遊爺雑記帳

ブログを始めてはや○年。三日坊主にしては長続きしています。平和で美しい日本が滅びることがないことを願ってやみません。

「北戴河会議」 共青団派が復権か

2016-10-06 23:58:58 | 中国 全般
 先の「北戴河会議」の内容情報が少なく、しかも最近は途絶えていましたが、久々に出てきました。習主席の内政・外交政策が各方面からの批判にさらされ、習氏の勢いがかなり削がれたのではないかと、石平氏が指摘しておられます。
 その査証が、李克強首相の外交活動。習近平が独り占めで成果をアピールしていたが、就任以来初のニューヨーク訪問と国連総会出席・演説。
 

「外交復権」した李首相 (10/6 産経 【石平のChina Watch】)

 先月21日、中国の李克強首相は国連総会で演説
を行い、その前日にはオバマ米大統領との会談をこなした。中国首相には普通の外交活動のように見えるが、李首相自身にとって、それは記念すべき出来事となったのではないか。
 
2013年3月に首相に就任して以来、彼が国連の会議に出席したのもアメリカの土を踏んだのも、それが初めて
だからである。中国の首相として最重要の外交相手国、アメリカを公式に訪問したことは一度もない。今回も国連総会出席のためにニューヨークを訪れただけである。
 一方の習近平国家主席はすでに2回にわたって訪米した。2015年9月の訪米は国賓としての訪問であり、その時は国連総会でも大演説をぶった。国家主席と首相との格差があるとはいえ、
李首相の外交活動はかなり制限されていた
ことが分かる。

 実は
習主席は就任以来、首脳外交を自分の「専権事項」にして、国際舞台で「大国の強い指導者」を演じてみせることで自らの権威上昇を図った。権力闘争の中で共産主義青年団派(団派)の現役リーダーである李首相とは対立し、本来なら首相の活躍分野である経済と外交の両方において李氏の権限と活動をできるだけ抑え付けようとした

 その結果、今年の上半期、習主席自身は7カ国を訪問して核安全保障サミットや上海協力機構などの重要国際会議に出席したが、同じ時期、李首相は何と、一度も外国を訪問できなかった。

 
状況が大きく変わったのは、今年9月
に入ってからである。同7日から、李首相はラオスを訪れ、中国・東南アジア諸国連合(ASEAN)(10+1)首脳会議、東アジアサミットなどの一連の国際会議に出席した。
 その中で
李首相は、合従連衡の外交術を駆使し、中国のアキレス腱(けん)である「南シナ海問題」が焦点として浮上するのを封じ込めるのに成功
した。
 その直後から、中国国内では、新華社通信と中国政府の公式サイトを中心にして、
李首相の「外交成果」に対する絶賛の声が上がってきた
。「李首相は東アジアサミットをリード、中国は重大勝利を獲得」「首相外遊全回顧、外交的合従連衡の勝利」など、李首相の帰国を英雄の凱旋(がいせん)として迎えるかのような賛美一色の論調となった。
 今まで、外交上の「成果」や「勝利」が賛美されるのは習主席だけの「特権」となっていたが、今夏までの数年間、
首相としての外交活動すら自由にならなかった李氏がこのような待遇を受けるとはまさに隔世の感
がある。

 その間に
一体何が起きたのか。1つの可能性として推測されるのは、今年8月に開かれた恒例の「北戴河会議」において、習主席の内政・外交政策が各方面からの批判にさらされ、習氏の勢いがかなり削(そ)がれた
ことではないか。
 だからこそ、9月になると、
習主席の腹心である天津市の黄興国党委員会書記代理が突如失脚させられ、同じ時期に李首相の外交的活躍がクローズアップされた。そして9月21日から人民日報は、李首相の後ろ盾である共産党元総書記、胡錦濤氏の「文選」の刊行を記念して、胡氏を褒めたたえる文章を連続3日間、1面で掲載
した。
 つまり、
李首相の「外交復権」の背後には、今まで習主席との権力闘争においてやや劣勢に立たされた共産主義青年団派の勢力が、例の「北戴河会議」をへて再び勢いを巻き返してきた
ことがあったのではないか。

 そうなると、来年開催予定の第19回党大会に向け、次期最高指導部の人事をめぐる権力闘争はますます激しさを増してくるだろう。この「最後の決戦」の行く末によって、中国の政治と外交の方向性は大きく変わっていくに違いない。


 オバマ大統領との会談で、太平洋を2分して統治する「G2論」を説き続けた習近平ですが、南シナ海の人口島建設問題で、オバマ大統領は軍の出動を抑え、会談で習近平を説得しようとしましたが、習近平の強行姿勢に遭い、「航行の自由作戦」始動を決断しました。
 更に、フイリピンが提訴した仲裁裁判所の裁定では、裁判参加を拒否し続け、「九段線」を否定されるという、大失政。国内経済は大失速・低迷。
 腐敗政治撲滅の名目で続けた、政敵追放で、毛沢東並の独裁政権基盤構築を目指した習近平ですが、その反発が強まっているのも事実。
 「北戴河会議」で攻撃され、勢力を弱める可能性は、十分に予測されたのですが、その情報は聞こえてきませんでしたが、ようやく出てきました。
 
 胡錦濤が勢力を削がれ、一時消息を絶っていた習近平が息を吹き返したのも、政権交代を控えた「北戴河会議」。尖閣諸島の国有化を断行した民主党(当時)の野田首相(当時)に、暫く留まる様要請しながらも決行された失政がきっかけとなりました。
 中国の尖閣強硬策は習近平が主導 - 遊爺雑記帳

 李克強首相は、カナダも訪問し、AIIBへのカナダ参画の絆強化も果たしました。
 
李克強総理、カナダのトルドー首相と会談_新華網日本語

 来年開催される第19回党大会に向けた、チャイナ7の椅子取り競争。激しい攻防が進んでいる様ですね。


 # 冒頭の画像は、国連で演説した李克強首相




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