こんなに沢山のセリフ、よく覚えたねぇ!って感想、よくもらうんだよねぇ。菜の花座、シニア多いから、お客さんも、とちるんじゃないか?って、はらはらしてんだろう。いや、時によっちゃセリフに詰まるの心待ちしてたりして。
でも、演じてる方としちゃ、それって全然褒め言葉じゃないから!って、顔で笑って心で怒っている。えっ、そうでもない?素直に嬉しい?誰だ、そんな役者は!そんな不届き者はセリフのぬか床に漬け込んで、古漬けにしてやる!セリフ覚えた、なんて役者の勲章にゃならんから。その先なんだぜ、値踏みされるのは。
と、言ったものの、さすがに3時間の芝居、それをたった4人で引き回したとなると、よく覚えたねぇ、よく乗り切ったねぇ!ってねぎらいの言葉をかけないわけにゃいかない。それも、動きや間の少ない、コーンビーフの缶詰みたいなセリフ劇だ、これはもう、演じ通しただけで称賛ものよ。
春夏秋冬と4つのシーンからなる舞台、まさしく起承転結のセオリー通りに進み、大正モダンの時代に苦闘した女流作家の卵たちの喜怒哀楽に心地よく付き合わされた。主人公は書けない作家、てのも、身につまされるものがあったなぁ。
同年代の若手?4人、びったし揃ったものねぇ、いい台本を選んだと思う。以前見た別の劇団よりも、役者たちの年齢が上、おっと、ばらしちまった、の分、落ち着きがあって、あの時代のインテリ女性らしかった気がする。昔の人は、男も女も大人びてたもの。
ただ、舞台経験豊富な役者たちじゃあったけど、あの時代の女性のたたずまいを表現しきれていたか?となると、どうだろう。立ち居振る舞いとか、言葉の回し方とか、語尾の置き方なんかに今風が覗いてしまっていたのが残念だ。それが最初の春シーンでお客さんを、て、つまり俺だが、引きこめなかった原因だろう。
でも、さすが飯島早苗の作品、上手くできてる。夏に変わって、テーマが際立って来ると、舞台の凝集力は上がり、主人公の悩みも下痢の便所通いとともに激しさ、狂おしさを増して行った。さらに、クライマックスの秋、4人の女たちの物語は一気に極点に向かう。役者たち、それぞれの苦しい胸の内をよく演じ切れていた。
そして、エピローグとも言うべき冬。ここは主人公文香役の潟湊やゑ子の朗読が圧巻だった。声が柔らかでとても心地よい語りだった。うーん、芝居の部分でもこの声で行ってほしかったのにぃぃ。
たった4人でほぼ3時間、こんな力作を見守る観客の少ないこと!本当に可哀そうだ。彼女ら、頑張ってんだから、もっと見に来てやってくれよ、米沢のお人らよ。多くの人が支えてくれれば、舞台装置だってもっと力入れられたろうし、衣装だって洗練されるはずだ。もちろん、照明なんかもね。
金もない、人も少ない、機会もない、ないない尽くしの台所事情、おお、切ないのうご同輩。だが、限りがないのは想像力と研鑽する努力。せいぜい磨きをかけて、少ない観客でも、あっと驚き、深みに誑し込む意欲的な舞台作ろうじゃないか。