西山事件を振り返る。1974年時点で、42歳の女性職員と41歳の新聞記者、二人とも配偶者がいた不倫であった。世の中の酸いも甘いも知った大人の男女関係と、普通は思える。
当時は、何故、男の側の“そそのかし”が成立したのか?
当時のかすかな記憶の中では、公務員という職業柄からまじめ一方の女性という感じがした。男は新聞記者だから海千山千という感じで、特ダネのためなら手段を選ばずといったイメージがマスコミ紙上に在ったような気がする。
地裁では女性は懲役6か月で、記者は無罪であった。女性は控訴しなかった。高裁では、検察側の主張する国家公務員法のそそのかし条項が認められ、記者は懲役4か月となった。
最高裁は弁論をせず、上告棄却となった。最高裁は、女性の人格の尊厳を著しく蹂躙した。そして、被告の取材方法は社会観念上是認できず、正当な取材活動の範囲を逸脱している、と述べた。
40歳を超えた女性が関係をもった男にそそのかされて、それを断れない程、純粋に男の事を想っていたということなのだろうか。一方、男は情報のために女を利用した不純な人物であった。そういう人間の感情の機微や心根のことを最高裁は認定し、根拠にしているということになる。
ということは、情報の入手手段・方法が社会観念上是認できないものであるなら、その情報自体の信憑性も失われるのであろうか?結果としては、そうなってしまったのであるが。
人生いろいろ、ランドセルもいろいろ。