松戸市の松戸と岩瀬の間の相模台公園内にある陸軍境界標柱
昔ここは、松戸工兵学校の敷地であった。
ゆきたんくの趣味の1つに戦争遺跡の探訪がある。
戦争遺跡というのは、戦争に使われた施設の遺構のことだ。
最初の写真は旧日本陸軍の境界標柱と言って、陸軍用地とその他を分ける境界に立つ柱である。みなさんのお住まいの町でも、〇〇市と刻印されたコンクリート製の標柱が地面に埋まっているのを見たことがお有りだろう。
松戸市松戸、太平という飲み屋の横にある標柱
上の写真は、ゆきたんくが松戸市の住人になる前、松戸駅東口に用があって降り立った時、「何で、こんなところに邪魔なやつがあるのかなぁ」と乗っていたやつである。「陸」の文字が見えているが、その時は全然気づかなかった。
松戸市立第一中学校正門前の坂の途中の標柱
ゆきたんくの息子が一中生だった時、用事でこの標柱の横を通った。
なんでこんな邪魔な柱を立てておくのかと立腹した思い出がある。
今は、戦争遺跡を探求する仲間ができて、時間の都合の良い時などは、合同調査をすることもあるゆきたんくである。
一番の仲間は横浜在住の方だが、その方が戦争遺跡のサイトを作るに当たって一番最初に調査したのが、ゆきたんくの地元である松戸工兵学校だったことが縁で親しくなったのであった。
その後、たくさんの標柱を確認したり、自分で新規を見つけたりしたが、「幸たんく」の製作に時間がかかり、戦争遺跡サイト「勲侘記由」の更新をしていない。
記憶から消える前に、ブログで紹介しておくのも良いだろうと思い、今回のようなタイトルをつけてみた。
松戸市胡録台の境界標柱が私有地にあり、地主にお断りして取材させていただいたことがあった。その方に、陸軍の鉄道第二連隊の軌道敷が、江戸川沿いの低地にある松戸県立矢切高等学校まで伸びていたという情報を元に探したものである。
矢切高近くの畑に2本立っていた標柱は、戦争遺跡サイトを作っている方がもう載せておられた。それ以外に見つけたものを紹介して、今日は筆を置く。
下の2枚の写真の中に標柱が1本ずつあるが、これは対で位置している。わかりやすくいうと、家庭にある駐車場の両脇に狛犬のように位置しているのだ。
場所は個人の自宅の敷地なので紹介はしない。松戸市矢切まで明かす。
はっきりと「陸」の字が見える
こちらは「陸軍」の2文字が見える。