水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

残りの人生で、今日がいちばん若い日

2015年02月27日 | おすすめの本・CD

 

 ジャケ買いではなく、タイトル買いした。しかも盛田隆二作品で、帯に「心に傷をもつ中年男女の出会いと葛藤」的な惹句が書いてあったから、自分のために書いてくれたのか一瞬思う。
 このセリフ、使える機会がないかな。「残りの人生で一番若い今日という日に、君と出会えてよかった」とか。


 ~ 「はい。残りの人生で今日がいちばん若い日、って言葉なんですが」
「あ、そうか、なるほど。それは確かに言えてますね」
「ね? なるほどって思うでしょ。考えてみれば当たり前のことなんですけどね。ぼくにとっても、あなたにとっても、残りの人生で今日がいちばん若い日、なんです」
「ええ、ええ。私たちぐらいの歳になると、何か新しいことを始めようとしても、つい億劫になってしまうことが多いですよね。でも、そういうふうに考えれば、何か新しいことにチャレンジするにしても、いつだってけっして遅くないという気がしますね。とにかく今日がいちばん若い日なんですから」
「ですねー。ほい。ということで、二人の意見が一致したところで、次の曲に行きましょう」
 菜摘がラジオを消し、こちらを見た。
「ねえ、お父さん、いまの変だよねえ? 毎日どんどん大人になってくわけだから、今日がいちばん大人の日じゃないの?」
「いや、菜摘と違って、父さんはもうこれ以上大人にならないから、大人というか、毎日どんどん歳をとっていく」「そうそう。だよね? ということは、今日がいちばん年寄りの日じゃんね。さっきの話、変だよね。間違ってるよね」
「うーん、間違ってはいないんだけど、菜摘にはピンとこないだろうな」 (盛田隆二『残りの人生で、今日がいちばん若い日』祥伝社)~


 この部分を読むまで、「今日」を「一番大人の日」ととらえる感覚を忘れていた。
 なるほど。若い人ならそう感じるのか。
 ていうか、普通に考えればそのとおりだし、自分もそう思っていたから、タイトルにぐっときてしまったのだろう。
 
 小学四年生の菜摘は、両親が離婚し、母親が一人で実家に帰ったあと、父方の祖父母と暮らしている。
 都内の出版社に勤める父親は、平日は職場に近いマンションで暮らし、休みの日はなるべく娘のもとに顔を出そうとする。
 父親の柴田直太朗は、書店への販促活動で知り合った山内百惠に、娘が学校へ行きたがらないことを相談したりするうちに、二人は男女として意識しあうようになる。
 二人は実に慎重だ。自分の気持ちに対しても、相手に対しても。
 かりに20代の男女なら、一気に燃え上がるような恋に発展してもおかしくない設定だが、個人的にははがゆいくらい進んでいかない。
 それなりに仕事を任せられている中年であれば、若い時のように気軽に呑みにいく時間をつくるのは難しい。
 実際は、つくれるんだけど、そうもいかないなあとお互いに思いながら、アポをとるようにデートの時間をつくる感覚が実にリアルに思える。
 幼い頃に自分の父親の暴力を目にしてきた過去をもつ百惠と、娘を育てながら働く直太朗が、菜摘の気持ちを最優先に考えながら、ゆっくりとつながりを深めていく様子がしみじみと描かれる。


 百恵が声をかけると、菜摘は歩きながらポシェットから財布を取り出した。
「あの、子ども料金はいくらですか」
「菜摘ちゃんね、遊園地や映画館と違って、画廊で絵を見るのはタダなの」
「えっ、タダで見れるんですか」
「そうよ」
「お友だちだから、タダになるんじゃなくて?」
「そう、友だちでも、友だちじゃなくてもタダ」
 百恵はそう言って思わず菜摘の肩を抱き寄せた。菜摘はくすぐったそうに身をよじる。そんなことさえ新鮮に感じられ、胸がときめいた。それは不思議な感覚だった。もし自分が菜摘の母親なら、三十歳で出産したことになる。傍目にはごく普通の親子に見えるかもしれない。


 菜摘は、先日ラジオで耳にした「今日がいちばん若い日」問題について、百惠に尋ねる。
 お父さんの感覚はおかしい、と。


 百恵は腕組みをして、少し考えてから口を開いた。
「菜摘ちゃん、それはね、年齢によって受け取り方がまったく逆になるんじゃないかな」
「逆?」と菜摘はきょとんとした顔になった。
「つまりね、お父さんは自分の人生が残り少なくなってきたなーつて実感しているから、そう思うのよ。ああ、残りの人生で今日がいちばん若い日だなって。でも、菜摘ちゃんみたいに人生がまだ始まったばかりの人は、今日がいちばん大人の日なのよ。分かるかな?」
「分かるような、分からないような……」
「そっか、どうやって説明しようかな」と百恵は言い、菜摘の薪をじっと見つめた。
「お父さんと私は同じ三十九歳なの。人生を八十年とすると、来年は四十歳で、二人ともちょうど折り返し地点になる、マラソンみたいに。それは分かるわよね?」
「それは分かる」と菜摘は言った。
「折り返し地点をすぎると、体力的にもかなりきつくなるし、走るのもどんどん大変になるでしょ? そういう歳になると、これからの残りの人生を想像して、今日がいちばん若い日だって思うのよ」
「あ、そうか、分かった。でも、お父さんったら、やだなー。おじいさんみたいじゃんか」
 菜摘はそう言って直太朗に舌を出してみせ、百恵のほうを振り向いた。
「じゃ、山内さんも?」
「そうねえ、どっちかといえば、今日がいちばん大人の日かな。菜摘ちゃんといっしょ」
「ほらねー、お父さん」と菜摘は言いながらも、半分目が閉じかけている。
「うん、分かった。父さんももう寝るから、菜摘も寝なさい。明日は朝早く山内さんを車で駅まで送っていくから、早く寝ないと起きられないよ」
 直太朗はそう言って、菜摘をベッドに寝かせ、毛布を顎まで引き上げた。菜摘はかすかにうなずき、目を閉じた。そのまますぐに寝入ってしまいそうだったが、菜摘は父親と百恵のことがよほど気になるのだろう。ときおり薄目を開けて、こちらを観察しているのが分かった。


 福澤徹三、深見真、伊坂幸太郎 … 。最近は、外連味たっぷりの小説ばかり読んでたかもしれない。
 がっつり肉系とか、ヨコ飯系を食べ続けたあとに、焼き魚とおひたしとお味噌汁(豆腐と油揚とネギ)でごはんをいただいてほっとするような、そんな気持ちになる作品だった。

コメント (2)
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