「とてもご誠実でご立派で心から尊敬申し上げ信頼申し上げられるという所に
魅力をお感じいたしました」
ミチコの婚約記者会見は両親が両脇についての単独会見だった。
晴れがましい記者会見の筈なのに、両親はどちらも目を伏せ、なるべく目立たないように
務めていた。
真ん中のミチコは白雪姫のような裾が広がった素晴らしいドレスを着て、手袋をしていた。
まるでアメリカの映画から抜け出たような・・・なんとこの人は洋装が似合うのだろうか。
テレビの前に釘付けになった女性達はみな憧れの目線を向けた。
ミチコはあまり笑わなかった。少しでも生意気だと思われたら大変とばかり、ひたすら真面目
な顔つきで「これからの事は何事においても殿下にご相談申し上げ・・・」と答えるのが
精一杯。
結婚する女性のうきうきした風情は微塵もなかったけれど、その代わり、すでに妃としての
気品や立ち居振る舞いが備わっていた。
そんなソツのなさが、またも旧皇族、旧華族らの反感を買い、記者会見後早速雑誌に
「ミチコさんの手袋は短すぎるわ。普通、ああいうドレスを着た時は肩まである長い
手袋するものよ。そんな常識もわからないなんて。これだから下々の方は」
と・・・そんな記事が載ったのだった。
無論、ショウダ家にも手袋の件に関しては匿名の電話が入り、母はすっかり参っていた。
実は手袋に関長いものがないか日本中のデパートに問い合わせをしていた。
でもなくて、宮内庁に問い合わせたときに「手袋の長さは問題なし」と言われて
いたのである。
それにも関らずこのような中傷を受けるとは。
でも、それは始まりにすぎなかった。
「言葉の使い方が・・・やっぱりお育ちがねえ」
「歩き方が・・・身のこなしが」と重箱の隅をつつくようなことばかり。
宮内庁はOKを出しているのに次から次へと。
さらに服装に関しては問題があった。
それは通常の「結納」にあたる「納采の儀」に着る衣装だ。
なにせこれまで皇族に嫁ぐのは華族か皇族だけだったので、その際の装束は
十二単だった。
しかし、ショウダ家にそんなものがある筈がなく・・・しかも戦後のこの時期に
十分なものがあるわけもなく、苦肉の策で出したのが「振袖」だった。
それだって庶民から見たら目が飛び出る程高級な代物だったけれど、それで
許されるはずもなく。
納采の儀の後、ミチコは初めて皇居に招かれたが両親は招かれなかった。
天皇・皇后がショウダ夫妻と公で会う事はない。まだそんな時代だったのだ。
ミチコは度重なる偏見や嫌がらせにじっと耐え続けた。
お妃教育が始まると口を真一文字に結んで母と共に皇居に通った。
勉学はそもそも得意だったし、学ぶ事は大好きだ。
自分に出来る事は今はそれしかない。ミチコはどこまでも真面目に取り組む。
「そうはいってもなあ」
イリエはこの結婚を取り持った張本人であるコイズミシンゾウを目の前にして
愚痴をこぼす。
「真面目すぎるんやわ。ミチコさんは」
「真面目な事はいい事ではありませんか」
「いやいや、少しバカにならへんと嫌われてしまう。ミチコさんは勝気で完ぺき主義
や。それも筋金入り。まあ、そんな性格でもあらへんと平民の身分で皇太子様と
結婚しようとは思えへんけどな」
「ふーん。眉目秀麗とは彼女の為にある言葉ですな」
「なんせ皇室いう所は魑魅魍魎の住む所や。出る杭は打たれるの
言葉通り。問題なのは出すぎても引っ込みすぎても悪口を言われるのや。だから
多少はバカになって「うちはあほやさかい、教えてやーー」くらいの気持ちでないと
あかんのや。でもミチコさんは「どこがどういけないのでしょう」とまあ、怖い顔で
尋ねるのや。悪い所なんかあらへん。でもそのない所がいけないとも言えず」
「やはり皇后陛下はあまり・・・」
「ミチコさんとはろくに口をきかへんのや。それをまたミチコさんは生真面目に悩んで
なあ・・・この間のお勉強の時は終わった途端に脳貧血で倒れてしもて。
まあ、慌てたのなんのって。やっと目をさましたと思ったら出て来た言葉が
「皇后様は私が平民の出である以外に、どこがおきに召さないのか」と。
答えようがあらへんわ。そうやろ?」
「どこまでも正攻法なんですな。しかし、その真面目さを皇太子殿下は気に
いられたわけで。またそれくらい真面目でないと皇太子妃は務まりますまい」
「でもなあ・・皇后様は深く考えるお方やあらへん。あの人の言葉の半分はその場
限りや。だから気にしてもしょうがないのや。誰でも完璧に気に入られるなんて
あらへんのやから。それに皇后様が今一番怒ってること、なにかおわかりに?」
「いや、全然」
「馬の数や」
「馬の数?」
「そうや。パレードに使う儀装馬車が6頭だてなのが気に入らないと。キク君や
セツ君を呼んで愚痴をこぼされたらしいわ。ご自分の時は4頭だてやったと」
「いやあ・・・そんな事を言われても」
「そうやろ?そんなことに真面目に返事なんかできへんやろ?そりゃあ聞き流すしか
ないのや。だけどミチコさんは・・・」
まだ24歳の娘にとって皇室とはあまりにも理解の範疇を超えた世界だった。
マスコミに追い掛け回され、国民の期待を背負って、でも皇室に受け入れてもらえず、
そのギャップにミチコは悩み、結婚式が近づくに連れて不安が増すのだった。