学年だより「下克上受験(3)」
9月1日から受験勉強スタート――。夏の間、さまざまな情報を収集して、必要な問題集や参考書をリストアップした。ジュンク堂に行き、片っ端から買い物かごに入れる。
中学受験サイトに書き込んだりしている過程で知り合った人から、大手塾のテキストを無料でもらえることにもなった。
~ スタートした日から受験まで一日も休まず勉強した。旅行どころか身内の冠婚葬祭も父娘で欠席するという常識のなさ。放課後から深夜まで毎日勉強した。一度もテレビを観ることがなく、公園にも一度も行かず、母親の買い物に一度もついて行かず、毎日毎日勉強した。
膨大な量の問題を父娘で一緒に解いた。いつもお父さんとずっと勉強している娘はファザコンと学校でからかわれ仲間外れになった。さらに子どもだけでなく家族も町内会から仲間外れになった。夜中にどうしても眠くなるとふたりでコンビニに出かける。目を覚ましに行くのだ。真夜中に親子で歩くその異様な姿を何度も見られ、小学生を毎晩夜中まで勉強させているそうだと噂になった。 (桜井信一『下克上受験 両親は中卒 それでも娘は最難関中学を目指した! 』講談社文庫) ~
塾にも行かずに、小五の秋スタートで桜蔭中学校を目指すというのは、受験のプロから見れば身の程知らずの目標であることはまちがいない。
しかし桜井さんはこうも思う。
サッカー選手になれるのはどれくらいの確率だろうか。ピアニストになれるのは。オリンピックでメダルをとるのは … 。どれも、挑戦する気にもならないくらい低い確率の目標だ。
それにくらべ難関中学校に入るのは、毎年数百人。その学校に通学可能な範囲に住む同学年だけが相手だ。本当は現実的な目標なのではないかと。
同時に、別種の不安もよぎる。早い時期から塾に通いながら、大卒の親が面倒を見ながら、それでも入試で結果が出ない子がいることも事実なのだ。その原因は何か。
考えても答えの出ない問いに時間を費やすわけにはいかない。
一緒に勉強する、俺が教えると言ってしまった以上、やるしかない。
娘が寝た後に、翌日のテキストを解く。答え合わせをする、解法を理解する。「そっか、足す前にかけ算だった!」というレベルからのスタートだから時間はいくらあっても足りない。睡魔との闘いになる。当然酒やたばこには一切手を付けず、友人との飲み会もいかなくなる。
「おまえ達と一年半は遊べないぞ」と連絡したとき、友人の一人は何かで服役することになったのだろうと理解していたという。
『下克上受験』がフィクションならば、最後に「合格!」という大逆転シーンが描かれただろう。
実際、ひょっとしたら手が届くのではないかと思えるぐらいに成績は伸びていった。
はじめて桜蔭の過去問を見たとき、設問の意味さえわからなかったのは、つい一年ほど前の話だ。
入試当日、満足そうな顔で会場を出てきた香織さん。そして慣れないスーツ姿で保護者面接を終えた桜井さん自身には、かすかな期待があった。
結果は不合格だった。