水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

森の入り口

2020年12月01日 | 学年だよりなど
  3学年だより「森の入り口」


 頑張ってるつもりだが、結果が出ない。思ったように成績が伸びない。もしかしたらこれが自分の限界なのかもしれない … 。
 そんな思いを抱いている人がいるなら、この言葉を贈りたい。
 「おめでとう!」 


~ 板鳥さんのつくる音が、ふっと脳裏を掠(かす)めた。初めて聴いたピアノの音。僕はそれを求めてここへきた。あれから少しも近づいてはいない。もしかしたら、これからもずっと近づくことはできないのかもしれない。初めて、怖いと思った。鬱蒼とした森へ足を踏み入れてしまった怖さだった。
「いったいどうしたら」
 僕が言いかけると、
「もしよかったら」
 板鳥さんがチューニングハンマーを差し出した。チューニングピンを締めたり緩めたりするときに使うハンマーだ。
「これ、使ってみませんか」
 差し出されたまま柄を握った。持ってみると、ずしりと重いのに手にひたっとなじんだ。
「お祝いです」                  (宮下奈都『羊と鋼の森』文春文庫) ~


 高校卒業後、専門学校でピアノの調律を学んだ外村は、楽器店に勤めながら調律の修行を続けている。はじめて大きな失敗をしたとき、あこがれの先輩である板鳥が声をかけてくれた。
 お祝い? 「僕(外村)」は訝る。自分の人生最悪の日とも感じていた今、どういうことだろう?
「ハンマー要りませんか?」と問われて、思わず「要ります!」と答えていた。
 失敗してやりきれなくて、深い森に迷い込んだ気分だった自分だが、決して調律をやめたいとか、絶望したというわけではない。
 自分の選んだ道だ、引き返すつもりはないと気づいた。
 使いやすいからどうぞとハンマーを差し出す板鳥さんに、「何のお祝いですか」と尋ねる。
「なんとなく、外村くんの顔を見ていたらね。きっとここから始まるんですよ。お祝いしてもいいでしょう」
 ここから始まる――。そうか、いま自分はやっとスタートラインに立てたということか。
 調律の技術は一通り身に付けたつもりでいた。
 しかし、自分のめざす音に近づけている気が全くしないもどかしさを抱いていた。
「いったいどうしたら」と思わず口にした瞬間、ここから始まると板鳥さんは教えてくれたのだ。
 努力しても結果が出ないとき、人は「壁」にぶつかったとそれを表現する。
 努力を積み重ねたからこそ、自分の持つ能力がどれほどのものかを知ることができる。
 そんな時、自分の力はこんなものだろうと、潔く「分をわきまえる」手もある。
 やっと、自分の本当に気づき、スタートラインに立てたと「奮い立つ」手もある。
 「ふつうの人はへとへとになってトレーニングが終わりだけど、ぼくらはそこがスタートなんですよ」と、その昔ジャイアント馬場も語っていた。
コメント
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