局の道楽日記

食道楽、着道楽、読書道楽  etc
生活色々を楽しんで暮らしている日々の記録です

週末食べたモノ

2016-05-29 23:34:44 | 食べる


食べたい物を作るときは「めんどくさい」という言葉を忘れる。



土曜日の夕飯

ジャンバラヤ 鮮魚のカルパッチョ 空芯菜炒め エシャロット

空芯菜は小エビと炒めたかったが冷凍の在庫がなかったので、思いついてこれを代用。



江戸前の佃煮ってのは甘しょっぱ過ぎるが、炒めものや炊き込みご飯の具にするにはうってつけですね。
ニンニクスライスを炒めてから空芯菜と海老の佃煮とほんのちょっぴり創味シャンタンを投入。あら美味しい。

ワインの在庫が重い白と赤しかなかったので、この日はビール。

夏が近づくと、ワインは辛口白とか泡が飲みたくなる。
で、楽天のお買いものマラソンの送料無料でソーヴィニヨン・ブラン主体の安い白ワインセットを購入 

日曜は、姑の要望で、島○と言うホームセンターへ。
オットが母の日に送った座れるガラガラバッグ(なんていうのだろう?)が、二度使っただけなのに不具合だと言う。
見に行ったら、ホントに後輪がストッパーを外しても動かない。
交換しますか?と聞いたら、もうその機種は使いたくないからと返品して違うのを買いたいのですと。
今度は見かけより機能重視で購入。

これで姑の用事はすんだのでお昼でも食べようと

最近closeになった碑文谷のダイエーのそばにあるうどんの店へ





オットが最近気に入っている店。住宅街の中にポツンとあって食べログなんかを探しても登録してないし、電話番号も公開していない。
しかし、いつも地元の人たちでにぎわっているそうだ。
夜はおつまみ類も豊富で飲みにも使えるそうだ。

うどんは稲庭風? ワタシはコシがある讃岐風のが好きなのでイマイチ、タイプじゃなかったが、タレと天ぷらは美味しかった。
姑はにっこにこで食べていた。





ここも古民家リノベ風で、昔懐かしい茶箪笥などが使われて



天井には葦戸が飾ってある。
子連れの多いのに驚く。

その後、姑と我が家分のパンを買いに田園調布へ
なんのサイクルか、日曜の朝にたいてい食パンがなくなるので、ワタシはいつも日曜になると「食パン~」「食パン~」と唱えることになる。
美味しい店で食パンを買おうと思うと、案外難しく、行きは「すみませんお客様、あと一時間たたないと焼きあがりません」と言われ
じゃ、帰りにと寄ると完売になって途方にくれたり・・・
美味しいパンじゃなきゃ嫌だってのは、ある種、めんどうな呪縛ですね、困ったもんだ。





ここなら味は満足、価格不満足。しかし、せっかく来たからと久しぶりここのクロワッサンも買った。パン生地とバターの層が、よくこれだけパリパリに焼きあがるもんですなあと感動しながら、明日の朝ごはんにするはずなのについ食べちゃった。
こういう美味しいパンの誘惑も困ったもんだ、しかもカロリー高いし・・・
でも美味しいんだもの・・・

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共通意識

2016-05-26 22:25:55 | 


昨日はいつもの女子四人で埼玉でG
お天気にも恵まれて、スコアもまあまあ(ああ、あのバンカーにさえ入らなければ…(笑))

高校生の息子がいるというキャディさんは、朗らかで面白い人だった。
メンバーの一人がティーショットが当たらずに、ラウンド途中でしおれていると
「大丈夫大丈夫!午前中の調子の良かった時の感じで、もうちょっと肩を入れて、最後はバシッと決めてくださいね!ニクッタラシイ男の顔でも思い浮かべて、バシッと」

その言葉に送り出されてティーグランドに立ったYちゃん
「マスゾエ!」
ナイスショットであった。
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初夏の白金

2016-05-22 23:49:58 | 見る(映画 劇場 美術館など)
ここのところゆっくり日曜をオットと二人で過ごす時間が取れなかったが、今日は珍しく二人とも予定が空白、しかも元気な日曜日、爽やかな五月晴れ。

わりと早く目を覚ましてさっさと朝食を食べて、洗濯物も干し、さてどこかに行かないともったいないようなお天気だねってことになり、

こちらに行くことにした★
久しぶりに若冲も見たかったが 三時間待ちとかという噂を聞いていたのでめげた。(みなさま辛抱強すぎる。。。)

ってことで、旧朝香宮邸 メディチ家の至宝展







歴代メディチ家当主や妃の肖像画約20点と彼らにまつわるジュエリー約60点の展示




この方(マリア・デ・コジモ一世)はともかく



この方(ロレンツォ)や



この方(イザヴェラ・ディ・メディチ)は そう美形の一族ってわけではないのね。独特のトカゲっぽい目とちょっと受け口が特徴か?
よく比較されるハプスブルグ家の人たちの方が美男美女率は高いのね。
しかし頭が良くて蓄財や芸術に対するセンスがあった人たちなんですね。

この一族の末裔である、アンナマリア・ルイーザと新トスカーナ大公フランツ・シュテファンの両者により1737年に署名された"Patto di Famiglia"(パット・ディ・ファミーリア)という条約が結ばれた。

曰く ウフィッチ美術館やピッティ宮殿などにあるメディチ家の宝物をトスカーナ大公に寄附する代わりに、トスカーナ公国外には持ち出すことを禁じ、これらの資産は、外国人の興味を惹き、トスカーナ公国にとって有効な目的で利用されなくてはならない。との条約。

こうしてメディチ家の資産の放逸は防ぐことができ、フィレンツェはそれらが観光資源として現在までその地を潤す元になったわけである。

なんて先見の明がある女性 と尊敬すると共に、美と文化ってものの力を感じるではないですか?


こういうモノをこういう場所で見られるってことは嬉しかった。

建物も庭も素晴らしいこと











カメオや金属と宝石、真珠などの組み合わせのアクセサリーなんかも素敵だった。
ワタシは、アクセサリーも嫌いじゃないが、特に宝石が欲しい、買いたいって欲はないと日頃思っているのだけど、それは自分の欲望に蓋をしていただけだと思いましたねw こういうモノ見ると欲しいもの。買えないけどさ。



特に惚れたのがこのバロックパールを抱いた龍ちゃん。
ハチに刺されて当惑している顔が可愛い。これ欲しいなあ・・・

こうなると、おととし行ったフィレンツェ、ヴェッキオ橋周辺の宝飾店を覗こうとしていた私の手を無理やりひっぱって手袋店に連れ込んだオットがうらめしいw





実は偶然だけど、この日はちっちゃいパールとちっちゃいちっちゃいダイヤを組み合わせたミキモトのアクセサリーをしていたのだけど、この真珠のおかげで「ドレスコード割引」になった。100円引きだけどね、ちょっと嬉しかった。

そしてお次に向かったのは、ほぼ隣にある






自然教育園

んまあ 入ってみると都会のど真ん中からどこでもドアで山中に入ったような世界である。

人も少なくて青葉から洩れる光が心地よかった。



オットは小学校時代、近くに仲の良い同級生が居て、夕方閉館になって人がいなくなったころ、塀を超えてよく忍び込んだらしい。

「ここに忍び込んだ時は見つかったことがなかった。雅○園の百段○段に忍び込んだ時はつかまってエライ怒られた・・・」らしい
一緒に悪さした友達は、今某所で校長先生をしているようですが、人生わからないものである。







水鳥などを撮ってるおじさんたち。今年はここで7年ぶりだかでカワセミの巣立ちが見られたそうです。
すごい望遠レンズなどをそれぞれお持ち。あるカテゴリーの後期高齢者の人たちって余裕があるのね~っていつも思います。



これだけ見ると、ホントに山とか高原の感じですが



この後ろには首都高があり、車がビュンビュン走っております。



江戸時代の屋敷だった頃からあるそうな大木

そう言えば、私も大学生の頃に実習だかで二度ほど来たなあとここで思い出す。
ムスメも小学校で何度か来てるはず・・・

この入場料300円はお値打ち。都心でできる気軽なハイキングデートにもおすすめ。

この日は車で来ていたので、そのまま代官山方面を通り抜け(車載の温度計が32℃だった)



もうすぐ渋谷ってところで路駐して



青葉台の叙○苑で焼肉ランチを食べた。

満足日曜日。

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やっぱり舞台は楽しい

2016-05-18 23:56:57 | 見る(映画 劇場 美術館など)
両親がホームに入ってほっと一息つけると思ったが、その目論見は甘く、今日は書かないけど、日々色んなことの連絡が入り気が抜けない日々。

しかし、こういう時こそ、普段通りに楽しめることは楽しんでおかないと、鬱々とする。

ってことで、もうはや一週間前になってしまったけど、ご贔屓劇団の定期公演へ。
同行は この公演には定番の親友AとNちゃん リケ女トリオで。










言っちゃ悪いけど、前回の公演はあんまり乗れなかったのでブログには書かなかった。
しかし、今回は、前回のを補っておつりをたっぶりもらったくらい。



舞台装置も趣味でした。

こんなに舞台を見て笑えたのは久しぶり。

この劇団ってメンバーの+-があったりして、そのたびになんとなく変化して進化してって感じ。もう7、8年は見ているだろうか? その進化を感じてエネルギーをもらえるようなところがまた楽しい。

毎回 身体を張っている岡田さんはもちろんだけど、今回は特に女性陣がすごかった。
斉藤さんの突き抜けた演技は相変わらずで爆笑させてもらったけど、山素さんの魅力は再認識させられた。
普通にしてれば楚々とした美人奥様系の方なのに、あれは何だ? しかしどうしてあんなに歌が上手いんだ?(しかもクラシック系の歌い方)
惚れました。

同行リケ女たちも
「あ~ 今回は面白かった」
「仕事のストレスを忘れられた」
と満足の様子。

終わった後は ちょい飲み&ちょい食べ。

最近このへんのエリアはずいぶんおしゃれな店も増えちゃって、迷いながらも初めて入ったみたのが とあるビストロ。

古い民家をリノベーションしているちょっと不思議な空間であった。









料理も気が利いてるし、ワインもぼったくらないし、フロアの店員さんも感じが良かった。

ここはリピしてじっくり味わいたいお店。



今回は、親友Aの仕事話の相談会。この春、職場の部署の再編成で、研究部門のリーダーとして、他の現場の部長たちと並びたたなければならなくなった彼女。いわゆる本社系の彼女の存在がおもしろくない現場系のオジに色々難癖つけられて大変そうである。

「もうさあ こっちが何年も積み上げてきて、この方がいいと思って提案して、会議で決まりそうってことが、次の会議の合間の飲み会とゴルフでひっくり返るのよ!」

と、どこの昭和の話だ?ってことが未だに通用する部分もある男社会らしい。

大変だねえ こうすれば? ああすれば? と共通する社会にいるNちゃんのアドバイスは実践的だろうし、ワタシの毒舌も、少しはAのうっぷんばらしの役にたつかもしれない。

始まりが遅かったのもあるけど、時間を忘れて語り合ったらあらもうすぐ12時なろうとしている・・・
ヤバい、終電が と焦って帰ったオバトリオであった。ウイークデイで午前様。みんな体力のあるオバで良かった。

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スマホとパスポートと都庁とまずかったもの

2016-05-14 01:32:11 | 日々の生活
気が付けば 私の10年もののパスポート、今年の7月が期限であった。
2006年に作ったもの。

この10年で海外に行かなかった年は2011年の震災の年だけだったと思う(あの年はなんだか色んなエネルギーが失せていた)

随分色々な国に連れて行ってくれたパスポート・・・





いつも疑問なんだけど、どうしてこの出入国のスタンプってのは、テキトウなページにテキトウな間隔で押されるのであろうか?
一応几帳面と言われる日本人として、ちゃんと最初のページから、適度な空白を保ちつつ、綺麗に埋めて欲しいと思うのですけど・・・

で、更新。期限切れではないので戸籍謄本や身分証明書もいらず、必要なものは現パスポートと写真一枚と申請書類だけだそうだ。
という情報もスマホでグーグル先生に教えてもらった。

それで写真。10年前は駅近のDPE店でパスポート用と指定して撮ってもらった様に記憶するが、あらまあ、その店無くなっているではないか。
そういえばここのところ、写真を現像するってことがまるでなくなった。デジカメで写真を撮ってもデータで保存するか、家でプリントするかネットで頼むか・・・
この10年の変化ですねえ。

それじゃ、証明写真を撮れるボックスで撮ろうかと思い、どこにあったかなと思ってやっぱりグーグル先生に聞いてみたら、ちゃんと沿線別に教えてくれた。意識してなかったけど、最寄の駅の中にもあったのね。「改札を出て左手、階段の裏」まで指定して・・・
ホントに使えるなあ グーグル先生。

そしてボックスに入った。以前撮ったのはいつだっけか?くらい久しぶりである。
音声と画面でわかりやすく説明してくれるので迷うことなく撮影できた。
あ~ら100円足すと美肌モードなんてのもあるではないか。当然それを選択。
取り直しも一回できて、二枚の写真の中から好きな方を選んで、パスポートサイズを三枚、普通の履歴書用のサイズを三枚印刷できる。
裏はシールになっていて便利。
これで美肌モード100円増しで900円なり

これで写真を用意はできた。あとは申請書類。更新場所に行けばあるのはわかっているけど、できれば家で全部用意して、提出するだけにしたほうが時間の効率ができそう。
以前は郵便局にあったと思うんだけど・・・
と思ってまたスマホでグーグル先生に聞いてみると・・・
区民センターで手に入るとのこと、置いてある階まで指定してくれる。GJ。
写真を撮ったその足でセンターに行って10年用の書類をget

ホント便利だねグーグル先生、っていうかここまでスマホに頼っている現在の生活も10年前には想像できなかったかも・・・






で、更新に行ったのは11日の水曜日の午後2時頃。

連休も終わってヒマな時期だったのだろうか?書類を提出するために並んでいる人も3,4人ですぐに提出でき、その後の待ち時間も10分程度で、今までのパスポートを預け、引き換えの書類をもらって、あっさり終了。

ところで、帰りに都庁の中を通り抜けて帰ろうとしてビックリ。

エレベーターの所で検問所のようなものが設けられていて、ものものしく警備員が何人も立っているではないか!

ワタシは仕事で何度か都庁の上の階に行ったことがあるけど、エレベーターに乗るために何か訪問者が書いているのは初めて見た。

確か同時多発テロの頃? 何かで特別警戒ってので、地下からの通路が閉鎖されたのは覚えているけど、こんな検問所まではなかったと思うんだけど。

あの知事さんの今回の件の特別警戒だったのであろうか??

確かに昨日の言い訳会見など見てたら血の気の多い人は知事室に突入して文句の一つも言ってやりたくなるであろう。

ホントにみっともないっていうか一言で言えば 育ちの悪い系の卑しいことやってくれる人だね。

今日は夕方スポーツクラブに行ったが、サウナの中の話題も彼のことでわいていた。
「何?あの釈明」
「ホントに言い訳ばっかりで見苦しい」
「品性は顔に出るって本当ね」 などと・・・
オバサマたちも怒ってるよ、今度ばかりは・・・


怒りついでに

前記事の続きのマズイもんです。



高○寺と新高○寺駅の中間のカフェ飯

ちょいとオシャレでボリュームもまあまあと思うでしょ?

スープ一口で、ん? サラダでん?ん? ガバオライス風丼でん?ん?ん?
同行のオトコマエ友人(164cmの大柄美人)は、多少ん?のものでもワシワシ召し上がり、出されたものを残すことを殆ど見たこともないのだが、注文したWチキンプレートのチキンを一口食べて

「ねえ これ、鶏肉がマズイんだけど、ちょっと味見してみて」と

確かにちょっと臭いのする鶏肉がオリジナル南蛮漬けとしてあるが、なぜかピカタ風に調理してあった。

そしてこの時出されたもの全般に言えることだけど、香料の使い方がとにかくヘタなのである。
スープにしても、トリがらで出汁を取れと言わないまでも、普通にマギーブイヨンでも入れときゃそれなりにふつーに飲めるのに、余分な香料が余計不味くしている。
サラダ類もエスニック香料を使ってるんだけど、それがこじれて不味くなっている。

「味つけヘタなやつは塩コショウだけにしておきなよ」と一人でやっているらしい若いお兄ちゃんに言ってあげたかった。

ドリンクバーのコーヒーも酸化した泥水風味。
これで1200円はないだろ・・ 二度と行かないリスト入り

久々に、ここまで不味いものを食べさせられた怒りをかかえて家についたら、宅配便が届いた。

オットの知り合いからのお届け物。



はちきれそうなトマトが箱一杯。「九十九里のイワシやカニ殻、大豆、米ぬか、海藻などを肥料に贅沢に使った美味しいトマトです」 との解説あり

自然の肥料と海風と日の光を浴びて熟したトマトちゃん。小さな太陽が箱の中に詰まっているようで美しい。
完熟しているのにグズグズ柔らかくなくてどっしりしっかり堅さも保っている。

ゲランドの塩をつけて一かじり。あら美味しい。

と 激マズ カフェ飯のお祓いができたのであった。





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連休中の美味しかったもの、とどめに不味かったもの

2016-05-10 01:09:42 | 食べる
連休中、実家では母と弟と自分のご飯をせっせと作った。
普段はオットは週半分帰宅だし、ムスメも夕飯を家で食べるのは半分くらい。昼間は一人なのでそんなに真面目に作らないので、いつもより料理に追われた日々。
その週間が終わったので人の作った料理をありがた~くいただいた。

母がホームに入所した日、前記事に書いた理由で少々むしゃくしゃもしていた。
オットと二人でどこか食べに行こうかとも思ったのだけど、こういう時にぱっと騒げる人材は 兄代わりのAである。

「ダンナも一緒だけど どっか行こうよ」と声をかけるとホイホイと実家エリアで美味しそうな所を予約してくれる。

この日は三人で韓国料理。











肉がウリの店。チヂミや野菜類もかなり美味しかった。リピ決定。

ホールスタッフは日本語の怪しい若いお兄ちゃんたち。地元の単科大学に通う留学生たちである。ベトナム人の男の子がいかにも誠実そうなイケメンで感じが良かった。つい絡んで色々聞いてしまうオバサン一人。



散々ビールと各種マッコリとチャミスルなどを飲んで酔っ払った我々、このまま帰るのは惜しいと
歌いに・・・

オットは何を歌っても微妙にこぶしが入って演歌調になる。
Aはなぜか昔のロックを英語で歌いたがる。また往年のジュリーの歌も十八番である。

当時のジュリーの映像が映る。輝くばかりの美しさである。
ああ、時間の残酷さよ・・・

カサブランカ・ダンディー

♪聞き分けのないオンナの頬を 一つ二つ張り倒して
背中を向けてタバコを吸えば・・・

時代を感じますなあ。今だったら聞き分けのないオンナが反撃してその辺にあるフライパンなどでオトコの方も殴られかねないし、何よりこの時点でDV認定されるであろう。
そしてタバコを吸うって行為も ダサいものと認識される時代になりましたのう。

ジュリーの頬のたるみと共に時代も変化したのう。

などと役に立たない会話を歌を挟みながら二時間。

これでかなり気分すっきり。
次の日4日は両親の顔を見てから早めに東京へ戻った。家族に会いにとAも便乗。早めに出たので渋滞にも巻き込まれなかったのでスムーズに帰宅。

この日の夜は、GW恒例、ガリレオ夫妻とのディナー

行きつけの代々木のポル○ガルレストラン



わさび菜と新玉ねぎのサラダ、ビーツのクリームサラダ



干しだらとジャガイモの卵とじ ヤドカリみたいな貝



タコの天ぷら 大根モチのフリットの揚げ物類



自家製ベーコン



ユーモラスなデザート







ワインも三本空いた。

ホントにこの店は何度行っても何を食べても あ~美味しかったと満足できるお店である。
味付けも基本的には塩とオリーブオイルとニンニク。それに素材に合ったスパイスの絶妙な合わせ方。シンプルなのにセンスを感じるプロの味。

満足満足だったけど、この日もこのままでは帰り難いと近くのバーに場所を変えて二次会。





この時に夏休みの予定の話になり、ガリレオオットが某アジアの国での学会がありついでに観光もするんだよとの事、今年の夏休みの予定が未定だった私たち、へえ 俺たちも行きたいなあ なんて話から盛り上がって、ホントに一緒に行くことになった。
ここのところ、ヨーロッパは怖いし、ちょうどいいかもってことで即決。
飛行機は別だけど現地のホテルは同じ所をさっそく手配した。

オット同士、ツマ同士が気が合う同級生ってのはいいもんである。

さて、さすがに疲れたGW最終日の8日、日曜日は久しぶりに家に一日中居た日。
パジャマを着替えたのはワタシが11時、オットに至っては犬の散歩の午後5時という体たらくで過ごした日。

昼は先日のポルトガ○レストランの味を真似して





デカブラウンマッシュルームをニンニク風味のオリーブオイルで蒸し焼きにしてベーコンとバジルを添え



新鮮な大きいイワシが手に入ったので、塩とオリーブオイルを振ってグリルで焼いて、新玉ねぎのみじん切りとパプリカペーストとパセリのみじん切りを添えて



どちらも細かくして混ぜ混ぜして食べる。ちょっと焼いたバケットの上に載せて。

見た目は悪いけどかなり美味であった。

イワシ98円 マッシュルーム158円 安くてうまくて満足な昼食

夜は頂き物の肉があったので解凍してすき焼き。

ムスメも帰ってきて久しぶりに三人で食卓を囲む。

「この肉、いただきものでしょ」
「そうだよ 何でわかるの?」
「おかんはサシが入った高そうな牛肉は買わないじゃん」

と指摘されつつ山盛りの野菜も平らげて、ついでにモチまで鍋に入れて食べてしまった。

まあおいしいモノ食べて太るなら諦めもつくよね と自分に言い訳しつつ、連休明けた日常はまた体重戻しますっ


不味いもの話はまた次に。
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母校の変身

2016-05-06 02:26:53 | 記憶の箱
両親のことで殆ど費やした今年のGWだったけど、そこは私のこと、合間を縫っておいしいものを食べたり友達と会ったりしましたよ。

その中の一つ。
私の出身高の某音楽関係の部活による公演を見に行ったこと。

前回の帰省の時だったっけ? 市の広報に載っていたこのクラブのプレ公演が我が家の近くのホールで行われるという、その整理券を配っていたので興味を持った。
最近のわが母校のその部の活躍は耳に入っていたので。
そして演目は宝塚でも人気の元はブロードウェイミュージカル

lineグループでそれを揚げたら、親友Aと宝塚観劇仲間のMちゃんが、「私も行きたい」と。
そしてなぜか 兄代わりのAちゃんも
四人で鑑賞






全部で80人を超える部員がいるという。生オケでミュージカルするなんて大したものである。

オケもちゃんとしてたし、ミュージカルも初々しい中、ジェンヌにもなれそうな美貌とオーラを持った子たちも何人か観られ、「あら~やるじゃん、我が後輩」と嬉しく鑑賞できた。

鑑賞終わって みんなで地元デパートの食堂街の中のイタリアンに行ったのだけど、卒業生女子三人の一致した感想として
「あの学校も変わったねえ・・・」
「ホント 私たちの頃ってなにか一生懸命がんばったって記憶がなにもないもんね」

共通項は私たちが小中附属組、そこで受けた教育に影響を受け、その時の仲間で今でもつるんでいるが、その後男子と女子と別れて進学した高校ではなんとなくシラケて日々を過ごした感じ。
そしてそこそこの大学に進学のために上京してそのまま東京にってパターン。
なぜか、高校への母校愛に欠けているのである。(小中の仲間にはしょっちゅう会ったり同窓会には出ているけど高校の同窓会はスルー)

当時は部活も盛んではなくて、先生は日教組が多くて休講も多く、進学指導もイマイチ熱心じゃなかった。建築学科に行きたいと志望したNちゃんなんて
「じゃ、これ読んで調べたら」と蛍雪時代を渡されて終わったと笑い話がある。

小中の熱心な先生方との格差があまりにも大きいことの戸惑い、しかし校則はなきに等しく、制服も着崩し自由みたいなもんだったので、放課後といえば学校帰りに喫茶店に寄ってダラダラ過ごしたとか、他の男子校の生徒と放課後待ち合わせて勉強と称して図書館で遊んだりとか・・
当時も進学校ではあったので今よりは少なかったがT大とか国立医やK、Wに行った友達もいるが、元々の素頭が良くて、そのまま入っちゃったみたいな人たち故、そんなに必死に勉強してたイメージもなかったのである。

ところがビックリ。
今の我が母の進学実績や評判などをネットで見てみたら(今回のことで初めて見たってくらい母校に愛着がなかったw)堂々たるというかびっくりぽんな文武両道進学校になってたのね。文化部同様に体育系部活でも実績がありそうだし・・・。しかも女子だからか現役合格が多く、それでの数字ってことにビックリ。地方っていうハンディも多少あるのに。
そりゃ、悪い気はしないけどなんだか自分のいた頃のあのでれ~~っとした雰囲気はまるでないんだろうなあ。そういえば制服もちゃんと着ているw 違う学校の話を見ているみたい。



今の雰囲気のこの学校に入ったらどういうJK生活を送っていたのかしらねえ。なんて話にもなった。
「局ちゃんはこういう公演の脚本でも書いてたんじゃない?」とNちゃんが言ったけど、ん~~ そういうのも面白かったかも。なにかきっかけがあれば、人と一つのものを作り上げるってのは嫌いではないはず・・・
しかし あの三年間、あそこでもうちょっとどうにか意識的に動いて将来の事を考えていればキャリアウーマンになれた?あるいは自分の本当にやりたいことを職業にできた?
まあ同じ環境だった親友Aは世間で知られるくらい自分の得意なことを活かして活躍しているから私が怠け者だったのかもしれないけど。

多分三人三様でもう一度高校生に戻ったらと脳内で想像しつつ、予想外においしかった田舎デパートのイタリアンで昼ワインのグラスをかたむけたのであった。







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余計なお世話~母 退院

2016-05-02 11:47:10 | 様々な思い
2月末に家で転んで膝を剥離骨折した母が、やっと退院できた。
高齢だし、入院中に腰を傷めたりで、一時はこのまま車椅子生活になっちゃうのかな?と心配したが、無事に歩けるようになった。
老々介護気味だったマダラボケの父と離れていたことや、上げ膳据え膳の入院生活もよかったのか、疲れもとれたし、食欲も戻ったみたい。
そして今時のリハビリ技術ってのも進化しているみたいで、(理学療法士もイケメンだったらしい)色々体の使い方も教えてもらって、杖をつきながらではあるけど、しっかり歩けて身の回りのこともできるみたいなので、一先ず安心。

一昨日は入所予定の老人ホームに見学に行き、部屋の広さと両隣の夫婦ぺやの穏やかな感じの入居者たちと、働いている方たちの雰囲気を見て、安心したようである。

周りの人たちからは「こんな綺麗な人が入ってくれるなんて!」と言われ、「いえいえとんでもない」なんてその場で言ってはいたものの「あたしはどこに行っても綺麗だって言われてね、病院での食堂でもおばあさんたちがあたしの周りに座りたがるのよー」などとムスメに自慢する能天気さ加減である。

母が、同じ部屋に入所すれば、今一不安だった父も安定するだろうし、母も、家庭で暮らすよりは却って父の一挙一動を見守る必要がなくなるので心労も少なくなると思う。

また一番の問題は、戦後すぐに建てた、この実家である。平屋で無駄に広いだけで非バリアフリー。
あちこち要修理。
さっきも台所と廊下の間の引き戸のレールが外れて、戸が立往生中。
留守にするための施錠場所だけでも数十ヶ所。

生活するためにも地方衰退、ドーナツ化現象がここ20年進んだ実家周辺、徒歩3分ほどにあった大型スーパーが撤退してからは買い物難民。

もう実家で暮らすのは不可能、経済的に許す限り(というか、もうこちらに残すものは残してくれなくてもいいから)なるべくいい施設にと考えた結果であった。

それなのにさっ
母の某お稽古仲間が言ってることがふとした所から耳に入った。

「○子さん(母)施設に入れられちゃうらしいじゃないの。あちらのお宅ならば、お家を直して、24時間の家政婦さんでもお雇いになれるでしよまうにね、かわいそうに」だと。

24時間の家政婦さんて体制が今時取れるものなのか?費用はどれだけかかるのかとか計算もしてないだろうし、それだけ気が利いて全てやってくれる家政婦さんとやらに巡り会って、ずっといてもらうためにどれだけの幸運に出会わなければならないか、とかまるで考えていないだろうなぁなんてのその一言。
言った人は未亡人で子供も居ない人らしいので子供(ワタシと弟)がいる家なんだから子供がみりゃーいいのよ、くらい本心では思っているのであろう。

こっちだって、みんなが一番安心で、みんなが色々犠牲になることなく、満足度が高そうな方法を、色んな所を調べて考えた結果なのにさ。

近い他人と遠い親戚って、こういう場合に色々いらんこと言うってホントですね。

人のお世話焼くときには、本当に役にたつ具体的な提案がある時とか、自分も何か実際に動くつもりがある時以外、するもんじゃないね。

まして、何にも深く考えないで、口から漏らす非難めいた言葉なんてのはどこからどんなルートで相手の耳に入るかなんてのはわからないんだから(まして、田舎の狭い世界で)なるべく控えたほうがよろしいんじゃないかと、自戒も含め、思ったのであった。
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