4月1日に大きな手術をして3か月近くになる。体調体力もかなり回復し、少し余裕も出てきて当時の日記を読み返したりする。
入院生活は厳しく、痛く、辛いものだった。そして医療スタッフの親切で優しい対応が救いであった。看護婦さんが天使に見えるというのは本当のことだ。今となって、病気を抜きにして、また病室に戻りたいと思えてくる。不思議なことだが。
医師から、術後4日目くらいに、幻想、幻覚があるかもしれないといわれていた。
それはあった。幻覚はかなりはっきりしたものだった。そのうちの一つは・・・・。
病室の壁は漆喰壁でできており僅かに凹凸がある。それを見ていると凹凸でできた模様が動き出し人間の姿に変わり、群衆はざわざわと動き出すのだ。ちょうど、ルノアールの「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」の絵のように見える。そのうち、紙風船が現れる。紙の灯篭のようなものも出てくる。僕は、そこで、自分の意識がはっきりしていることを確認し凝視する。絵は鮮明なままだ。それでは、と、その紙風船をつかもうとする。すると、さっときえてしまった。背景の群衆はそのままざわめいている。
・・・・これは幻覚なのだと思いそれを楽しんでいた。それ以外にも普通では体験できない幻想、幻覚があったが、入院生活のなかでのスパイスであり、懐かしいとさえ思う。
2022年6月25日 岩下賢治