局の道楽日記

食道楽、着道楽、読書道楽  etc
生活色々を楽しんで暮らしている日々の記録です

コロナ籠りの日々の中で

2024-01-24 14:21:19 | 読む
さて、ワタシのコロナ症状ですが、昨日より喉の痛みは治まって来ました。
時々咳き込むが、前にも言った通りに一昨年孫からもらったRSウイルスの時よりは全然マシです。声はまだ八代亜紀(昨日NHKの歌番組で舟歌を聴いてつくづく惜しい人を亡くしたと思った)ですが、だんだんと出るようになってきた。
味覚は正常、食欲はイマイチだけど口当たりが良いゼリーとか花梨シロップ飲んだりしているので痩せやしないのが残念、さすがに酒類は飲みたくないのではからずも休肝週になったのは怪我の功名・・・ ですかね。
結局発熱はなかったです。これでぶり返さなければ週末母の所へ行くつもり(それまで生きててくれ~)

暇ですので本読んだり TV見たりして過ごしてますが、ちょうど予約してた本が届いたのが




こちらにコメントをいただく広島のお友達緩和ケア薬剤師さんのご主人の著作です。薬剤師さんも監修しておられます。

この局面でこの著書を読んだのはタイムリーというかなんというか・・・
色々考えさせられましたよ。
少々長いですがカバーの文言を書き写しますと

平均寿命は延び「ピンピンコロリ」を理想の死に方とする人が多いなかで、現実は「ヨロヨロ・ドタリ」そしてその後は「死ぬまで・・・」さまざまな人の介助を受ける日々が続くケースが多いものです。
誰もが死ぬのは一度きり。どこで、どのように過ごし、最期の時をむかえるか
今「死ぬ時」をめぐる大転換が起きています。
広島で、在宅療養支援診療所として24時間往診・訪問診療に対応し、革新的な取り組みをおこなってきた医師が、「最期は家で死にたい」と在宅緩和ケアを依頼してきた患者との「出会い」から「看取り」までの数々のストーリーを紹介。
「医療と関わりたくない」「好きなものを食べて死にたい」など、さまざまな希望を、叶えたり叶えられなかったりしながら亡くなって行った人たちと、その家族、30のケースから、最期の迎え方を考え、学びます。


今の世の中、確かに「死ぬ」場所は自宅より病院や看取りしてくれる介護施設などの方がはるかに多いと思う。
個人的にも義母や両親の場合も、お互い納得していて、暮らせる施設が快適であればそれはそれで良かったのですがね・・・
コロナ禍ってものでその目論見がひっくり返っちゃいましたからね。
子供や孫やひ孫に会えずに、施設内でも感染防止で個々の部屋に閉じ込められた数か月で認知機能は衰えた母と同じ年寄りが全国に多くいたでしょうね。
そして、会えないままに病状が悪化して入院、そのまま亡くなる人たちもずいぶんおられたでしょうね。

とは言え、在宅で「死」を迎えるって簡単じゃないと思います。自分自身の意思があってのことで、死ぬまでの期間、家族や地域のヘルプも必要だし、痛み苦しみを軽減してくれる医療の力も当然必要ですよね。
なのでワタシはこの本から死ぬって場所「家」で迎えるか否かという事と同時に「どのような最期 どこまで医療に頼って延命してもらうかの意思表明の大事さ」を感じたんですね。



これもコロナ休養中に読んだ本だが、これも著者は医師、彼も「余分な延命」「行き過ぎた癌の外科治療」の悲惨な様子をよく記していらっしゃる。
よく全身チューブに繋がれて、身動きもとれずに苦しいのにただ生かされてる・・ そんな状態で「それでも死にたくないのか?」と思うけど、それを回避するには頭がクリアのうちに、周りの家族か信頼できる人に意思を表明しておくことって大事だと思うよ・・・

昨年亡くなったワタシのゴルフ&飲み友のHちゃんも癌になる前からその辺の死生観がしっかりした人だった。極端すぎるほど医者嫌いで、色んな予防接種もせず癌になっても何もしないと言い切っていた。結局ご主人も同じ病気になってそれを看取るためと子供への相続対策で自分の方が長生きしなきゃとオペと抗がん剤治療を選んでそれをなしとげたのはスゴイことだと思う。
しかし、ご主人を看取ってからは抗がん剤も緩やかなのにして、美味しい食事と酒を食べられるだけ食べて、ゴルフも死ぬ1月前までやって、最後のゴルフラウンドのあと「局ちゃん あたし幸せだよ。ありがとね」と言って誰もが「きれいすぎる」と言った死に顔で逝ったのは見事としか言いようがない。
ただその彼女も近くの緩和ケア医師にお世話になりながらも「入院してその部屋で何日も一人で過ごすのは嫌なのよ」と言ってたのが、亡くなる前日まで自分の家でムスコの作った夕食を食べてから意識不明、運ばれた病院で一日過ごして亡くなる・・・ というそれまたあっぱれな最期だった。

なかなかこうは行かないが、お手本というか死ぬ時まで美しくあった憧れの友人だったなあ と今更思い出す。

話はまた本に戻りますが、緩和ケア医&薬剤師の高橋ご夫妻、さらっと24時間体制でとおっしゃっているけど、それがどんなに大変なことかとお察し申し上げます。
自分の身うちでも認知症や老人特有の我儘さ聞く耳を持たない頑迷さを持っているであろう患者さんたちと向き合うのも大変でしょうね。
お二人を存じ上げているからこそ、それでもあんなに優しく穏やかでいらっしゃる様子に頭が下がります。

余分ですが、暇つぶしTV視聴



このアニメの一気見(by hulu) おもろいわ~、これ。

あとTverで新しく始まったドラマを見てこれから何見ようかと判断中
「セクシー田中さん」と「昨日何食べた?2」ロスが「正直不動産2」←イケメン祭り と「婚活1000本ノック」←意外な伏兵 によって癒され、日曜劇場の「さよならマエストロ」が好きだった「リバーサルオーケストラ」の劣化版じゃん!と怒る。指揮も田中圭の方がずっとうまかったし芦田まなちゃんの役があまりにも性格悪すぎて気の毒・・・

まあこれだけ時間を持て余してられるのは多分この週まででしょうね
つけが回ってくるな~ 多分

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コロ助来ました(トホホ)

2024-01-22 20:48:26 | 日々の生活
お気遣いあるコメントをいただいていながらずっと放置 ブログも更新しないで5日もたってしまいました。

もしかしたら母が? などと心配してくださったフォロワーの方も多かったのかもしれません。
ワタシ自身も毎日楽しみに訪れているみなさんのブログも殆ど読まずに過ごしてしまいました。

母はどうにか無事です。感染の原因がわかったのでそれに効果のある抗生剤の投与で熱は下がり、経鼻栄養も再開されました。
介護施設で可愛がっていたしゃべる犬のコウタくんをベッドに持ち込んだら目が喜んでいました。

そして先週色々こんなことで動いていて、金曜日、なんとなく喉がいたいな~と思って葛根湯を飲んで家にいたんですよ。

そして土曜日、オットを送り出してもっと喉がイガイガしていたので念のために近所の開業医に行ったんですよ。
普段は風邪薬くらいならストックがある我が家なんだけど、ここのところムスメ家やムスコ家に分けたりしていてストックがなかったし、ついでに唯一常用しているLDLを下げる薬ももらってきちゃおうと思ったんですね。

5年くらいのお付き合いの女医さん。
HPにはその医院で開催するゴルフコンペの写真が載ってて、なんとなくノリがよさげということで近所の主治医としてお世話になることにした(そこか!?)
すっごく痩せててシワも深いけど、元は長谷川京子的美女だった風情、靴箱にある靴は華奢なブランドものパンプス、余計なことは言わないけど聞いたことには的確に答えてくれるし処方も的確。しかしこの前指導医の免状に書いてある誕生日を見たら80歳越えてたのでびっくりした。
まあ いずれまた近所でもうちょっと若い先生を見つけなきゃならないのかもね・・・

それはともかく、受付で「ちょっと風邪っぽいのですけど」と言ったら体温計を渡された。もちろん自宅で検温もすんでたけど、その時は36.9度 そこでも同じだった。待合室にはワタシの前に2人 あとからまた1人

喉をみてもらったら
「すごい腫れてるよ 真っ赤よ」とのこと。
そうなんです、その頃にはもう唾を飲み込んでも痛いくらいになっていた。
「熱は? いつもよりちょっと高いね~」
「念のため インフルとコロナの検査する? 同時にできるのあるわよ」とのこと。
やっぱりこの先生の判断は的確だった。

そしたらね、出たんですよ くっきりと コロナ陽性の線が・・・

「あら~ コロナよ」と先生
このクリニックは発熱者(37.4度以上)は別の経路から診察室に入るのだが、まあやむなしですね。

「ほら これスマホで撮ったら?」 と くっきり線が表れたキットを示す先生 こういうところがお茶目で好きなんだけど、それに乗るほどワタシに余裕がなかった。

「先生~ 困ったなあ 今、母が死にそうなんですよ」
「死にそうでも動いちゃだめよ 5日は」
「はい、動きませんよ でもなるべく早く治したいんで」
「じゃ、抗ウイルス薬だしとこっか?」
「お願いします」

ってことで

<

処方されたのがこちら
どうもこの名前が覚えられなくて



いつも↑ この人の名前と混同するのですが

ディカプリオでなくラゲプリオです ややこし~
すごく高価というイメージがあったが5日分とあとカロナールなどと一緒にお支払いは9000円代だった。
美容院や整体いってもこのくらいは普通にかかりますよね。日本の医療はまだ安いと思うよ(ムスメなんかつくづくそう思うらしいです)

それから日曜日にムスメ家と母の所に行く予定だったのをもちろんキャンセル。オットにも「当分帰ってくるな あ~たも立派な濃厚接触者だよん」と知らせ、薬局で処方薬をもらい、熱が出たら困るので、ポカリだのゼリーだのを買い込む。
食料はオットが居ないとなると余りまくるくらい冷蔵庫にあるし、これで籠れるであろう。

発症から3日目の今日、結局熱は平熱で推移しているがそれを基準と考えたらワタシは軽症なんでしょうね。
ただ、喉は痛い、かなり痛い。これがまだあまり軽減しないのが嫌ですね。声もひどい。でも咳はあまり出ない。孫からうつったRSウイルスの時のほうがよっぽどひどかったかな・・・

ちなみにワタシはワクチンは3回しただけです。(最後にうったのが2年以上前か)最初の株と次のデルタ株? あたりまでトントンと打ったがオミクロン株になってからは一度も打ってない。
なぜか? それぞれ打って一週間内に 1)一晩中続く胃腸症状でトイレにおこもり事件 2)それまでと同じ手入れしていたのに歯周病(1月後治癒) 3)打った所の皮膚がささくれだってボロボロ落ちる
という不気味な症状があったから。
そしてオットが「なんかさ~ 6回打っても7回打ってもかかる人はかかる」「今のコロナはそんなヒドイ症状になってないな」と言うので じゃ かかったらかかったで仕方ないからやめとこってスタンスであった。
結構お出かけ多いしマスクも嫌いなワタシがよくここまでかからなかったな~って方が不思議かも・・・

このまま熱も出ずに治癒すれば、「ほらね~ ワクチン5回も6回も打たなくてもそんなに重症化しませんでしたよ」と声を大にして言えるのだが ディカプリオじゃないラゲプリオも飲んじゃったから参考にはならないな

それにしてもワクチンの接種回数とコロナの症状の相関関係とかちゃんとしたデータってあるんですかね?
こういうのこそちゃんと統計にして示して欲しいよな・・・

とはいえ、軽症なりに喉は痛いしいつも多動のワタシが寝てばかりいるとかえって腰は痛いしやっぱりなんとなく身体はだるいしで、犬(この子も3日も散歩してあげてなくて可哀そう)と一緒にゴロゴロしております。

早く治さないとな~

年明けてから運気が落ちてるな~ なんとかこのスパイラルから抜け出したいものです。

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美味しい時間で元気をもらう

2024-01-16 22:24:05 | 食べる
母は個室に移ることができた。



ここだと時間単位でいるわけにはいけないが1日10分の面会時間枠は緩和されたのはよかった。(そもそも言いたくないが先がある程度見えてる病人に面会制限って必要なんですかね? ひ孫たちにも直に会えなくなってもう三年ですよ! 会わせてあげたいな・・・)
でも個室になったので、ここからlineのビデオ通話が使えてムスコとムスメ一家につなげられたのは良かった。
曾孫たちの顔、声を聞いて少しほほ笑んだかに見えた母の顔・・・

で、母が救急搬送されたのは年明けてからだが 去年から予定されていた新年会の数々があるのですよ。
母がこういう状態で出席するべきだろうか? あらかじめキャンセルしておいたほうが気が楽じゃないか?

と、逡巡していたワタシにオットが

「お前さ~ まだどうなるかわからないし、ずっと病室に居られるわけじゃないんだから、出られるものは出てもいいんじゃないか?
あんまり気をもんでてもストレスたまるし、なんか『待ってる』みたいになるぞ」

まあね、確かに・・・ ずっと詰めてられない病院だし、毎日往復できる距離じゃないし、母の様子を見に行く合間の時間が許せばみんなに会って気晴らししないとこっちも壊れそうだ・・・

考えてみれば、会える時にいつでも自分の母に会えて最期も看取れたオットはその点では気が楽だったんだろうな~ とも思った。

で、新年会 行ってきました。舞台友Nプロデュースのちょっと贅沢な会。
備忘録です。



神谷町の駅直結のホテルなんだけど、小さな控えめな入り口でわかりにくかった。メンバーの一人は散々迷って地下駐車場に行っちゃったと言ってたので注意が必要です。

でもレストラン階に降りたら素敵でしたよ



あの国立競技場の建築士さんが内装をデザインされたらしい。
やはりふんだんに木が使われている。ジャングルみたいに植物も配されている。
緑を透かして東京タワーが見えるのは東京の夜ならではだな~



今日はこんなコースにこちらのソムリエ(ワイン王国なんかにも執筆されてる方)が選んだワインがペアリングされるという嬉しい企画



まず泡はシャンパーニュ ポル・ロジェリッチ・レゼルヴ




ケールサラダと グリーンの葉っぱの中に柿やさつまいもやピーカンナッツのカリカリの食感がかくれていて 味噌と塩麴の隠し味のドレッシングが美味しかった



白 岩見沢の山崎ワイナリーのピノグリ



この繊細なワイングラスの脚! ウチじゃ絶対洗いたくない まして酔っぱらって扱うのは怖いですよね。



クラブケーキ ベジタブルピクルス タルタルソース チポトレトマトソース



白 ナインハッツ リースリング
このワシントン州で作られたリースリングがすごく好みだった



イトヨリ鯛のソテー 茄子とハーブのピュレ カリフラワー ディルソース



赤 ピュリニーモンラッシェ 
来た~~! って感じで



赤 キャンティクラシコ 渋すぎずにちょうど良かったな。





和牛サーロインのロースト キノコソテー、フラインドオニオン 黒ニンニク 赤ワインソース



デザートは 洋ナシのムース 洋ナシのグラニテ メープルクランブル
これにとっても美味しい余市の甘口ワインがデザートワインとして合わせたのだけどすでに酔ってて写真無し




良いバランスのコース 良いバランスのマリアージュ
量もちょうどよくて美味しかったな~



窓からのぞく東京タワーを背景に



たまにはオサレして気の置けない友といつも通りに盛り上がる会話と共に美味しいお酒と食事を楽しめた。

なんとなく砂を噛んでるみたいな日々の食事が続いてたのでとても元気をもらえた。

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三大謎の権力者

2024-01-14 00:48:24 | 様々な思い
母のお見舞いで実家往復する間に、弟一人暮らしの実家(本や雑誌が自分の部屋からあふれだしてヤバい状態である)で、久しぶりに週刊文春を読んだ。バックナンバーもたくさん読んだ。

以下悪口です。気に障る方があったらスルーでよろしく。

読んで胸が悪くなったのが某芸人のMっちゃんのスキャンダルであった。
舎弟みたいな周りの芸人や放送作家?みたいな人たちに女の子を集めさせてホテルの一室で酒池肉林(死語?)みたいな記事。
あ~気持ち悪っ!
それが真実か否かはわからないが、M氏と舎弟の一人は活動を休むみたいですね。

ワタシはお笑いって全然詳しくないので、彼の番組やお笑いのスタイルはわかんないけど、大晦日にやってた番組は好きじゃなかったな。
あと昔のことだが書家の友達が彼の本の題名だかの字を見て
「この人の字はなんだか怖いわ、性格が出てるわ~」と言ってたのがなんだか印象に残っていて、ワタシ自身もポスターで最近の彼の顔を見るとやっぱりなんか怖くて癖のある顔だなあと思っていたところ。若い頃の顔はそんなじゃなかったのになあ・・・
イケメンか否かは関係なく中年以降の顔の印象って年を重なるにつれてその人の生き方がもろに出るんだなあって思うのですよね。

それにしてもわからないのが彼の大御所ぶりと特別感ぶりなんですよね。
文春が真実とすれば、ずうっと長い間、彼をあがめる舎弟みたいな人がいるみたいだし、それを除いても色んなところで彼は「権力」を持ってるみたいなところ。
ワタシはああいう「感じ」(なんとなくくみ取っていただけますでしょうか?)の人に集まる権力ってものがどうして生じるのかまったくわからないんですよ。

悪口ついでに言ってしまうと、同様に「どうしてこの人に権力が集まるのか(集まったのか)謎」って人をあと二人あげてしまおう。
最近亡くなった前N大理事長
オリンピック招致の際にもなんかあったみたいなM元首相

この二人を加えて ワタシが思う「権力が集まるのが謎だったトリオ」と呼びたい。
お三方に共通するのは お品がない 強欲そう 国際性が感じられない なのに舎弟が周りを囲む・・・・
(良いんだろうか? こんなに悪口言って)

N大もあれだけ学部がある学校で、あの昭和の体育会系の人にアカデミアがひれふしてたわけでしょ? 謎だわ~

M元首相も政界を辞めたあとにも所々に口を挟んだりしてて、それが影響されるような長い事権力があったってことが謎だわ~

「こういう理由があるんだよ」ってわかりやすく教えてくださる方いらっしゃいますか?

とはいえ、彼らが権力を持ってた時代が長くあったにせよ、ここのところ過去を非難されてさすがにその力を失いつつあるみたいですが、それがこれからの社会が良くなる兆しであろうとポジティブに考える材料にしても良いのですかね?
そうじゃなきゃまだこれから長く現役バリバリで働かなきゃならないムスコやムスメの年代の子たちやその先の孫たちが、ああいった人たちに慮りながら働かなきゃならないなんて状況があったらあまりにも可哀そうと思うんですけどね。

ワタシ自身は幸いなことに、あの手の人が、わりに身近にいない環境でこの歳までこられたことはまことにありがたい人生だった。そしてこれからもあの手の男はワタシみたいな女には近づかないだろうなと拝察されるのでこの先も一生縁なく過ごせそうなのは更に幸いと思っております。



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母のその後と着物の圧力

2024-01-09 00:52:03 | 着る
母は心拍数と血圧は安定してきたがまだ呼吸数は多いし尿量が少なくてあまり良い状態ではない。
ただ呼びかけるとかすかに返事をするし、そう苦しそうではないのが幸い。
ただ、いくら本人が意識レベルが低いとはいえ、6人部屋の環境にワタシが耐えられずに個室が空いたら移してもらうことにした。
オットも来てくれて、今すぐという事じゃないけど何かあったら危ない状態との診断だった。

いずれにしてもそういう状態でも1日に面会できるのは10分のみ。
その他の時間は実家にいても掃除か断捨離くらいしかできないし、あまりにも寒くて頭痛までするのでひとまずオットと東京に戻った。



その前に弟と父の施設に面会に寄った。
「ママは具合が悪くて入院してるよ」 と告げたら いきなりハラハラと涙を流す父。
ワタシの知っている父は 笑っているか、すっとぼけているか、ボケてからは怒っているかの人だったので泣いている父は初めて見た。
どうやらもう母は亡くなったと思い込んだらしい。
「まだ生きてるから大丈夫だよ~」「もうすぐ帰ってくるよ」と弟となだめたのだが、誤解して泣くくらいなら一緒にいる時にもっと気を使ったり優しい言葉をかけてたりして上げればよかったのにな~ とつくづく思う。
ホントに昭和初期生まれの爺って表現系に問題ありますな~ こうなってから泣いても遅いんだよ・・・

実家で探し物があって久しぶりに衣裳部屋になっていた納戸に入った。桐たんすに付箋が貼ってあるのを発見。
「〇〇子(ワタシね)喪服」と母の字で書いてある。
開けてみたらワタシの嫁入り先の紋をつけた袷の喪服と黒の名古屋帯 帯揚げや帯締めも引き出しにまとめてあった。
ワタシが誰のために着ることを想定して用意したんでしょうねえ・・・
こういう細々とした気配りする母であった。「そんなのいらないよ~」と言っても用意する母であった。

コロナ禍中、なぜか私をエネミーとして「よその家のムスメはみんな来てメンドウみてくれているのに」「あんただけだよ、長い事来てくれなかったのは」←妄想 とそれまで見たことのない冷たい目をした母はワタシの中では母として受け入れることはできていない。 
みんなコロナとその長すぎた政策のせいだとは思ってますけどね。



しかし、その着物タンスの他の引き出しも何が入っているか書いた付箋が貼ってあり着物と帯がぎっしりと・・・
それが何竿あるんだろ? 怖い・・・





そしてタンスの前には
「これはホントに良いものだからあなた着なさいよ」と前々から言っていた着物があった。




特にこの5cmくらいの厚みのある桐箱入りの訪問着と帯は確かに逸品だな~とは思った。




草木染の訪問着と




手刺繍の袋帯 





今だから言うけど、姑も着物類は結構あったが、彼女自身はそんなに着物に執着する人じゃなかったので、ほとんど姉たちからのおさがりでシミがついてたり寸法も色々だったりだった。オットも気にせずに私も譲り受けたいものがなかったので
段ボールに入れて送ると査定してから引き取ってくれる業者に殆ど送ってしまった。(ヒドイ嫁だね)
母は茶道や仕舞などで着物はしょっちゅう着てたし、似合ったし、好きだったし、ワタシにも譲ろうと思ってたのも知ってるのでそれと同じにはできないと思う。二人で呉服屋行って選んだり、着て歌舞伎行ったりしたこともあったのでその時の衣装は手放せない。
ここの所、そういった時の母の様子ばかりが思い出される。

そしてワタシもある時期何かに取りつかれたみたいに着物を着てた時期もあったが、今はもうはっきり言っておっくうなんですよ。
着始めると案外気楽にさっさと着たり出したりしまったり手入れしたりも出来るんだけど、一旦離れるとメンドクサイのが着物。

あの衣裳部屋の箪笥と引き出しからの圧に抗しきれるのか? と自宅に帰ってからも自分に問いかけてる。
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年明けバタバタ 母入院

2024-01-05 16:20:00 | 家族あれこれ(犬も含めて)
辰年が明けたとたんに世の中が騒然としてしまっているが、私の周りもバタバタですよ。

3日は年末年始をお嫁ちゃんの実家で過ごしてきたムスコが単身で帰京

お歳暮ほA5放出 とっておきの佐賀の銘酒光栄菊の月光(無濾過生原酒)も放出

「新政に似てるなー 酸味がうめー」と母と同じ感想にほくそ笑む



次の日一泊して行ったムスコを送り出し、ムスメ宅へ
ムスメ宅は座れる電車一本で行けるのは楽なのだが時間はそこそこかかる。1時間ほど。


孫③がこのイベントに行くため孫④のお預かりでした。イベント自体は30分ほどらしいが、事前に整理券を入手するとかで乳児連れは無理らしく、下の子のお守りはばーちゃんの役目だ。

ところがそのお守りしている間に実家地方の弟から電話。
実家の母が調子を崩して救急搬送という。熱が38℃台、意識もなくなっているという。
先月会った時もまたずいぶん痩せたので心配はしていて、この週末には様子見に行こうかと思っていたところだった。

そりゃ大変、とりあえず行かないとと家族LINEにそれを告げると、ムスメは大急ぎで帰ってきて、さっき別れたばかりのムスコは「じゃ、俺も一緒に行くよ 途中で拾って」と言う。

ムスメの家から引き返し、20分で実家に何泊か泊まる用意をして、犬も連れて実家を出る。年末年始で溜まっていたゴミを集めて、お隣の奥様へしかるべき日にちについでに出してくださいと頼むのも忘れなかった。


ムスコを道端で拾い高速1時間乗って母の入院先へ


かなりの頻脈で酸素も吸入中
呼びかけても答えず

これは今日明日かもしれないと思いながら暗澹として実家に帰宅

この日は食料まで持ち出す時間はなかったので、弟の住む実家の冷蔵庫には何もなく(正月だと言うのに)、弟も母の入院に付き添った後は仕事でお年始回りがあるので帰りは遅いと言う。
仕方ないのでムスコと年始なのに寂し過ぎる地方都市のシャッター通りを彷徨う。
「すげーなぁ このさびれかた」
確かに‥
ワタシの知る限りでちょっと美味しいお店もまだ正月休みでオープンしてなく、空いていた沖縄料理の店はドアを開けたとたんにかびくさすぎてそのまま逃げ出し、やむなくこれならまぁマシかな くらいのカウンター居酒屋へ

うむむむむ
久々に外れた、が
2日連続でムスコと食べて飲んで、色んな話が出来たのはよかったな。
主に海外相手の仕事なので、日本で正月休みをとっても昼夜なくメールが来たりオンラインで話したり
「あいつら空気読まないからなー」と言いつつも、仕事中の片鱗を見せるムスコは頼もしかった。局家、オットは職人気質だがムスコはビジネス気質である。ちなみにムスメはゲージュツ気質 色んなDNAが入り混じって体現化ってもんですね。

この日から週末までオットは職場をはなれられない状況で、ムスコが間髪を入れずに
「オレも行くよ 運転もするし」と言ってくれ、お嫁ちゃんも
「行ってきてーいつ帰ってきてもいいよ」とすぐに電話かけてきたそうだ。
その点は気が揉めながらも嬉しかった。


そして今日は



酸素も外れ頻脈も少し改良し熱も下がっていた。昨日より熱も下がって呼吸も落ち着いていた。
この分だとまた回復するかもしれない。
去年も冬に調子を崩してもうダメかと思ったのですが、今度も◯◯女の根性で回復して欲しいものである。

この病院の面会は家族2人のみ 10分だけ制限。
これでも緩和されたらしいけどコロナ?インフル対策?
6人部屋で向かいのベッドのお婆さんが手を拘束されててひっきりなしに「はずしてー」と大声を出している。
看護師さんが「外すと危ないのよー、◯◯さん点滴抜いちゃうからねー」となだめていた。

まあ仕方ないんだろうが、毎日ムスコの顔が見られて快適な個室で下をも置かれずに最期を迎えられた義母とつい比較してしまう。
意識がないからまだいいもののかわいそうな母‥

そしてムスコ
さっきは頼もしいと言ったけどさ

高速1時間➕一般道30分かかる所から
自転車で帰ったんですよ!


「正月でカラダなまったからさー」河川敷のサイクリングロードを通ると遠回りになるから130kmの行程らしい。
実は昨日彼を拾った時に自転車を積んだのでヤバいと思ったのですけどね。


こうやって無謀なところは中高時代から変わってないのねー

さっきLINEしたら東京にはたどり着いてるらしいけど。




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明けたとたんに地震

2024-01-02 01:24:25 | 日々の生活
今年は義母の喪中でお正月行事は自粛なはずですが、孫たちも来たし 早割りで注文してたおせちは食べるしお雑煮は作るしで普通にお正月をしてしまった。義母も怒らないであろう。





おおみそかのお蕎麦はにしんそば ムコはにしん蕎麦が初めてだったようですごく感動していた。
ムスメはちぢみほうれん草とトマトのサラダに 「この白いのモッツァレラかと思ったらかまぼこだった~ 日本だ~」とやはり変なところで感動していた。



お雑煮を撮るのを忘れたが 我が家のはかつお出汁で鶏肉、大根、里芋、人参を煮込み 青みに小松菜、焼いた餅を入れる具沢山の田舎風 美味しいし栄養もあると思うのでムスメに伝えたいのですが、誰かがやってくれる時は自分はやらないムスメ。
「ちゃんと舌が覚えてるから!」とワタシの隣に立ちはしない。
ワタシも舌は覚えてるけどどうしても母の味にかなわないのが彼女のきんぴらごぼう ちゃんとレシピを聞いておけばよかったな~と思うんですよね。 後悔するなよ!w

そして元日の昼過ぎまでいたムスメ一家を送りながらどうせなら初詣もしようと神社に・・・

参道の途中に茅の輪がしつらえてあり、みんなそれをお作法通りにくぐってからお参りしていたので結構お参りまで時間がかかりました。




こういうのをちゃんとやりたがる孫③






ベビーカーに孫④を入れて持ちあげたまま茅の輪くぐりをやって周りを沸かせるムコさん
エンタテイナーですな~

お参りをしておみくじを引いたら ムコと孫③が大吉 ムスメが吉 ワタシが末吉(書いてあったことはまあまあだった)
良い年になるといいね。

彼らを駅まで送り元日からやってたカルディを冷やかし犬の散歩で遠回りしてからゆっくり家に帰ってきて少したったら
ムスメから
「結構揺れたね 大丈夫だった?」とline
ワタシはまったく感じなかったが
「TV見て~ 大変な地震だよ うちは結構長く揺れたよ」

東京でもマンションの中層階だと揺れたのでしょうか?
孫③は④を連れてテーブルの下に避難したそうだ



この子たちに何かあったらと想像するだけでたまらない。

お正月気分も吹っ飛んでしまった。能登半島の地震・・・・
津波の映像、壊れた家や地割れした道路を見ると あの東北地震を思い出す。
日本ってこんなに災害の多い地になっちゃったんですかね。
オットはただでさえ医療体制の手薄な時期に・・・ と心配していた。

寒くて不安な夜を過ごす被災された方々が早く救われますように。

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