玉川上水に親しむ会で学習していると、頂いた資料等の中に度々出てくる「上水記」
今回、会員の方から案内チラシを頂き、10月の例会時には羽村市郷土博物館にも置いてあった案内チラシ。
上水記の実物を是非見てみたいと、あれこれ所用が有る中、最終日の午前中に行ってきました。
JR中央線・総武線の御茶ノ水駅か水道橋駅が最寄り駅。
私たちは中央線お茶の水駅で下車。
ひじり橋を渡ります。
お茶の水駅は工事中。
神田川を渡って、東京医科歯科大学付属病院、順天堂医院や順天堂大学など高層ビルが林立する裏通りに、
東京都水道歴史館があります。
上水記展は撮影禁止なので撮れませんでした。
「上水記」は、玉川上水開削から138年後の寛政3年(1791)、徳川幕府普請奉行上水方道方・石野遠江守宏道(いしの とおとうみのかみ ひろみち)によって
作られた江戸上水の幕府公式記録です。
天明8年(1788)に起稿し、3年がかりで3部作成されました。
青色の表紙に和綴じで10巻の構成となっており、1部は時の将軍・11代家斉公に献上(国立公文書館内閣文庫蔵、欠本あり)
もう1部は老中松平定信に進呈(所在不明)、
残りの1部は上水方役所の保存用。
明治維新により、玉川上水の管理は、明治政府、東京府に移管され、上水方の「上水記」は東京府土木課から水道局に引き継がれ、
現在、東京都水道歴史館に保管されています。
全巻が残されているのはこの1部のみです。
10巻の内容として、神田上水及び玉川上水の概要から始まり、
羽村取水堰付近の原色図、取水口沿岸の村々の持場・分水口・橋梁等の絵図、四谷大木戸までの水路の説明入り絵図、
江戸内の排水状況絵図、神田上水などの説明、玉川上水建設に貢献した玉川兄弟や他の上水の説明、
水量調整に関する記述、水課金徴収や水番人に関する記述など。
特に羽村取水堰付近の大画面の絵図(縦135.5cm×横514cm)は見ごたえがありました。
玉川兄弟のことも書かれていました。
カラーで細かく書かれている樋線図も鮮明に残っているのは凄いことだと思いました。
見終わって、記念品を頂き、1階の展示コーナーへ
巨大な展示物。
羽村から村山・山口貯水池への導水管がこんなに大きいものだとは知りませんでした~
大きさ比較の為、おっと登場~
ここだけを見て急いで帰宅~午後は記念の一泊旅行へ~ (何の記念かな~?後日アップします)