死を望む人の依頼が殺到してしまうのです。
そんな中、最愛の妻レバーナに認知症の徴候が現れ、次第に進行していきます。
友や隣人のためなら自殺装置を作動させもする。
けれどそれが妻なら・・・?



確かに、現代の医療は本人の意志にかかわらず、
ただひたすら延命措置をほどこします。
ただ苦痛が長引くだけと知っていても・・・。
こんな重いテーマでありながらも本作のあっけらかんとしたコミカルさに救われます。
家族の立場から言えば、どんな状況でもとにかく生きていてほしい、
そういう気持ちがあるでしょう。
でも明らかに苦痛ばかりの毎日だとしたら・・・。
治癒の見込みが無いとしたら、
最期くらい自分の意志で選ぶ自由があっていいのでは・・・? 
本作はそのようなことに一石を投じているわけです。



ただし、現在でも安楽死が認められている国があるそうで・・・。
代表的なのがスイス。
オランダ・ベルギー・ルクセンブルグ、そしてアメリカの幾つかの州。
でもそれはそれでやはり怖い気もします。
自分なら本当にそういう選択ができるかな?



ところで認知症のレバーナのケースは
同じに考えるべきではないと私は思うのですが・・・。
確かに自分が自分でなくなってしまうのは恐ろしい。
破壊された人格のままで生きていくのは悲しく辛い。
だけれど、そんな中でもできることや楽しめることはあるのではないでしょうか。
本作のラストにはちょっと納得が行きません。
・・・所詮、本当の大変さを知らないものの考えでしょうか・・・?

「ハッピーエンドの選び方」
2014年/イスラエル・ドイツ/93分
監督・脚本/シャロン・マイモン、タル・グラニット
出演:ゼーブ・リバシュ、レバーナ・フィンケルシュタイン、アリサ・ローゼン、イラン・ダール、ラファウェル・タボール
問題提起度★★★★☆
満足度★★★☆☆

「さらば深川 髪結い伊三次捕物余話」宇江佐真理

2016年01月03日 | 本(その他)
お文さんが深川を去る日

さらば深川―髪結い伊三次捕物余話 (文春文庫)
宇江佐 真理
文藝春秋


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「この先、何が起ころうと、それはわっちが決めたこと、後悔はしませんのさ」
―誤解とすれ違いを乗り越えて、伊三次と縒りを戻した深川芸者のお文。
後添えにとの申し出を袖にされた材木商・伊勢屋忠兵衛の
男の嫉妬が事件を招き、お文の家は炎上した。
めぐりくる季節のなか、急展開の人気シリーズ第三弾。


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シリーズ3巻目。
2巻目でその展開に驚いたところですが、
なんの、それはまだ序の口でした。


まず、「護持院ヶ原」ではこのシリーズに珍しく、斬り合いのシーンがあります。
考えてみたら時代物につきもののチャンバラシーンが、本作にはほとんど出て来ない。
やはり著者が女性ということもありそうです。
そしてまた、なんと幻術使いが登場し、
幻術ではありますが、おどろおどろしスペクタクルシーンまである。
そしてまた同心・不破友之進が修験者のような白装束で幻術使いに対戦する!! 
ひゃ~、カッコイイ!!
宇江佐真理さんが楽しんで書いたのだろうなあ・・・と想像してしまいます。
まさか、この物語でこんなシーンが見られるなんて。


そして、「さらば深川」。
本巻の題名にもなっているこの題で、ちょっと嫌な予感がしたのですよね。
深川といえばお文さん。
お文さんが何処かへ行ってしまうのかと。
しかし、そうではあり、そうでもない。
以前からお文さんに言い寄っていた伊勢屋忠兵衛は、
実に「ちいせー」奴でした!! 
そんなこんなで、ついにお文さんのすみかが炎上!! 
お母さんの形見の三味線を取りに戻り、絶体絶命のところを、
駆けつけた伊三次に助けられます。
焼け出されてしまったお文さんは何処へ行く?
・・・そりゃもちろん、伊三次のところなのでした。
こういう「さらば深川」なら、それもいいじゃありませんか。
急展開。
また次巻が楽しみです。


ところで、本巻のあとがきで著者が触れていますが、
伊三次は1巻につき1歳年をとっているのだとか。
ハリーポッターみたいですが。
だから一作目の時が25歳で、本作では27歳。
いや~、まだまだ若いです!

「さらば深川 髪結い伊三次捕物余話」宇江佐真理 文春文庫
満足度★★★★★


イニシエーション・ラブ

2016年01月02日 | 映画(あ行)
都会の絵の具に染まらないで帰って・・・



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青春ラブストーリーが最後の2行で驚愕のミステリへ変貌するという、
乾くるみさん原作の映画化。
ラストにどんでん返しがあるということで、
公開時に興味はあったのですが、見逃していました。



1980年代後半の静岡、そして東京が舞台です。
奥手な大学生鈴木(松田翔太)が歯科助手のマユ(前田敦子)と出会い、
付き合うようになるsideA。
その後、東京へ行った鈴木と静岡に残ったマユの遠距離恋愛。
そして、東京の女、美弥子の出現を描くsideB。



ごく普通の物語のように思われます。
特に、マユが東京へ出る鈴木を見送るシーンに流れる「木綿のハンカチーフ」。
♪都会の絵の具に、染まらないで帰って♪
もうこれでこの二人の運命もわかったような気にさせられますが・・・。
そして実際その通りにストーリーは進んでいきます。
一体どこにどんでん返しになる可能性があるのか、全然わかりません。

・・・が、実際、ラストには驚かされました!

巧みに罠が張り巡らされていました。
う~ん、参りました、という感じ。



まあヒントといえば、なぜ繭子が、
いくらなんでもこんなにサエない鈴木にこんなに興味を持って近づいてくるのか、
という辺りですね。
甘えるように呼びかける「たっくん」が、すでに罠であるという。



電話機に送信者が表示される今の電話では成り立たないストーリーなのかも。
だから、ギリギリ80年代なのでしょうね。
バックにこの頃のヒットソングが流れます。
「ルビーの指輪」、「君は100%」、「SHOW ME」・・・
私の年では、今流行の曲はわからないけれども、
この辺りのヒット曲にはすごく馴染みがあるので、なんとも懐かしい。


イニシエーション・ラブとは、子どもが大人になる恋愛の通過儀礼。
純情な大学生鈴木はその通過儀礼を経て大人になったのか?
・・・いや、そうではなく。

イニシエーション・ラブ DVD
松田翔太,前田敦子,木村文乃,森田甘路
バップ


「イニシエーション・ラブ」
2015年/日本/110分
監督:堤幸彦
原作:乾くるみ
出演:松田翔太、前田敦子、木村文乃、三浦貴大

驚愕度★★★★☆
満足度★★★★☆

わたしはマララ

2016年01月01日 | 映画(わ行)
命をかけても言わねばならないこと



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新年のトップは、この真っ直ぐ前を向いて力強く歩もうとする
一人の少女の物語がふさわしいと思いました。
2014年、ノーベル平和賞を史上最年少で受賞した17歳の少女、
マララ・ユスフザイのドキュメンタリーです。



パキスタンで、学校を経営する父と、文字の読めない母のもとに
長女として生まれたマララ。
パキスタンはタリバンが支配するようになり、
女性の教育を禁止するなどという暴挙に出るようになります。
そんな時、彼女はタリバン支配下の教育事情や暮らしのことを
ブログに綴り始めるのです。
そして、そのことをイギリスのテレビ番組がドキュメンタリーとして放送。
身元が知れてしまった彼女は、タリバンに命を狙われることになってしまうのです。
彼女がまだ15歳のその日、スクールバスで下校途中、
友人の少女たちをも巻き添えにし、マララはタリバンの銃撃を受け、
頭に大怪我を負ってしまうのです。
それでも、無事一命を取り留めた彼女は、再びの攻撃を避け、
現在は父母と二人の弟と共に、ロンドンに暮らしています。



そもそも女性が教育を受けないことは殆どあたり前という土地で、
彼女がこのような成長を遂げたことは、
ただただ、父親であるジアウディン・ユスフザイ氏のおかげなのです。
彼が学校を経営しているので、マララは小さな時からそこに自由に出入りし、
授業や、生徒たちのディスカッションを見聞きしていたといいます。
だからこそ、自分で考え自分の意見をはっきりと主張する、そんな風に成長しました。
そしてそんな彼女を父親も誇りに思っている。


マララの名の由来にも驚かされます。
それはある伝説で、
戦争の時に「勇気を持って敵に立ち向かえ」と皆を率いた少女の名前。
けれど彼女は、その時銃弾に撃たれて亡くなってしまうのです。
その伝説の少女とマララの運命が重なってしまうところがまた凄いのですが、
始めからその名を我が子に与え、
決して女だからと差別せずに教育したというそのリベラルな精神性に感嘆せずにいられません。



この伝説のシーンやマララの小さいころ、ジアウディン氏の昔のことなどは
アニメによって表されているのですが、これがまたいい効果をあげています。
別人を本人に仕立てた再現ドラマ風でないのがいい。
時には状況を単純化したアニメのほうが、
より私たちの感情を揺さぶります。


そんな彼女ですが、私生活は意外と普通の少女です。
ブラピが好きで、宿題に追われ、物理がちょっぴり苦手。
けれどボーイフレンドの話に明け暮れる級友たちとは、やっぱりちょっと距離がある感じ。
生まれ育ったふるさとの家に帰りたいけれども、今は無理。
そんな切なさを決して自分からは、ひけらかさない。


彼女のことを売名行為だとか、演説の原稿は父親が書いているのだろう・・・
などという人のことも本作では触れていました。
でも、彼女はまさに命をかけてこれを言っているのです。

「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、一本のペンが世界を変えるのです。」

同じことが私たちにできるでしょうか? 
例えば級友がいじめにあっていても、我が身可愛さに見て見ぬふりをしていないでしょうか。
立派に教育を受けているはずの私たちがそれをできのは、恥ずかしい限り。

日本にいると、実感が無いのですが
「教育」は本当に必要だと思います。
未だに多くの地域で子供たちがさらわれ兵士に仕立てられていたりする現実を考えると・・・。
世界平和の鍵は「教育」にあります。
そしてこの彼女こそが「教育」の賜物、現の証拠。
まだ10代の彼女が、この先どんな人生を送るのか・・・。
この先も応援していこうと思います。

「わたしはマララ」
2015年/アメリカ/88分
監督:デイビス・グッケンハイム
出演:マララ・ユスフザイ、ジアウディン・ユスフザイ、トール・ペカイ・ユズフザイ