水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

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2022年03月17日 | 学年だよりなど
1学年だより「クリック(2)」


 朝の通勤。今日も渋滞に巻き込まれたと思いながらリモコンを押すと、会社に着いている。
 嫌いな上司のそばに行って一時停止を押す、鼻先で大きなおならをする、解除すると上司がむせて咳き込んでいる……、みたいないたずらもしてみる。
 こんな「万能リモコン」ほしいですか?
 万能なので、リモコンはどんどん「学習」していく。
 面倒な仕事も人間関係も、どんどん勝手に早送り、スキップしていく。
 気がつくと、子ども達が大きくなり、父親の言うことを聞かなくなっている。
 続いてあっという間に6年がスキップされる。「おれは、なんでこんなに太っているんだ!」
 家に帰ると、奥さんと他の男が住んでいる。「何があったんだ?」
 リモコンで人生を巻き戻して確認すると、大げんかのすえに離婚し、奥さんは娘の水泳コーチと再婚していた。
 さらに数十年後。出世して社長室にいる。すっかり一人前になった息子のベンが来る。
 「そういえば、おじいちゃんはどうしてる?」
 「何言ってるんだい、とっくに亡くなったじゃないか」
 「え? 記憶がない……」
 「そりゃそうだろ、父さん、忙しいって言ってお葬式にも来なかったんだから。」
 そんな馬鹿な。父が生きている場面まで巻き戻してみる……。
 役員室を尋ねてきた父親のテッド。
 「なあマイケル、みんなでキャンプに行かないか?」「だから、そんな時間はないって」
 「あの手品のタネを教えてやるよ」「そんなの昔から知ってたよ」
 父親に目もくれようとしないマイケルを見て、寂しそうに去って行く父親。
 これが父と交わした最後の言葉だった。
 なんてことだ……。さらに気がつくと数年後。心臓発作に倒れ、病院のベッドに寝ている。
 心配そうに付き添う元妻の姿が目に入る。
 「おれの人生って、なんだったんだ。何も心に残っていない……」
 こんな「万能リモコン」ほしいですか?
 たしかに、大変なこともあったけど、辛い記憶がまったくないし、社会的には成功している。
 客観的には、「恵まれた人生だったね」と他人は評するだろう。しかし当人はどうだろう。
 ちょっとしたSFコメディーのようで、いつのまにか人生の意味を考えさせられる作品だ。
 たぶん「結果」そのものは、それだけでは幸せを生み出さないのだ。
 どんなにすばらしい「結果」でも、それを手に入れる過程の記憶がなかったら、幸福感はない。
 かりにたいした結果は手に入れられなくても、がんばった自分の記憶は残る。
 支えてくれた家族との思い出も。友人とのいざこざさえ、ふりかえれば愛おしくなる。
 つらくても、面倒でも、スキップ・早送りしてしまったら、人生はもったいないのだ。
コメント
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