学年だより「下克上受験(2)」
世の中はやり直しがきかない、塾に通わせて中学受験させたいという桜井さんに、奥さんは反対した。娘はちゃんと勉強する子だから、私たちと違って高校には普通にいけると。
ちがう、高校で終わりじゃない、大学を出て「エリート」になると、何かちがう世界が待っているようなんだと話す。娘には、彼女の「人生表」を書いて見せ、ここ数年がんばることで、全くちがった人生が開けてくると説明した。
ではどこの塾に通わせたらいいのか。夏休み中にいくつかの塾に足を運んでみたが、返ってきたのは、がんばれば「そこそこの」進学はできるという話ばかりである。人生を変えたい、流れを変えたいという思いに答えてくれる塾はない。香織さんが受けた入塾テストも悲惨な結果だった。
逆に、塾に通わずに親子でがんばってみるか?
~「香織……父さんの話をよく聞きなさい。 … 父さん、色々調べたんだ。
塾で習う問題集や参考書は全部手に入る。父さんも5年生からやるよ。やり直すよ。
佳織のためじゃない。実は父さんもやり直したいんだ。
父さんちょっと油断してた。佳織はよくできる子だから油断してた。
気が付くともうこんなに差がついていたなんて思わなかった。
でも謝らない。その代わり一緒に追いかけようぜ。
父さん自信満々だぜ。父さんもし勉強していたらさあ、頭よかったんじゃないかと思うんだ。
父さんと佳織の脳ミソは同じだろ。だったら可能性も同じだよ。
やってみるか佳織。こんな人生を目指してみるか?
やるなら2学期の最初からだ。9月1日からだ。
… もしやるなら、その日から佳織は楽しみがひとつだけになるんだ。
友達と遊びに行く。テレビを観る。お出かけする。いつまでも寝る。
これ全部なくなってひとつだけになるんだ。
1年5カ月後の世界を夢見ること、それだけが楽しみになるんだ。
もちろん父さんも同じだ。 … 日曜日もない。お休みなんてないよ。
どんなに辛くても頑張るっていうんじゃない。
わくわくどきどきした1年5カ月なんだ。」 ~
娘の香織さんが小学校5年生の夏のことである。
そして、どうせ目指すなら最高を目指そうと考えて目標にしたのは、桜蔭学園だった。
一学年が240名。うち60名~70名が東大に進学する。中学入試の偏差値は70~75。わかっているとは思うが、北辰の70とは全く性質が異なる。男子で言えば、麻布、開成に匹敵するだろう。小学校の低学年のうちから、日能研やSAPIXに通い続けて入学する子が大半だ。
受験のプロなら間違いなく「無謀」というこの目標に向かい、親子は取り組んでいく。