ウクライナのゼレンスキー大統領が、今年の秋に“第二次反攻作戦”を本格化するのでは、との憶測が軍事・国際ジャーナリストの間で流れている。
同国内外の政治事情が背景にあるようで、国内的にはゼレンスキー氏自身の支持率低下が挙げられる。ウクライナのシンクタンク「ラズムコフ・センター」の調査では、今年6月の支持率はついに6割を切り、開戦直後の9割以上と比較すると大幅に落ち込んでいる。
国外的には、次期大統領選挙を控えた最大の援助国・アメリカが、候補者をめぐりドタバタを繰り返している点も、非常に悩ましいだろう。
7月21日(現地時間)、万事休すとばかりにバイデン米大統領が選挙戦からの撤退を表明した。
7月13日のトランプ氏暗殺未遂事件を機に共和党陣営はさらに勢いづき、今や「ほぼトラ」(ほぼトランプ氏で決まり)や「確トラ」(トランプ氏で確定)と報じるメディアも多い。
「ウクライナ援助は即時中止し、24時間以内に戦争を終わらせる」が口癖のトランプ氏の返り咲きは、ゼレンスキー氏にとっては“悪夢”だろう。
ウクライナ、ロシア両国の状況を比較しても「第二次反攻作戦」を仕掛けるにはいいタイミングと言えると、フリージャーナリストの深川孝行氏。
ウクライナは、依然として兵員不足に苦しむが、悲願の米製F-16戦闘機の第1陣が、今年7月にオランダとノルウェーから届く模様で、反攻作戦に不可欠な戦闘機・攻撃機による航空支援(エアカバー)も可能になると、深川氏。
一方、ロシア侵略軍の勢いは徐々に弱まっているようで、ゼレンスキー氏には好機と映っているだろうとも。
ロシアは突撃一本鎗の戦法がたたってか、戦車、装甲車、軍用トラックなどの損失は総計2万台に達した模様で、大砲も1.5万門を喪失。「戦車の在庫は無尽蔵」と豪語したロシアも、軍用車両不足で四苦八苦の状態だ。
弾薬不足も深刻で、プーチン大統領は今年6月に北朝鮮と軍事条約(ロ朝間の包括かつ戦略的なパートナーシップに関する条約)を慌てて締結。「低品質でもないよりまし」とばかりに、北朝鮮製弾薬の安定供給を同国の最高権力者、金正恩総書記に念押ししたほどだと、深川氏。
ロシア情勢に詳しい国際ジャーナリストは、「今後ウクライナはドローンによる長距離攻撃のターゲットを、電力・物流インフラへとシフトする可能性が高い」と強調する。
実際、ウクライナは昨年末ごろからドローンを使った長距離精密攻撃を本格化。
今年1月には前線から約900km北にあるロシア第二の都市、サンクトペテルブルクの石油積み出し港と石油精製施設を攻撃し、炎上させている。ここはロシア海軍バルチック艦隊の本拠地で、しかもプーチン氏の故郷でもあるため、強固な防空体制が敷かれているはずだが、やすやすと空襲を許しているのだそうです。
最長射程距離「1800km」のドローンには重要な意味が込められていると、深川氏。
前線を基点に半径1800kmの弧を描くと、面積約396万平方kmを誇るヨーロッパロシアの大部分が円内に収まってしまう。この部分はまさにロシアの心臓部で、人口約1億4400万人(2022年、世界銀行統計)の8割弱がここに暮らす。工業、商業、金融、物流などもこの地域に集中し、同国の発電所の多くもこの一帯に分布する。
今後ターゲットの中心として考えられるのは、「火力・水力発電所」「運河」「橋梁」の3点で、長距離無人機攻撃第二波と言っていいだろう。
すでに本格化している防空基地や石油関連施設への攻撃は、いわばロシア軍の戦力低下に直結するものなのに対し、“第二波”は、ロシアの経済と軍の兵站(へいたん/後方支援)にダメージを与える。侵略戦争の遂行能力をじわじわと削ぐとともに、ロシア国民にモノ不足やサービス低下など、戦争による悪影響を実感させて厭戦(えんせん)気分を助長するのが狙いである。
プーチン氏は侵略戦争開始以来、「核兵器」を事あるごとにちらつかせ、ウクライナや欧米をけん制する。
そこでゼレンスキー氏は、プーチンが核攻撃の凶行に出た場合の報復手段として、無人機による原発攻撃を真剣に考えているのではないかとの説がある。
ゼレンスキー氏がアメリカを心の底から信用しているとは思えない。そもそも「ブダペスト覚書」があるにもかかわらず、アメリカはロシアの侵略を全力で阻止しなかったからだ。
しかも、アメリカは侵略戦争勃発後も、M1戦車やF-16、地対地ミサイル(ATACMS)などのウクライナへの供与に逡巡し、挙げ句の果てには数カ月間軍事援助もストップした。
仮に「もしトラ」が現実のものになれば、さらに状況は厳しくなるのは明らかで、ゼレンスキー氏が「結局は大国間の駆け引きに使われる“捨て駒”にされかねない」と、危機感を抱いていてもおかしくはないだろうと、深川氏。
そこでゼレンスキー氏は“隠し球”として、長距離無人機でロシアの原発に波状攻撃を仕掛け、放射能汚染で報復するのではないかという憶測も流れている。いわゆる「もう1つの核兵器」であると。
長距離無人機が頼りにするGPS装置も、ジャミング(妨害電波)やスプーフィング(偽のGPS情報で混乱させる技術)などで不能となり、無人機がコースを外れたり、戦闘機やSAM、機関砲などで撃墜されたりする可能性も高い。
だが、これまでの戦闘でNATOやウクライナは、ロシアのジャミング、スプーフィング両技術をかなり研究し、すでにさまざまな対抗策を編み出している。
ウクライナの無人機による長距離攻撃が、新たな段階に入りつつあるのは間違いなさそうだと、深川氏。
ウクライナ側がロシアの原発を実際に攻撃するかはさておいて、その手段を所有していることは、これまでのロシア側の一方的な核の脅しへの抑止力となるでしょう。
実は、戦争を起こさなかった稀有な大統領のトランプ氏。ディールで事前に抑止したのでしたね。
プーチン vs トランプ。フーチン & 習近平 vs トランプ & NATO & G7 ではどのような展開になるのでしょう?
# 冒頭の画像は、ゼレンスキー大統領とバイデン大統領
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月刊Hanada2024年2月号 - 花田紀凱, 月刊Hanada編集部 - Google ブックス
同国内外の政治事情が背景にあるようで、国内的にはゼレンスキー氏自身の支持率低下が挙げられる。ウクライナのシンクタンク「ラズムコフ・センター」の調査では、今年6月の支持率はついに6割を切り、開戦直後の9割以上と比較すると大幅に落ち込んでいる。
国外的には、次期大統領選挙を控えた最大の援助国・アメリカが、候補者をめぐりドタバタを繰り返している点も、非常に悩ましいだろう。
7月21日(現地時間)、万事休すとばかりにバイデン米大統領が選挙戦からの撤退を表明した。
7月13日のトランプ氏暗殺未遂事件を機に共和党陣営はさらに勢いづき、今や「ほぼトラ」(ほぼトランプ氏で決まり)や「確トラ」(トランプ氏で確定)と報じるメディアも多い。
「ウクライナ援助は即時中止し、24時間以内に戦争を終わらせる」が口癖のトランプ氏の返り咲きは、ゼレンスキー氏にとっては“悪夢”だろう。
ウクライナ、ロシア両国の状況を比較しても「第二次反攻作戦」を仕掛けるにはいいタイミングと言えると、フリージャーナリストの深川孝行氏。
“ほぼトラ”を視野に反攻作戦をうかがうウクライナ、プーチンの核の恫喝に対抗する無人機攻撃「次のターゲット」 ウクライナが開発するドローンは、ロシアの重要施設も標的内に収めた | JBpress (ジェイビープレス) 2024.7.24(水) 深川 孝行
ウクライナが「第二次反攻作戦」を仕掛けるタイミング
ウクライナのゼレンスキー大統領が、今年の秋に“第二次反攻作戦”を本格化するのでは、との憶測が軍事・国際ジャーナリストの間で流れている。
同国内外の政治事情が背景にあるようで、国内的にはゼレンスキー氏自身の支持率低下が挙げられる。ウクライナのシンクタンク「ラズムコフ・センター」の調査では、今年6月の支持率はついに6割を切り、開戦直後の9割以上と比較すると大幅に落ち込んでいる。
国外的には、次期大統領選挙を控えた最大の援助国・アメリカが、候補者をめぐりドタバタを繰り返している点も、非常に悩ましいだろう。
今年11月3日(現地時間)の大統領選まで約3カ月に迫り、再選に意欲的ながら“老害”を理由に「バイデン降ろし」の大合唱が民主党内部からも噴出。ついに7月21日(現地時間)、万事休すとばかりにバイデン米大統領が選挙戦からの撤退を表明した。民主党の後任候補はハリス副大統領が有力視されるが、党内では意見が分かれている最中で依然予断を許さない。
これに対し、ライバルのトランプ前大統領(米共和党)は好調で、以前から「もしトラ」(もしトランプ氏が大統領に返り咲いたら)が囁かれていたが、7月13日のトランプ氏暗殺未遂事件を機に共和党陣営はさらに勢いづき、今や「ほぼトラ」(ほぼトランプ氏で決まり)や「確トラ」(トランプ氏で確定)と報じるメディアも多い。
「ウクライナ援助は即時中止し、24時間以内に戦争を終わらせる」が口癖のトランプ氏の返り咲きは、ゼレンスキー氏にとっては“悪夢”だろう。
そこで、「もしトラ」を念頭に、今のうちに第二次攻勢に打って出て既成事実をつくってしまえば、仮に「第二次トランプ政権」が誕生したとしても、侵略された祖国の領土奪還を行っているウクライナ軍に対し、「俺が大統領になったのだから、すぐ銃を降ろせ!」とは、さすがのトランプ氏も言えないだろう──。そんな「読み」をゼレンスキー氏が巡らせてもおかしくはないだろう。
ウクライナ、ロシア両国の状況を比較しても「第二次反攻作戦」を仕掛けるにはいいタイミングと言える。昨年秋にアメリカの軍事援助がストップし、一時ウクライナ軍は弾切れ寸前に陥ったが、幸いにも今年春に援助が再開し、息を吹き返した。
依然として兵員不足に苦しむが、悲願の米製F-16戦闘機の第1陣が、今年7月にオランダとノルウェーから届く模様で、反攻作戦に不可欠な戦闘機・攻撃機による航空支援(エアカバー)も可能になる。
ロシアは軍用車両不足で四苦八苦の状態
一方、ロシア侵略軍の勢いは徐々に弱まっているようで、ゼレンスキー氏には好機と映っているだろう。
実際、侵略軍の攻勢は昨年と比べて全般的に低調である。東部ドネツク州の要衝チャシブヤールで攻勢を続けるが、相変わらず無茶なゴリ押しを続け、小さな集落の攻略に対して、将兵の損失を省みない人海戦術で挑み、数カ月間で数万人もの死傷者を出すありさまだ。
他の戦線では目立った動きもなく、むしろ陣地を固めて塹壕に立てこもっている状況である。
突撃一本鎗の戦法がたたってか、戦車、装甲車、軍用トラックなどの損失は総計2万台に達した模様で、大砲も1.5万門を喪失。「戦車の在庫は無尽蔵」と豪語したロシアも、軍用車両不足で四苦八苦の状態だ。
弾薬不足も深刻で、プーチン大統領は今年6月に北朝鮮と軍事条約(ロ朝間の包括かつ戦略的なパートナーシップに関する条約)を慌てて締結。「低品質でもないよりまし」とばかりに、北朝鮮製弾薬の安定供給を同国の最高権力者、金正恩総書記に念押ししたほどだ。
これらを踏まえつつ、ウクライナは「第二次攻勢」に先立って“露払い”として長距離攻撃を大々的に行うのではないかとの観測もある。すでにエアカバーを担うF-16を守るため、ロシア軍のS-300/S-400長距離地対空ミサイル(SAM)の陣地やレーダー施設をミサイルやドローンで撃破し始めている。
ウクライナが本格化させている「無人機を使った長距離攻撃」
ロシア情勢に詳しい国際ジャーナリストは、「今後ウクライナはドローンによる長距離攻撃のターゲットを、電力・物流インフラへとシフトする可能性が高い」と強調する。
実際、ウクライナは昨年末ごろからドローンを使った長距離精密攻撃を本格化。今年1月には前線から約900km北にあるロシア第二の都市、サンクトペテルブルクの石油積み出し港と石油精製施設を攻撃し、炎上させている。ここはロシア海軍バルチック艦隊の本拠地で、しかもプーチン氏の故郷でもあるため、強固な防空体制が敷かれているはずだが、やすやすと空襲を許している。
しかもドローンは前線よりさらに内陸部の奥から発射された模様で、実際の飛距離は1000km超と推測される。リーチの長さと正確さ、小型かつあまりの“鈍足”(巡航速度は150km/h前後)によるレーダーでの捕捉の困難さに、プーチン氏やロシア軍上層部は度肝を抜かれたに違いない。
使用したドローンは、市販されているスポーツ競技用の国産小型プロペラ機がベースとなっている。操縦席や胴体外に数百kgの爆薬を収め、遠隔/自動操縦用の各種装置をつけ、飛距離アップのため燃料タンクを拡大するなど改造している。いわば、低コストで量産も楽な“長距離精密誘導弾”と言える。見た目は全くの小型プロペラ機なので、ドローンよりはむしろ「無人機」と言ったほうがイメージしやすいだろう。
<中略>
最長射程距離「1800km」に込められた重要な意味
実はこの「1800km」という数字自体に重要な意味が込められているとの指摘もあり、ロシア側にプレッシャーをかけるため、ウクライナが意図的にメディアに流したのではないか、とも見られている。
「1800km」は、前線からウラル山脈までの距離とほぼ同じで、モスクワから1300~1500kmの場所にある。南北に連なってロシアを東西に隔てており、西がヨーロッパロシア、東がシベリアという具合だ。
同山脈は「宝の山」とも呼ばれ、石炭、鉄鉱石、ニッケルなど地下資源が豊富で、有力な油田・ガス田も控える。これを背景にロシア最大級のウラル工業地帯が形成され、鉄鋼、機械、石油化学など基幹産業が強い。つまり、ロシア経済はもちろん、侵略軍が消費する武器・弾薬の生産の“屋台骨”を、ウクライナが射程に収めたことを意味する。
加えて、前線を基点に半径1800kmの弧を描くと、面積約396万平方kmを誇るヨーロッパロシアの大部分が円内に収まってしまう。この部分はまさにロシアの心臓部で、人口約1億4400万人(2022年、世界銀行統計)の8割弱がここに暮らす。工業、商業、金融、物流などもこの地域に集中し、同国の発電所の多くもこの一帯に分布する。
ヨーロッパロシアの広さは日本の10倍以上で、ここにある産業施設や発電所、輸送インフラなどを、SAMや戦闘機で完璧に防御するのは不可能だ。逆に無人機で攻撃する側のウクライナにとっては、「無数のターゲットを選びたい放題」の状態で、広大さがかえってあだとなり、ロシアは「こちらを守れば、あちらが叩かれる」という“モグラ叩き”の状況に苦しめられそうだ。
今後ターゲットの中心として考えられるのは、「火力・水力発電所」「運河」「橋梁」の3点で、長距離無人機攻撃第二波と言っていいだろう。
すでに本格化している防空基地や石油関連施設への攻撃は、いわばロシア軍の戦力低下に直結するものなのに対し、“第二波”は、ロシアの経済と軍の兵站(へいたん/後方支援)にダメージを与える。侵略戦争の遂行能力をじわじわと削ぐとともに、ロシア国民にモノ不足やサービス低下など、戦争による悪影響を実感させて厭戦(えんせん)気分を助長するのが狙いである。
次のターゲットは「発電所」「運河」「橋梁」
では、ウクライナの攻撃対象となり得る3カ所はどこが考えられるのか。まず「発電所」だが、現在ロシアはウクライナの電力インフラへの攻撃を執拗に行い、経済活動や市民生活を破壊しており、これに対する報復の意味が込められたものでもある。
【火力発電所】
火力発電所は消費地の近くに建設されるのが普通で、ロシアの場合も、人口が集中するヨーロッパロシアに多く存在する。大規模なもの(カッコ内は前線からの距離)としては、ベルゴロド(約40km)、タガンログ(約140km)、オリョール(約160km)、クルスク(約100km)、ヴォロネジ(約200km)などがあるが、これらはウクライナ国境に近いことから、すでにウクライナ軍の砲火にさらされていると見ていい。
国境から400km超の遠距離にある主な火力発電所としては、クラスノダール(約400km)、カリーニングラード(約400km、ポーランドとリトアニアに挟まれるロシアの飛び地)、モスクワ(約460km)、カリーニン(約630km)、ペンザ(約650km)、ヤロスラヴリ(約700km)、ニジニ・ノヴゴロド(約800km)、カザン(約1000km)、サマラ(約1000km)、ウファ(約1300km)、エカテリンブルク(約1670km)などが挙げられる。
【水力発電所】
ヨーロッパロシアには、膨大な河川の水量を活用した水力発電所も多く、ヴォルガ(約520km、ヴォルゴグラード付近)、リビンスク(約720km、ヤロスラヴリ州)、チェボクサル(約930km、チュヴァシ共和国)、ザガムスカヤ(890km、サマラ付近)、カムスカヤ(約1500km、ペルミ付近)などが代表的だ。
この他、電力インフラ関連として、変電所や送電線などもウクライナ側は積極的に攻撃対象として選ぶだろう。
次に「運河」は、大陸国家・ロシアにとって、主要輸送手段である内陸水運のインフラとして重視する。無数の河川や湖沼が水路で結ばれ、特にヨーロッパロシアでは網の目のように発達している。
中でもヴォルガ川とドン川は、バルト海と黒海を連絡する「バルト・黒海水路」(全長約1500km)の背骨のような存在だ。石炭、鉄鉱石、石油製品、木材、穀物などの輸送に重宝されており、同水路が不通となれば、ロシアはかなりのダメージを被るだろう。特に高低差をクリアするための閘門(こうもん)がいくつも存在するため、破壊されれば長期にわたり水路は使用不能に陥る。
「橋梁」に関しては、とりわけ前出のバルト・黒海水路に架かる橋梁に注目だ。同水路はヨーロッパロシアをほぼ縦断し、国内屈指のウラル工業地帯と、首都モスクワを中心とした「ロシアの心臓部」を隔てる。
そして同水路には鉄道用約30本、道路用約60本(うち数本は鉄道・道路併用橋)が架かっている。有名なシベリア鉄道の鉄橋もその1つだが、シベリアやウラルとヨーロッパロシアを鉄道・道路で連絡するには、必ずこの水路の橋を渡らなければならず、物流の「ボトルネック」とも言える。
しかも全長約1500kmの水路に、橋梁はわずか100本弱しか存在せず、仮に無人機で橋梁が破壊された場合、隣の橋梁までかなりの道のりを迂回しなければならない。
ゼレンスキー大統領が心の底からアメリカを信用していない理由
プーチン氏は侵略戦争開始以来、「核兵器」を事あるごとにちらつかせ、ウクライナや欧米をけん制する。2022年4月のロシア議会の演説では、「必要ならば、他国が持たない手段を用いる」と強調し、核兵器使用を暗示した。
これを皮切りに、同年12月には「核戦争の脅威が高まっている。核兵器は防衛のためだ」と発言。2024年に入ると、5月に同盟国のベラルーシが参加する形で戦術核兵器の部隊演習を開始。翌6月には西側メディアとの会見で、「欧米はなぜロシアが核兵器を使わないと考えているのか。主権と領土の保全が脅かされれば、あらゆる手段を使うことが可能だ」と半ば恫喝した。
そこでゼレンスキー氏は、プーチンが核攻撃の凶行に出た場合の報復手段として、無人機による原発攻撃を真剣に考えているのではないかとの説がある。
ゼレンスキー氏がアメリカを心の底から信用しているとは思えない。そもそも「ブダペスト覚書」があるにもかかわらず、アメリカはロシアの侵略を全力で阻止しなかったからだ。
「ブダペスト覚書」とは、冷戦終結で旧ソ連が保有していた核兵器をロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4カ国が“相続”し、核不拡散の原則に従って、米ロ英の3カ国がロシア以外の3カ国の安全を保障する代わりに、3カ国の核兵器をロシアに移転するというもの。
しかも、アメリカは侵略戦争勃発後も、M1戦車やF-16、地対地ミサイル(ATACMS)などのウクライナへの供与に逡巡し、挙げ句の果てには数カ月間軍事援助もストップした。
仮に「もしトラ」が現実のものになれば、さらに状況は厳しくなるのは明らかで、ゼレンスキー氏が「結局は大国間の駆け引きに使われる“捨て駒”にされかねない」と、危機感を抱いていてもおかしくはないだろう。
もしウクライナが核兵器を手放さなければ、ロシアは侵略を躊躇したはずという見方が多いが、万が一プーチン氏がウクライナに対して限定的な核攻撃を行っても、米英仏のNATOの核保有国が直ちにロシアに核報復攻撃を行うとは考えにくい。そのまま「第三次世界大戦」へとエスカレートし、人類滅亡となりかねないからだ。
ウクライナの「核報復」は原発への無人機攻撃か?
そこでゼレンスキー氏は“隠し球”として、長距離無人機でロシアの原発に波状攻撃を仕掛け、放射能汚染で報復するのではないかという憶測も流れている。いわゆる「もう1つの核兵器」である。
前線から1800km以内には、クルスク(前線から北東約60km)、スモレンスク(同北約200km)、ノヴォヴォロネジ(同北約160km)、ロストフ(同東約360km)、カリーニン(同北約630km)、レニングラード(同北約870km)、バラコヴォ(同西約750km)といった原発が散在する。
ただし、クルスクとノヴォヴォロネジは自国のウクライナに、またレニングラード原発があるサンクトペテルブルクは、NATO加盟国のフィンランドやエストニアにそれぞれ近く、放射能汚染が及ぶ恐れが強いため除外するだろう。
可能性として高いのがカリーニン原発で、モスクワとサンクトペテルブルクの中間(前者の北西約280km、後者の南東約360km)にあり、放射能汚染による被害が甚大になることが予想される。換言すればプーチン氏に対し、それだけ抑止力が働くことを意味する。
だが、カリーニン原発は前線から約680kmも離れており、時速150kmの無人機では到達までに4時間以上もかかるため、発見されて撃墜される可能性も高い。このため、前線から比較的近いスモレンスク、ロストフ両原発にも並行して無人機を向かわせる戦法をとる方が軍事的合理性にかなうだろう。
何とも物騒な話だが、もちろんこれはあくまでも可能性の話で、本当にゼレンスキー氏が「長距離無人機による原発攻撃」を忍ばせているかどうかは分からない。
また原発の原子炉は分厚いコンクリートで防護され、「大型旅客機の直撃にも耐えられる」とも言われるだけに、数百kgの爆薬を積んだ無人機の激突で、放射性物質が漏れ出すほどのダメージを与えられるか疑問ではある。
さらに長距離無人機が頼りにするGPS装置も、ジャミング(妨害電波)やスプーフィング(偽のGPS情報で混乱させる技術)などで不能となり、無人機がコースを外れたり、戦闘機やSAM、機関砲などで撃墜されたりする可能性も高い。
だが、これまでの戦闘でNATOやウクライナは、ロシアのジャミング、スプーフィング両技術をかなり研究し、すでにさまざまな対抗策を編み出している。原発の堅牢さについても、無人機1機なら無理でも、数十機、数百機単位で波状攻撃を畳みかけたらタダでは済まず、SAMや戦闘機も対処しきれないはずだ。軍事用語で言う「飽和攻撃」である。
ウクライナの無人機による長距離攻撃が、新たな段階に入りつつあるのは間違いなさそうだ。
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【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。
ウクライナが「第二次反攻作戦」を仕掛けるタイミング
ウクライナのゼレンスキー大統領が、今年の秋に“第二次反攻作戦”を本格化するのでは、との憶測が軍事・国際ジャーナリストの間で流れている。
同国内外の政治事情が背景にあるようで、国内的にはゼレンスキー氏自身の支持率低下が挙げられる。ウクライナのシンクタンク「ラズムコフ・センター」の調査では、今年6月の支持率はついに6割を切り、開戦直後の9割以上と比較すると大幅に落ち込んでいる。
国外的には、次期大統領選挙を控えた最大の援助国・アメリカが、候補者をめぐりドタバタを繰り返している点も、非常に悩ましいだろう。
今年11月3日(現地時間)の大統領選まで約3カ月に迫り、再選に意欲的ながら“老害”を理由に「バイデン降ろし」の大合唱が民主党内部からも噴出。ついに7月21日(現地時間)、万事休すとばかりにバイデン米大統領が選挙戦からの撤退を表明した。民主党の後任候補はハリス副大統領が有力視されるが、党内では意見が分かれている最中で依然予断を許さない。
これに対し、ライバルのトランプ前大統領(米共和党)は好調で、以前から「もしトラ」(もしトランプ氏が大統領に返り咲いたら)が囁かれていたが、7月13日のトランプ氏暗殺未遂事件を機に共和党陣営はさらに勢いづき、今や「ほぼトラ」(ほぼトランプ氏で決まり)や「確トラ」(トランプ氏で確定)と報じるメディアも多い。
「ウクライナ援助は即時中止し、24時間以内に戦争を終わらせる」が口癖のトランプ氏の返り咲きは、ゼレンスキー氏にとっては“悪夢”だろう。
そこで、「もしトラ」を念頭に、今のうちに第二次攻勢に打って出て既成事実をつくってしまえば、仮に「第二次トランプ政権」が誕生したとしても、侵略された祖国の領土奪還を行っているウクライナ軍に対し、「俺が大統領になったのだから、すぐ銃を降ろせ!」とは、さすがのトランプ氏も言えないだろう──。そんな「読み」をゼレンスキー氏が巡らせてもおかしくはないだろう。
ウクライナ、ロシア両国の状況を比較しても「第二次反攻作戦」を仕掛けるにはいいタイミングと言える。昨年秋にアメリカの軍事援助がストップし、一時ウクライナ軍は弾切れ寸前に陥ったが、幸いにも今年春に援助が再開し、息を吹き返した。
依然として兵員不足に苦しむが、悲願の米製F-16戦闘機の第1陣が、今年7月にオランダとノルウェーから届く模様で、反攻作戦に不可欠な戦闘機・攻撃機による航空支援(エアカバー)も可能になる。
ロシアは軍用車両不足で四苦八苦の状態
一方、ロシア侵略軍の勢いは徐々に弱まっているようで、ゼレンスキー氏には好機と映っているだろう。
実際、侵略軍の攻勢は昨年と比べて全般的に低調である。東部ドネツク州の要衝チャシブヤールで攻勢を続けるが、相変わらず無茶なゴリ押しを続け、小さな集落の攻略に対して、将兵の損失を省みない人海戦術で挑み、数カ月間で数万人もの死傷者を出すありさまだ。
他の戦線では目立った動きもなく、むしろ陣地を固めて塹壕に立てこもっている状況である。
突撃一本鎗の戦法がたたってか、戦車、装甲車、軍用トラックなどの損失は総計2万台に達した模様で、大砲も1.5万門を喪失。「戦車の在庫は無尽蔵」と豪語したロシアも、軍用車両不足で四苦八苦の状態だ。
弾薬不足も深刻で、プーチン大統領は今年6月に北朝鮮と軍事条約(ロ朝間の包括かつ戦略的なパートナーシップに関する条約)を慌てて締結。「低品質でもないよりまし」とばかりに、北朝鮮製弾薬の安定供給を同国の最高権力者、金正恩総書記に念押ししたほどだ。
これらを踏まえつつ、ウクライナは「第二次攻勢」に先立って“露払い”として長距離攻撃を大々的に行うのではないかとの観測もある。すでにエアカバーを担うF-16を守るため、ロシア軍のS-300/S-400長距離地対空ミサイル(SAM)の陣地やレーダー施設をミサイルやドローンで撃破し始めている。
ウクライナが本格化させている「無人機を使った長距離攻撃」
ロシア情勢に詳しい国際ジャーナリストは、「今後ウクライナはドローンによる長距離攻撃のターゲットを、電力・物流インフラへとシフトする可能性が高い」と強調する。
実際、ウクライナは昨年末ごろからドローンを使った長距離精密攻撃を本格化。今年1月には前線から約900km北にあるロシア第二の都市、サンクトペテルブルクの石油積み出し港と石油精製施設を攻撃し、炎上させている。ここはロシア海軍バルチック艦隊の本拠地で、しかもプーチン氏の故郷でもあるため、強固な防空体制が敷かれているはずだが、やすやすと空襲を許している。
しかもドローンは前線よりさらに内陸部の奥から発射された模様で、実際の飛距離は1000km超と推測される。リーチの長さと正確さ、小型かつあまりの“鈍足”(巡航速度は150km/h前後)によるレーダーでの捕捉の困難さに、プーチン氏やロシア軍上層部は度肝を抜かれたに違いない。
使用したドローンは、市販されているスポーツ競技用の国産小型プロペラ機がベースとなっている。操縦席や胴体外に数百kgの爆薬を収め、遠隔/自動操縦用の各種装置をつけ、飛距離アップのため燃料タンクを拡大するなど改造している。いわば、低コストで量産も楽な“長距離精密誘導弾”と言える。見た目は全くの小型プロペラ機なので、ドローンよりはむしろ「無人機」と言ったほうがイメージしやすいだろう。
<中略>
最長射程距離「1800km」に込められた重要な意味
実はこの「1800km」という数字自体に重要な意味が込められているとの指摘もあり、ロシア側にプレッシャーをかけるため、ウクライナが意図的にメディアに流したのではないか、とも見られている。
「1800km」は、前線からウラル山脈までの距離とほぼ同じで、モスクワから1300~1500kmの場所にある。南北に連なってロシアを東西に隔てており、西がヨーロッパロシア、東がシベリアという具合だ。
同山脈は「宝の山」とも呼ばれ、石炭、鉄鉱石、ニッケルなど地下資源が豊富で、有力な油田・ガス田も控える。これを背景にロシア最大級のウラル工業地帯が形成され、鉄鋼、機械、石油化学など基幹産業が強い。つまり、ロシア経済はもちろん、侵略軍が消費する武器・弾薬の生産の“屋台骨”を、ウクライナが射程に収めたことを意味する。
加えて、前線を基点に半径1800kmの弧を描くと、面積約396万平方kmを誇るヨーロッパロシアの大部分が円内に収まってしまう。この部分はまさにロシアの心臓部で、人口約1億4400万人(2022年、世界銀行統計)の8割弱がここに暮らす。工業、商業、金融、物流などもこの地域に集中し、同国の発電所の多くもこの一帯に分布する。
ヨーロッパロシアの広さは日本の10倍以上で、ここにある産業施設や発電所、輸送インフラなどを、SAMや戦闘機で完璧に防御するのは不可能だ。逆に無人機で攻撃する側のウクライナにとっては、「無数のターゲットを選びたい放題」の状態で、広大さがかえってあだとなり、ロシアは「こちらを守れば、あちらが叩かれる」という“モグラ叩き”の状況に苦しめられそうだ。
今後ターゲットの中心として考えられるのは、「火力・水力発電所」「運河」「橋梁」の3点で、長距離無人機攻撃第二波と言っていいだろう。
すでに本格化している防空基地や石油関連施設への攻撃は、いわばロシア軍の戦力低下に直結するものなのに対し、“第二波”は、ロシアの経済と軍の兵站(へいたん/後方支援)にダメージを与える。侵略戦争の遂行能力をじわじわと削ぐとともに、ロシア国民にモノ不足やサービス低下など、戦争による悪影響を実感させて厭戦(えんせん)気分を助長するのが狙いである。
次のターゲットは「発電所」「運河」「橋梁」
では、ウクライナの攻撃対象となり得る3カ所はどこが考えられるのか。まず「発電所」だが、現在ロシアはウクライナの電力インフラへの攻撃を執拗に行い、経済活動や市民生活を破壊しており、これに対する報復の意味が込められたものでもある。
【火力発電所】
火力発電所は消費地の近くに建設されるのが普通で、ロシアの場合も、人口が集中するヨーロッパロシアに多く存在する。大規模なもの(カッコ内は前線からの距離)としては、ベルゴロド(約40km)、タガンログ(約140km)、オリョール(約160km)、クルスク(約100km)、ヴォロネジ(約200km)などがあるが、これらはウクライナ国境に近いことから、すでにウクライナ軍の砲火にさらされていると見ていい。
国境から400km超の遠距離にある主な火力発電所としては、クラスノダール(約400km)、カリーニングラード(約400km、ポーランドとリトアニアに挟まれるロシアの飛び地)、モスクワ(約460km)、カリーニン(約630km)、ペンザ(約650km)、ヤロスラヴリ(約700km)、ニジニ・ノヴゴロド(約800km)、カザン(約1000km)、サマラ(約1000km)、ウファ(約1300km)、エカテリンブルク(約1670km)などが挙げられる。
【水力発電所】
ヨーロッパロシアには、膨大な河川の水量を活用した水力発電所も多く、ヴォルガ(約520km、ヴォルゴグラード付近)、リビンスク(約720km、ヤロスラヴリ州)、チェボクサル(約930km、チュヴァシ共和国)、ザガムスカヤ(890km、サマラ付近)、カムスカヤ(約1500km、ペルミ付近)などが代表的だ。
この他、電力インフラ関連として、変電所や送電線などもウクライナ側は積極的に攻撃対象として選ぶだろう。
次に「運河」は、大陸国家・ロシアにとって、主要輸送手段である内陸水運のインフラとして重視する。無数の河川や湖沼が水路で結ばれ、特にヨーロッパロシアでは網の目のように発達している。
中でもヴォルガ川とドン川は、バルト海と黒海を連絡する「バルト・黒海水路」(全長約1500km)の背骨のような存在だ。石炭、鉄鉱石、石油製品、木材、穀物などの輸送に重宝されており、同水路が不通となれば、ロシアはかなりのダメージを被るだろう。特に高低差をクリアするための閘門(こうもん)がいくつも存在するため、破壊されれば長期にわたり水路は使用不能に陥る。
「橋梁」に関しては、とりわけ前出のバルト・黒海水路に架かる橋梁に注目だ。同水路はヨーロッパロシアをほぼ縦断し、国内屈指のウラル工業地帯と、首都モスクワを中心とした「ロシアの心臓部」を隔てる。
そして同水路には鉄道用約30本、道路用約60本(うち数本は鉄道・道路併用橋)が架かっている。有名なシベリア鉄道の鉄橋もその1つだが、シベリアやウラルとヨーロッパロシアを鉄道・道路で連絡するには、必ずこの水路の橋を渡らなければならず、物流の「ボトルネック」とも言える。
しかも全長約1500kmの水路に、橋梁はわずか100本弱しか存在せず、仮に無人機で橋梁が破壊された場合、隣の橋梁までかなりの道のりを迂回しなければならない。
ゼレンスキー大統領が心の底からアメリカを信用していない理由
プーチン氏は侵略戦争開始以来、「核兵器」を事あるごとにちらつかせ、ウクライナや欧米をけん制する。2022年4月のロシア議会の演説では、「必要ならば、他国が持たない手段を用いる」と強調し、核兵器使用を暗示した。
これを皮切りに、同年12月には「核戦争の脅威が高まっている。核兵器は防衛のためだ」と発言。2024年に入ると、5月に同盟国のベラルーシが参加する形で戦術核兵器の部隊演習を開始。翌6月には西側メディアとの会見で、「欧米はなぜロシアが核兵器を使わないと考えているのか。主権と領土の保全が脅かされれば、あらゆる手段を使うことが可能だ」と半ば恫喝した。
そこでゼレンスキー氏は、プーチンが核攻撃の凶行に出た場合の報復手段として、無人機による原発攻撃を真剣に考えているのではないかとの説がある。
ゼレンスキー氏がアメリカを心の底から信用しているとは思えない。そもそも「ブダペスト覚書」があるにもかかわらず、アメリカはロシアの侵略を全力で阻止しなかったからだ。
「ブダペスト覚書」とは、冷戦終結で旧ソ連が保有していた核兵器をロシア、ウクライナ、ベラルーシ、カザフスタンの4カ国が“相続”し、核不拡散の原則に従って、米ロ英の3カ国がロシア以外の3カ国の安全を保障する代わりに、3カ国の核兵器をロシアに移転するというもの。
しかも、アメリカは侵略戦争勃発後も、M1戦車やF-16、地対地ミサイル(ATACMS)などのウクライナへの供与に逡巡し、挙げ句の果てには数カ月間軍事援助もストップした。
仮に「もしトラ」が現実のものになれば、さらに状況は厳しくなるのは明らかで、ゼレンスキー氏が「結局は大国間の駆け引きに使われる“捨て駒”にされかねない」と、危機感を抱いていてもおかしくはないだろう。
もしウクライナが核兵器を手放さなければ、ロシアは侵略を躊躇したはずという見方が多いが、万が一プーチン氏がウクライナに対して限定的な核攻撃を行っても、米英仏のNATOの核保有国が直ちにロシアに核報復攻撃を行うとは考えにくい。そのまま「第三次世界大戦」へとエスカレートし、人類滅亡となりかねないからだ。
ウクライナの「核報復」は原発への無人機攻撃か?
そこでゼレンスキー氏は“隠し球”として、長距離無人機でロシアの原発に波状攻撃を仕掛け、放射能汚染で報復するのではないかという憶測も流れている。いわゆる「もう1つの核兵器」である。
前線から1800km以内には、クルスク(前線から北東約60km)、スモレンスク(同北約200km)、ノヴォヴォロネジ(同北約160km)、ロストフ(同東約360km)、カリーニン(同北約630km)、レニングラード(同北約870km)、バラコヴォ(同西約750km)といった原発が散在する。
ただし、クルスクとノヴォヴォロネジは自国のウクライナに、またレニングラード原発があるサンクトペテルブルクは、NATO加盟国のフィンランドやエストニアにそれぞれ近く、放射能汚染が及ぶ恐れが強いため除外するだろう。
可能性として高いのがカリーニン原発で、モスクワとサンクトペテルブルクの中間(前者の北西約280km、後者の南東約360km)にあり、放射能汚染による被害が甚大になることが予想される。換言すればプーチン氏に対し、それだけ抑止力が働くことを意味する。
だが、カリーニン原発は前線から約680kmも離れており、時速150kmの無人機では到達までに4時間以上もかかるため、発見されて撃墜される可能性も高い。このため、前線から比較的近いスモレンスク、ロストフ両原発にも並行して無人機を向かわせる戦法をとる方が軍事的合理性にかなうだろう。
何とも物騒な話だが、もちろんこれはあくまでも可能性の話で、本当にゼレンスキー氏が「長距離無人機による原発攻撃」を忍ばせているかどうかは分からない。
また原発の原子炉は分厚いコンクリートで防護され、「大型旅客機の直撃にも耐えられる」とも言われるだけに、数百kgの爆薬を積んだ無人機の激突で、放射性物質が漏れ出すほどのダメージを与えられるか疑問ではある。
さらに長距離無人機が頼りにするGPS装置も、ジャミング(妨害電波)やスプーフィング(偽のGPS情報で混乱させる技術)などで不能となり、無人機がコースを外れたり、戦闘機やSAM、機関砲などで撃墜されたりする可能性も高い。
だが、これまでの戦闘でNATOやウクライナは、ロシアのジャミング、スプーフィング両技術をかなり研究し、すでにさまざまな対抗策を編み出している。原発の堅牢さについても、無人機1機なら無理でも、数十機、数百機単位で波状攻撃を畳みかけたらタダでは済まず、SAMや戦闘機も対処しきれないはずだ。軍事用語で言う「飽和攻撃」である。
ウクライナの無人機による長距離攻撃が、新たな段階に入りつつあるのは間違いなさそうだ。
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【深川孝行(ふかがわ・たかゆき)】
昭和37(1962)年9月生まれ、東京下町生まれ、下町育ち。法政大学文学部地理学科卒業後、防衛関連雑誌編集記者を経て、ビジネス雑誌記者(運輸・物流、電機・通信、テーマパーク、エネルギー業界を担当)。副編集長を経験した後、防衛関連雑誌編集長、経済雑誌編集長などを歴任した後、フリーに。
ウクライナは、依然として兵員不足に苦しむが、悲願の米製F-16戦闘機の第1陣が、今年7月にオランダとノルウェーから届く模様で、反攻作戦に不可欠な戦闘機・攻撃機による航空支援(エアカバー)も可能になると、深川氏。
一方、ロシア侵略軍の勢いは徐々に弱まっているようで、ゼレンスキー氏には好機と映っているだろうとも。
ロシアは突撃一本鎗の戦法がたたってか、戦車、装甲車、軍用トラックなどの損失は総計2万台に達した模様で、大砲も1.5万門を喪失。「戦車の在庫は無尽蔵」と豪語したロシアも、軍用車両不足で四苦八苦の状態だ。
弾薬不足も深刻で、プーチン大統領は今年6月に北朝鮮と軍事条約(ロ朝間の包括かつ戦略的なパートナーシップに関する条約)を慌てて締結。「低品質でもないよりまし」とばかりに、北朝鮮製弾薬の安定供給を同国の最高権力者、金正恩総書記に念押ししたほどだと、深川氏。
ロシア情勢に詳しい国際ジャーナリストは、「今後ウクライナはドローンによる長距離攻撃のターゲットを、電力・物流インフラへとシフトする可能性が高い」と強調する。
実際、ウクライナは昨年末ごろからドローンを使った長距離精密攻撃を本格化。
今年1月には前線から約900km北にあるロシア第二の都市、サンクトペテルブルクの石油積み出し港と石油精製施設を攻撃し、炎上させている。ここはロシア海軍バルチック艦隊の本拠地で、しかもプーチン氏の故郷でもあるため、強固な防空体制が敷かれているはずだが、やすやすと空襲を許しているのだそうです。
最長射程距離「1800km」のドローンには重要な意味が込められていると、深川氏。
前線を基点に半径1800kmの弧を描くと、面積約396万平方kmを誇るヨーロッパロシアの大部分が円内に収まってしまう。この部分はまさにロシアの心臓部で、人口約1億4400万人(2022年、世界銀行統計)の8割弱がここに暮らす。工業、商業、金融、物流などもこの地域に集中し、同国の発電所の多くもこの一帯に分布する。
今後ターゲットの中心として考えられるのは、「火力・水力発電所」「運河」「橋梁」の3点で、長距離無人機攻撃第二波と言っていいだろう。
すでに本格化している防空基地や石油関連施設への攻撃は、いわばロシア軍の戦力低下に直結するものなのに対し、“第二波”は、ロシアの経済と軍の兵站(へいたん/後方支援)にダメージを与える。侵略戦争の遂行能力をじわじわと削ぐとともに、ロシア国民にモノ不足やサービス低下など、戦争による悪影響を実感させて厭戦(えんせん)気分を助長するのが狙いである。
プーチン氏は侵略戦争開始以来、「核兵器」を事あるごとにちらつかせ、ウクライナや欧米をけん制する。
そこでゼレンスキー氏は、プーチンが核攻撃の凶行に出た場合の報復手段として、無人機による原発攻撃を真剣に考えているのではないかとの説がある。
ゼレンスキー氏がアメリカを心の底から信用しているとは思えない。そもそも「ブダペスト覚書」があるにもかかわらず、アメリカはロシアの侵略を全力で阻止しなかったからだ。
しかも、アメリカは侵略戦争勃発後も、M1戦車やF-16、地対地ミサイル(ATACMS)などのウクライナへの供与に逡巡し、挙げ句の果てには数カ月間軍事援助もストップした。
仮に「もしトラ」が現実のものになれば、さらに状況は厳しくなるのは明らかで、ゼレンスキー氏が「結局は大国間の駆け引きに使われる“捨て駒”にされかねない」と、危機感を抱いていてもおかしくはないだろうと、深川氏。
そこでゼレンスキー氏は“隠し球”として、長距離無人機でロシアの原発に波状攻撃を仕掛け、放射能汚染で報復するのではないかという憶測も流れている。いわゆる「もう1つの核兵器」であると。
長距離無人機が頼りにするGPS装置も、ジャミング(妨害電波)やスプーフィング(偽のGPS情報で混乱させる技術)などで不能となり、無人機がコースを外れたり、戦闘機やSAM、機関砲などで撃墜されたりする可能性も高い。
だが、これまでの戦闘でNATOやウクライナは、ロシアのジャミング、スプーフィング両技術をかなり研究し、すでにさまざまな対抗策を編み出している。
ウクライナの無人機による長距離攻撃が、新たな段階に入りつつあるのは間違いなさそうだと、深川氏。
ウクライナ側がロシアの原発を実際に攻撃するかはさておいて、その手段を所有していることは、これまでのロシア側の一方的な核の脅しへの抑止力となるでしょう。
実は、戦争を起こさなかった稀有な大統領のトランプ氏。ディールで事前に抑止したのでしたね。
プーチン vs トランプ。フーチン & 習近平 vs トランプ & NATO & G7 ではどのような展開になるのでしょう?
# 冒頭の画像は、ゼレンスキー大統領とバイデン大統領
この花のなまえは、フウセンカズラ
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遊爺さんの写真素材 - PIXTA
月刊Hanada2024年2月号 - 花田紀凱, 月刊Hanada編集部 - Google ブックス