自然治癒力セラピー協会=Spontaneous Healing Therapy Japan

自然治癒力を発揮させるために、心と体の関係を考えます。

合気道と自然治癒力の宇宙観

2015年12月17日 | 健康のための心の波動

 

合気道創設者 植芝翁の 後述筆記から   2015・12・17

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達人というのは、天命を全うできる人かもしれない。

華やかでも地味でも人生、与えられた空間と時間の中で

健康に生き過不足のない状況に感謝しつつ、でも、理想

と夢と可能性に向けて生きていければ幸せだと思う。


達人は だから、案外身のまわりにいるのかもしれない。

周りの人に認められなくても認められても関係ない。


一昨年のブログに合気道の神様、創始者である

植芝盛平氏のご紹介をさせていただいた。


ご自身は神道系の深い宗教心を持っていらっしゃるが、

平素の生活態度と武道に対する姿勢は達人とは、こういう

人をいうのだろうと素直に感動させられた。


病もどこかへ飛んでいくだろう~合気道の道は深い~

悟りに近いものを開かれた達人だから、言葉は説得力

がある。

少し、再び、皆様と含蓄あるお言葉を吟味したい。


植芝翁の言葉を、そのままお伝えすると、

‘合気とは敵と闘い、敵を破る術ではない。

世界を和合させ、人類を一家たらしめる道である。


合気道の極意は、己を宇宙の動きと調和させ、己を

宇宙そのものと一致させることにある。 


合気道の極意を会得した者は、宇宙が その腹中にあり、

(我はすなわち宇宙)なのである。私はこのことを、

武を通して悟った。”

 

私のような一凡人が、悟りを開いた翁の言葉に 

注を添えるのは不遜であることをお許しいただいて 

文章をすすめさせていただく。


すでに皆様もお気づきになられたように、

宇宙がわが腹中にあって、自分の中に小宇宙が存在する

という感覚は、達人の共通する意識のように思う。


続けて翁は語る:

“いかなる速技で敵が襲いかかってきても、私は敗れない。

それは、私の技が敵より速いからではない。 

それは、速い、遅いの問題ではない。

初めから勝負がついているのだ。“(以上引用)

 

この言葉を私はついつい、自然治癒力生命的に解釈

してしまう。

敵を病、あるいは、不幸、におきかえてみると、

それなりの意味がとれるからだ。


“いかなる重篤な病が、私に襲い掛かってきても、

私は敗れない。

それは、私の体が剛健で病に打ち勝つからではない。

それは、体が強い弱いの問題ではない。“(以上引用)

 

それでは何の問題なのだろう?


以下 翁の言葉が続く:


“敵が‘宇宙そのものである私’と争おうとすることは、

宇宙との調和を破ろうとしているのだ。


すなわち、私と争うという気持ちを起こした瞬間に、

敵はすでに敗れているのだ。


そこには、速いとか、おそいとかいう時の長さが

全然存在しないのだ。”

(以上引用)

 

では、これを自然治癒力の生命体に置き換えると・・


“病が‘宇宙そのものであるわたし’にかかってくることは、

宇宙の調和を破ろうとすることだ。 

すなわち、病の原因であるヴィールスや菌が私の細胞に

侵入しようとしたくても、それはかなわないのだ。


(あるいは、‘私が病にかかるということを自分が

認めた瞬間に、私はすでに敗れているのだ’とでも

意訳できる)。”

 

こじつけのように聞こえるかもしれないが、本当に人

が悟ったとき、自分が宇宙と一体だと感じたとき、

その時は、その人の中には、争いや不和は存在しない

のだと思う。


宇宙の和に調和したとき、その人を阻もうとする病や

ヴィールスは存在しないということになる。


ではどうしたらそうした心境になれるのだろう?

 

植芝翁は 合気道を通して以下のように語る:

いかにして宇宙森羅万象の活動と調和できるだろう?


それには、まず神の心を己の心とすることだ。 

それは、上下四方、古往今来 宇宙のすみずみまでに及ぶ 

偉大なる‘愛’である。 


愛は争わない、愛には敵がない。 

何者かを敵とし、なにものかと争う心は宇宙と調和できない。

宇宙と調和できない人間の武は破壊の武だ。 

真の武産(たけむす)の武ではない。“(以上引用)

 

“勝つとは自分の心の中の‘争う心’に打ち勝つことだ。”

の翁の言葉。


武道には、道という字が使われている以上、究極に

つきつめていったとき、悟るという心境になるのだろう。

しかし、翁は一種の霊感を受けて、まず、悟りの道

を開いた。

 

具体的なお話しを、植芝翁はしているので皆様に

ご紹介したい。


大正14年の春だったと思う。

私(植芝翁)が一人で庭を散歩していると、突然天地

が動揺して、大地から黄金の気が吹きあがり、私の

身体を包むとともに、私自身も黄金体と化したような

感じがした。“(以上引用)

 

話がそれるが、これと同じ体験をしている方を

存じ上げている。

夫と私をタイ国に結び付けてくださった永瀬隆先生

読売平和賞を受賞された、元陸軍通訳としてタイメン

鉄道建設の連合軍と日本軍の間で働いた方だ。


戦時中、ご自身がかかわった悲惨な連合軍捕虜たちの

体験の償いを一生かけてしたいと決意され、

亡くなった連合軍の捕虜たちの霊園で、祈りを捧げている

ときの不思議な体験話を直接先生からお聞きした。


それは、突然、黄金色の空気が先生の体を包み、ご自身の

罪は許されたと悦びとともに体験したということだった。


それからの先生の人生は変化した。

連合軍元捕虜の生き残りの人々を探し、恨みに恨んで

いた痛恨の感情を解き、和解させるために、元捕虜たちを

日本へ呼び、自らは、60回以上カンチャナブリのタイメン

鉄道現地に赴き、理解と平和運動に残りの半生を注いだ。


だから、植芝翁の口述にあるように、翁を黄金色の空気

が吹きあがり、包み込んだという表現は大袈裟ではなく、

文字通りそうだったのだろうと容易に想像できた。

 

(続く)

*1) 武産合気(たけむすあいき) 

植芝盛平先生口述 高橋英雄 編  

青年合気道同好会発行 

昭和57年 第9版

 

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