学年だより「脳も肉体」
「脳は、筋肉と同じように鍛えられる」と説明する方は他にもいる。
浅田次郎氏は、幼いころから、自分は作家になるとなぜか心に決めていた。
大学受験に失敗したあと、自衛隊に入隊し2年勤務する。これは三島由紀夫が自衛隊に乗り込んだ事件の影響だった。
除隊後は、マルチ商法に手をそめ、服飾関係の会社を興し、大成功をおさめる。
その間も小説を書き続け、雑誌に応募を続けていた。
生業が忙しくなる一方で、雑誌に応募する小説はまったく入賞する気配がない。
自分は商才はあるが文才はないのでないかと悩みながら、とにかく毎日小説を書く生活を続けた。
~ これは自衛隊で覚えたことですが、本当の体力をつけるには、急激な運動は何も必要ない。一定の同じ量の運動を毎日必ずやる。ただし、一日でもサボってはいけない。これが体力をつける重要なポイントです。脳みそも肉体の一部ですから、同じような機能でできている。だから一日もサボらず、ともかく机に向かう。(浅田次郎『勝負の極意』幻冬社アウトロー文庫) ~
浅田氏は、毎日6時間は机に向おうという目標を立てた。さすがに仕事をしながらの6時間は無理にしても、3時間は小説を書いたり、本を読んだり、名作の書写をするという修業をし続けた。
~ ごはんが終わるとすっと部屋に入って机に向かうという暮らしぶりです。そうなるともう長年の習慣ですから、苦痛をまったく感じない。それを苦痛に感じるのなら、飯を食うのも苦痛ではないかという理屈でやってきた。 ~
毎日こういう生活だから、奥さんも娘さんも、お母さんも、こういう人だと自然に理解するようになっていく。
ついに、裏稼業に手を染めていた時代の経験を書いた『とられてたまるか』で作家デビューできたのが、40歳。その後、小説『きんぴか』シリーズ、『プリズンホテル』シリーズで人気となり、『鉄道員(ぽっぽや)』で直木賞を受賞した。ベストセラーになった『蒼弓の昴』の印税で家を新築し、住み慣れた家を出ることになった日のことである。
~ 努力目標で一日6時間、実質3時間という生活をずっと続けていると、当然畳はへこみます。畳がへこんでくると、机の高さが微妙に変わってきます。せり上がってきてしまうのです。そうなると書きづらくなり、四十肩でもあるので、疲れてくる。今度はわずかにお膳を移動します。お尻も半分移動すると、居心地がよくなる。それを何ヵ月かにいっぺんやっていくと、ちょうど壁に沿ってお膳の1メートルぐらい後ろの畳が、お尻の形にでこぼこになる。たくさんのお尻がそこに並ぶようになる。これには私も唖然とするばかりでしたが、家内はそうとう思うところがあったようで、畳のお尻の跡をなぜながら、いつまでも泣いていました。 ~