ご日程
両陛下
12月16日・・・天皇陛下 → 賢所御神楽の儀奉仕団に会釈
通常業務
両陛下 → 響き合う名宝ー曜変琳派の輝き鑑賞
12月18日・・・天皇陛下 → 黒田清子祭主から挨拶を受ける
12月19日・・・天皇陛下 → 信任状奉呈式
セネガル大統領と会見
両陛下 → 宮内庁新規採用職員に会う
財務大臣表彰の国税庁税務職員及び総務大臣表彰の地方公共団体税務職員に会う
12月20日・・・天皇陛下 → 通常業務
皇嗣家
12月16日・・・両殿下 → 御寺泉湧寺霊明殿参拝
「令和4年度泉湧寺を護る会定期総会」出席
12月21日・・・殿下 → 山階鳥類研究所会議出席
宮内庁新規採用職員に会う
12月22日・・・両殿下 → 福岡県訪問
・福岡アジア文化賞受賞者と懇談
・福岡アジア文化賞授賞式
また同日シリーズと言われているのが、御神楽の勤労奉仕団に会わなかった皇后が、鑑賞公務には行っていること。でも彼女にすれば当然の事。「私には関係ない」と思っているから。
「適応障害」というのは「・・・すべき」「しなければならない」という感情に縛られる事によってストレスを感じる事なんだそうですが、確かに皇室においては「すべき」「しなければ」が沢山あります。
しかしながら。
皇室に入ると言う事は、それを受け入れる事だったんじゃないですか?
「適応障害」の認知療法では、「そこまでしなくてもいい」といういい加減さをある程度身に着ける事が推奨されているそうですが、だからといって「したくない事は全部キャンセルしていい」という事ではないと思うんです。
「回りにどう思われているか」が非常に気になる適応障害と呼ばれますが、本当に皇后がそう思っているならもっと真面目に公務をしていた筈です。
小さい頃から「男並みに優秀であれ」と育てられた雅子さん(小和田恒ってそういう人)
しかし、彼女は父親にとって決して理想の娘ではなかった。
その事が雅子さんにはコンプレックスであり、甘えでもあった。
父親はメンツを大事にする人だからコネを使おうが、金を使おうがとにかく娘の表面を整える事だけに奔走。
結果的に何でも父親便りで父親の呪縛から逃れられない娘が誕生し、そのストレスレが夫への支配的な態度に繋がっていると思うのです。
愛子内親王の誕生も決して小和田的には許されるものではなく、むしろ失望と絶望だった筈。
ゆえに、皇位継承権もないのに「天皇にする」とせっせと頑張っているわけですよね。
つまり、小和田恒という人も、プライドばかり高くて実力が伴わない「やっかいな男」だったのだろうと思います。
皇后は一ヶ月でも3ヶ月でも小和田邸に戻るべきではないですか?
どうせいても税金の無駄だし。今更天皇も「雅子がいないと」とは思ってないでしょうしね。
上皇陛下89歳に
12月23日、上皇陛下は89歳の誕生日を迎えました。
お元気ですね。 |
100歳も夢ではないですわ。上皇后の眉毛がすっかりどくどくな形になってますけど。
心豊かな老後とはいえない、殺伐として寂しそうに感じるのは何でですかね。
天皇皇后が訪問したそうですが、本当なの?って感じです。いつも同じようなドレスに帽子だし。
まだまだ皇太子気分なんですね。
ただ挨拶に行って帰ってきただけ。愛子内親王も行ってないし。
即位以来の新年参賀に御揃いで拝見できますね。
英国を訪問してから雅子様は上げ調子。かなり変わりました。紀子様の下げ記事が減っただけでも良かったと思います。悠仁殿下の成人もあと少し。もう不毛な記事は見たくないですね。それにしても、女性皇族について、早く国の方針を決めなければという話が全然すすみませんが大丈夫でしょうか。
「愛子天皇待望論」などと思いつくこと自体、太陽が西から昇るような発想で本当におかしいです。