書評、その他
Future Watch 書評、その他
メロンのまるかじり 東海林さだお
まるかじりシリーズを読むのは本当に久しぶりだ。ある時まで、このシリーズは単行本が刊行されるとすぐに読んでいたのだが、いつしかあまり読まなくなってしまった。さすがにやや飽きてきたのと、著者の言い回しのなかに、周りを気遣うような注釈が多くなってしまったことに対する不満のようなものが多くなってきた気がしたのが大きな原因だった。周りへの気遣いに苛立つという、私自身の受け止め方自体、少しひねくれている感じがするが、これは作者の気遣いが強まったというよりも、世の中からタブーが減ってきたとか、ずけずけものを言う文章が多くなってきたということで、読み手側の心構えが変わってしまったということに原因があるのだと思う。そのことも、自分自身判っていた。今またこのシリーズを読んでみると、今度はそうした気遣いに対する苛立ちが、減っているのに気づいた。世の中、たここ数年か10年くらいの間に、タブーのようなものがまた増えているのかもしれないし、世の中の文章にそうした気遣いのための注釈が増えているのかもしれない。一貫している著者のスタンスから、こうした世の中の変化がわかるような気がするのは驚くべきことだし、内容とはまったく別のことを考えさせられるこうした読書体験はかなり貴重なもののように思われる。(「メロンのまるかじり」 東海林さだお、文春文庫)
平台がおまちかね 大崎梢
中堅出版社の営業マンを主人公とする「職業もの」ミステリー。主人公が日常の仕事のなかで見つけた小さな謎を解明し、それと同時に職業マンとして少し成長していくというお決まりの展開で、安心して読める1冊だ。どんな職業でも、ふと引っかかる謎にでくわすことがあり、その謎の解明に拘り、謎を解き明かすことで、自分の仕事をより深く理解する、そんな普遍的な成長の過程を描いている。謎の大きさは、大きすぎると「日常の謎」というところから掛け離れてしまうし、あまり小さくても興味そのものがなくなってしまう。本屋さんで言えば、「本屋さんの店頭で殺人」では大きすぎ、「売れ行き不振」では小さすぎる。「本屋さん廃業の危機」くらいがちょうど良い感じだが、そのあたりをこの作者は良く心得ているようで、さすがだなと思った。(「平台がおまちかね」 大崎梢、創元推理文庫)
文化のための追及権 小川明子
聞きなれない「追及権」という言葉に惹きつけられて読むことにした。最初の3章までが一般的な「著作権」に関する解説で、第4章からが、その著作権を進化させたような内容の「追及権」に関する解説になっている。著者の問題意識は、小説家や作曲家に比べて画家に対する権利の保護が不十分なのではないかという素朴な疑問から始まっている。言われてみれば、長期間印税などの収入の可能性がある小説家に比べて、画家はいったん売却してしまうとその後、その作品がどのように評価が高まっても画家に見返りがもたらされることがない。言われてみれば確かに不公平な気もする。本書では、そうした不公平を是正するための「追及権」に関する世界各国の最前線の動きなどが判り易く解説されていて、大変参考になる。(「文化のための追及権」 小川明子、集英社文庫)
変見自在~スーチー女史は善人か 高山正之
仕事の関係でミャンマーについて考えることが多くなってきたこともあり、刺激的な題名に惹かれて読んでみた。私の知るミャンマーの人は皆、温和で温かく、礼儀正しい人ばかりである。そうした個人的印象と欧米の経済制裁を受けている強硬な非民主国家というマスコミのイメージとが、どうしても一致しないことに常に疑問を感じていた。本書を読むと、今までの一般的な報道とは180度異なり、今のミャンマーという国が「植民地時代の負の遺産を誰のせいにもしないで愚直に精算しようとしている温和な国民の国家」という側面があることが説得力をもって伝わってくる。スーチー女史に、本書が語るような悪意があるかどうかは別として、何故ミャンマーという国家が女史を警戒しなければならないのかは、本書の言うとおりだろう。本書の物言いはかなり刺激的だし、本書の内容をどの程度自分の考え方や行動スタンスに反映させるかはかなり個人差や好みがあるだろうが、例えば本書に示されたような中国や官僚に対する厳しい目などは、一般的なものの見方とは別の見方があるうという大切な事実を思い起こさせてくれると同時に、世界情勢や社会情勢を深く理解する上で、どうしても必要なもののように思われる。(「変見自在~スーチー女史は善人か」 高山正之、新潮文庫)
謎解きはディナーの後で2 東川篤哉
本屋さんで買うのが恥ずかしいくらいの大ベストセラーの続編。前作を読んでから本作を読むまでに既刊の著者の本を10冊くらい読んだので、本書の作者にとっての位置づけが良く分かったような気がする。まず本シリーズは、他の作品比べて、ユーモアの度合いが強い。他の作品では、登場人物は至って真面目、心の中で茶化す程度のドタバタが多いが、本シリーズは登場人物の設定、存在そのものがパロディのようになっている。その一方で、ミステリー部分の方も、短編にするのは惜しいくらいのアイデアを盛り込む。こうした両者の濃い味付けを短編で楽しむというのが本シリーズの基本的なスタンスだろう。著者の作品の中では、短編集はこれが3冊目だが、こうした軽い短編を読んでしまうと、読者としてはなかなか長編には戻りにくいような気がする。読み手としてはそれはそれで良いのかもしれないが、書く方はアイデアを出すのがさぞかし大変だろうなと思う。質の高い面白い短編集、読者としては1年に1冊2冊読めれば御の字というところだ。(「謎解きはディナーの後で2」 東川篤哉、小学館)
万能鑑定士Qの事件簿Ⅵ 松岡圭祐
本シリーズの6作目だが、本書は、不可解な謎とその解明という点では、これまでのうちで、最も面白かったような気がする。最後の最後まで犯罪者の意図すら判らず、本当に納得のいく答えが用意されているのかと思ったりしたが、解明されてみると、なるほどと感心してしまった。主人公の鑑定による薀蓄話という観点では、本作は「小ネタ集」という感じで、そろそろ冴えわたる鑑定眼というところに止まっていては飽きられる段階にきている。読者を飽きさせない作者の次の手がどんなものかが楽しみだ。(「万能鑑定士Qの事件簿Ⅵ」 松岡圭祐、角川文庫)
傍聞き 長岡弘樹
多くの作家や書評家が絶賛している新人作家の短編集。読んでみると、短編ミステリーの面白さはこういうものだったなぁと思い出させてくれるような粒ぞろいの作品だ。本書に収められた4編は全て、登場人物の不可解な行動や悪意によるものと思われていたものの裏に実は意外な事実が隠されていたという作品だが、大げさに言えば、そこにはある種の人間関係とか信頼関係によってものの見方がこうも変わるのかという発見がある。本書の書評に、「ミステリーとしてだけではなく人情話としても優れている」というものがあったが、その通りで、ミステリー仕立てにすることで、べたべたの人情話にしていない、そのあたりのバランスが実に巧妙に書かれている。同じ作者の同じような短編集がすでにもう1冊あるようで、すぐにも読みたいと思った。(「傍聞き」 長岡弘樹、双葉文庫)
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