目下、最終回を目前に控える「鎌倉殿の13人」から目を離せません。
正直、源氏の話は次々殺されていく話ばかりなのでどうかな~~見たいかな~~見たくないかな~~と思っていたんだけど、見始めると止まりません。
クラシックが流れる背景で和物っていうのが、大河にしては斬新だと思いますし、キャラ一つが立ってる、どんな時にも箸休めを欠かさない三谷脚本のおかげで、悲劇の連続にも関わらず視聴し続けているという感じです。
うちの二若君などは「きついなあ」といいつつ見ています。
源頼家が死ぬあたりから、殺人の連鎖ですものね~~
いい人だった北条義時もすっかり嫌な奴になっているし。
人間歳をとるとこうなるのかな~~と思ってみたり。
退場したけど宮沢りえのりく殿はいつまでたっても美しく、衣装がよくお似合いで「さすがっ!」と思いました。
無論、時政殿もよくぞキャスティングしてくれた!という方で、「クロサギ」にまでご登場。
そうそう後鳥羽上皇に松也はいいとして、そのそばにシルビア・グラブがいるのにはびっくりしちゃった。
そして何より驚いたのは実朝にまさかの柿澤勇人君がキャスティングされた事です。
言わずとしれたミュージカル俳優ですが、今まで色々見て来たけど、今回は彼の上に神が舞い降りたんじゃないか?というくらいの当たり役。
一番は、この装束が似合うかどうかという話なんです。
小栗旬や山本耕史などはきっちり似合ってるけど、中にはどうしても似合わない人もいるしね。
それと、実朝の穏やかな性格、雅な感じがカッキーに非常に似合っているという事、さらに「女性を愛せない」というカミングアウト。
これやった時代劇は初めてじゃない?
普通は、おえっとくるところ、カッキーだと「だよね~~」となるし、鎌倉殿の奥様もそれでも好きって言ってくれてるし。このコンビは貴重だと思っています。
「鎌倉殿の13人」と銘打ってはいるけど、どんどん人が減ってしまう現実。
これは本当に源氏の悲劇だと思っています。
常にクールガイな山本耕史の三浦さん、肉体美を惜しげなく見せる市原隼人、いいわ~~いいわ~~の毎週。
けれど、ここでちょっと疑問が。
言わずとしれた実朝暗殺をする「公暁」です。
彼は
この人が演じています。
上総介の息子・・つまり佐藤浩市の息子です。
顔はお父さんによく似ているんだけど、私的にはちょっと苦手かな。
小さい頃の善哉は可愛いのに、僧侶になると
こうです。
いやーー僧侶といったら全成さんの人気には到底及ばないでしょう。
とはいえ、私が疑問に思ったのは「公暁」の読み方なんです。
中学の時からずっと「くぎょう」で習って来た筈なんです。
「公暁(くぎょう)」で。
「草燃える」でも「くぎょう」と呼ばれていました。
それが今回「こうぎょう」になっているんです。
はっきりいって、彼の事は「頼家の側室の子」というイメージしかない。
常にラスト近くに登場して、突如実朝暗殺、その場で殺されてしまう人物だから。
今までこの人について深く考えた事なんてなかったんです。
だけど、よくよく考えると、なぜ彼は実朝を殺したのか?
誰に「あいつはお前の敵だ」と教え込んだのかというのがありますよね。
このラストにはいつも、「源氏は身内同士で疑心暗鬼になって殺し合う、不幸過ぎる家系」というイメージの決定版みたいなところであり、
これで源氏直系はすたれてしまう。
負けたとはいえ平家はあちこちで生き延びている。
それを思えば、どちらが幸せだったのだろうか・・・などと考えてしまいます。
で、読み方ですね。
どうも江戸時代の前の古書によると「くぎょう」になっていたり「こうぎょう」になっていたりするらしいです。
でも長い間「くぎょう」と読ませてきたのには理由がある筈です。
今回のドラマ以降、「公暁」は「こうぎょう」と呼ばれる事になるのかもしれません。
でも、これはいわゆる「平清盛」でいうところの「朝廷」を「王家」と呼ぶような間違った事ではないらしいのでよかったです。
三谷さんが「こうぎょう」と呼ばせるにあたっては色々深いわけがあったのでしょうしね。
ただ、読み方として「くぎょう」の方がかっこいいなと思うだけで。
漢字だけ見ると縁起悪そうですが。
ともあれ、ラストまで頑張って見ますよ。
個人的に~新選組は〇 真田丸は〇??
今回の鎌倉殿・・日本史の中で
余り人気が有るとは言えない鎌倉時代を扱ってて
新解釈?も色々入ってますよね。
私が疑問なのは~政子は自分の血縁である公暁よりも
本当に高貴な養子を取りたかったのか?です。
まあ三谷新解釈と思って見てますが・・
ふぶきさん、私も公暁=くぎょうと思い込んでるくちですが
何かで 彼の師匠が公=こうと名乗っていたから
彼も公暁=こうぎょうなんじゃないか? と読みました。
真実は分かりません。┐(´∀`)┌
全然違う話だけど、宝塚の「永久物語」の時に青葉の笛を聞いて、懐かしいな(笑)どこで私は聞いたんだろう。敦盛は中学2年の時に国語の教科書でやりましたから青葉の笛はそれよりは大人になって聞いているんだと思います。
沢山の戦で沢山の命を奪いそれでも現代の日本があると思うと感慨ひとしお。
こんばんは。
コメント2回目の存在感のない読者ですが毎日心待ちにさせていただいています。
「鎌倉殿の13人」、おっしゃるように1人1人の人物造形が巧みで、ドラマとして成熟していますね。私も楽しみに観ています。
さて「公暁」ですが、「鎌倉殿」の時代考証を担当されている坂井孝一先生の説に三谷さんが従われたのかと思います。
「公暁」、幼名善哉は、頼家の「室」(『吾妻鏡』)辻殿(清和源氏賀茂重長の娘・ドラマではつつじ)の所生で、法名は初め頼暁、のち園城寺で修行、明王院僧正公胤から「公」の字を賜り公暁となったとされます。
スザンナさまのご記憶の通りです。
坂井先生によれば園城寺では法名を漢音で読む慣例があり、公胤・その師公顕とも「こういん」「こうけん」と呼ばれていたことから、「公暁」も「こうきょう」または「こうぎょう」と読むべきではないか、と推測されています。
このように関連する人物名から読みを推測することはよくあることで、護良親王もかつては「もりながしんのう」が優勢でしたね。
長い間「くぎょう」と呼ばれてきたのは、仏教用語は漢音より呉音で読むのが普通だからではないでしょうか。「くぎょう」のほうが語呂がいいと私も思いますが。
学問的に確定したわけではないですが、細川重男先生なども採用されています。
なお「平清盛」での「王家」は、律令国家が緩み中世国家への移行期を王朝国家と呼ぶことからきたものと思われ、間違いとは言えませんが、「王朝文学」とは違って少々違和感ありましたね。
我が家も子供達含めてみんなでハマってます。
鎌倉殿、面白いですよねー!役者さん達の素晴らしいところを毎回存分に堪能出来て、飽きさせない&目が離せない三谷脚本、今回はなかなか凄い大河だなと。
そしていよいよ、雪が。あんなに優しくチャーミングな実朝が。先が恐い。でもやっぱりかぶりついて見てしまいます。