ウクライナが、ロシア軍のウクライナ侵攻以来初めてロシア西部クルスク州に越境攻撃を開始した。
ウクライナのオレクサンドル・シルスキー総司令官によれば、クルスク進攻の戦果は8月12日、制圧地域が1000平方キロ、74の居住区になったとしている。
ウクライナ軍はすでに制圧した地域において、塹壕を掘り始めている。
ロシア軍の反撃を受けた場合に、防御態勢を作り、反撃をくい止めることを考えているのだと、軍事アナリストの西村金一氏。
プーチン大統領は、クルスク正面に10~11個大隊、おそらく4000~6000人規模を戦線全体から転用して再配置し、ブリャンスク州、クルスク州、ベルゴルド州の3つの州で、「対テロ作戦体制」を導入した。
この戦力では、越境したウクライナ軍を撃破して押し戻す力はないと、西村氏。
ロシアのウクライナ軍を撃退するための軍は、事前に潜入しているウクライナ軍の特殊部隊およびロシア自由軍団などによる妨害により、この地点に進出することができずにいる。
そして、ウクライナの前進を止められていない。ロシア政府と軍は、現在のところ完全に意表を突かれ、かなり混乱しているようだとも。
この状況で、ゼレンスキー大統領は、次の重要なステップに進むよう命令しているのだそうです。
ジョー・バイデン大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は本当のジレンマに陥っていると。
この2人が発言している内容には、重大な狙いが隠されていると考えられると、西村氏。
それは、プーチンが「本当のジレンマに陥っている」と言うほどの、暗黙の脅迫作戦であると。
プーチン政権やロシア軍は、ロシア領内にウクライナ地上軍が侵攻することは予想もしていなかった。
ウクライナの侵攻は
①政治戦略としてはロシア国家・プーチン政権を不安定にさせること
②経済戦略としてはロシアから欧州へガスを供給する最大の輸送回廊の中継点をコントロール下に置くこと
③戦争戦略としてはクルスクの侵攻により今後の停戦交渉を有利に進めるカードにすること
④軍事戦略としてはロシア軍東部・南部の戦線の戦力を引き抜きクルスク正面に転用させること
⑤戦力転用することにより東部・南部戦線を弱体化させること
である。
ウクライナ軍の軍事作戦を改めて考察すると、私にはそこに重大な作戦目的・目標が隠されているように思えたと、西村氏。
ウクライナが当初3個旅団で攻撃していることと、占拠した範囲から分析すると、攻撃軸は左の助攻撃、中の主攻撃、右の助攻撃である。
ウクライナの主攻撃軸は約30キロ、右左の攻撃軸は約16キロまで前進している。クルチャトフまでは、あと45キロである。
そのクルチャトフの町には、クルスク原発がある。
この原発は古くなりつつあることから、新たにクルスク原発2が建設されており、2025年には試運転の予定なのだそうです。
クルスク原発2は、ロシア最強の原発と呼ばれているほど近代化された原発だと、西村氏。
ウクライナは、原発を最終目標とするのであれば、その目標を部隊が占拠することが最も望ましい。
しかし、それができない場合でも、目標をHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)や長射程精密誘導砲弾の射程に入れる位置まで前進して占拠できれば、支配下に入れたことになる。
ロシアは侵攻当初、廃炉作業中のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を一時占領した。
このため、放射線が拡散するのではないかと心配された。
現在、ロシアはウクライナのザポリージャ原発を占拠。
首都キーウは、ザポリージャ原発から430キロ離れている。
ウクライナは今、クルスク州に越境攻撃を行い、ロシア・クルスクにあるクルスク原発にあと45キロまで迫っている。
現在の段階でも、ウクライナのHIMARS等(射程45~60キロ)でロケット等による攻撃ができることになった。
もしも、ロシアがザポリージャ原発を爆破するようなことがあったり、あるいは爆破するぞと恫喝しようとしたりしても、ウクライナはこれまで国際機関に訴えるだけで何もできなかった。
しかし、現在ではロシアがそのようなことを行えば、逆にクルスク原発を攻撃するぞと脅したり実際に砲撃したりして、部分的に破壊することができる。
クルスク原発から首都モスクワまで、約470キロである。ザポリージャ原発と首都キーウまでの距離とほぼ同じだと、西村氏。
ウクライナがクルスク原発を支配下に置くことによって、ロシアの原発攻撃を抑止することが可能となったのであると。
ロシアは核大国である。ロシアに核兵器を返却したウクライナに核兵器はない。
返却して核兵器を保有しなくても、ロシアなどが護ると言う約束でした。
ウクライナ戦争は、核兵器がない国が核保有国に侵攻されたものである。
今回のクルスク進攻とその地域占拠で、「そうすることもできるという可能性がある」ことをロシアに示したことになる。
ロシアは、自国の原発がウクライナのHIMARSなどの支配下になることを絶対に認めることはできない。
どのようなことがあろうとも、クルスク州全域の奪還を命ずるだろう。しかし、その奪還のための予備の機甲戦力が十分にはないと、西村氏。
ロシアは東部・南部・西部の戦線から、現に戦っている部隊をいったん戦闘をやめて後方に後退させ、クルスクに転用しなければならない。
ロシアにとって、この重大な危機に対応することは極めて難しい。
米国のバイデン大統領の「プーチン大統領は本当のジレンマに陥っている」というのは、まさしくその通りだと、西村氏。
停戦交渉でウクライナに有利な条件が産まれたといえますね。
# 冒頭の画像は、ウクライナ軍の占拠地域から予測できる攻撃方向と攻撃目標
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ウクライナのオレクサンドル・シルスキー総司令官によれば、クルスク進攻の戦果は8月12日、制圧地域が1000平方キロ、74の居住区になったとしている。
ウクライナ軍はすでに制圧した地域において、塹壕を掘り始めている。
ロシア軍の反撃を受けた場合に、防御態勢を作り、反撃をくい止めることを考えているのだと、軍事アナリストの西村金一氏。
ウクライナのクルスク進攻に隠された、停戦交渉材料よりずっと重要なこと バイデン米大統領が思わず漏らした「プーチンのジレンマ」とは | JBpress (ジェイビープレス) 2024.8.19(月) 西村 金一
1.クルスク進攻で起きていること
ウクライナは8月6日(ウクライナ大統領が認めたのは8月10日)に、ウクライナのスームィからロシア西部クルスク州に越境攻撃を開始した。
ウクライナ正規軍がロシア領内に進攻したのは、ロシア軍のウクライナ侵攻以来初めてのことだ。
ウクライナは当初、3個旅団、さらに3個旅団と1個砲兵旅団など、おそらく2万人近い兵力を投入している。
ウクライナのオレクサンドル・シルスキー総司令官によれば、クルスク進攻の戦果は8月12日、制圧地域が1000平方キロ、74の居住区になったとしている。
ウクライナ軍はすでに制圧した地域において、塹壕を掘り始めている。
ロシア軍の反撃を受けた場合に、防御態勢を作り、反撃をくい止めることを考えているのだ。
つまり、占拠した地域からは撤退しないで、長期間確保する狙いなのである。
これに対してプーチン大統領は、クルスク正面に10~11個大隊、おそらく4000~6000人規模を戦線全体から転用して再配置し、ブリャンスク州、クルスク州、ベルゴルド州の3つの州で、「対テロ作戦体制」を導入した。
この戦力では、越境したウクライナ軍を撃破して押し戻す力はない。
ロシアのウクライナ軍を撃退するための軍は、事前に潜入しているウクライナ軍の特殊部隊およびロシア自由軍団などによる妨害により、この地点に進出することができずにいる。
そして、ウクライナの前進を止められていない。ロシア政府と軍は、現在のところ完全に意表を突かれ、かなり混乱しているようだ。
この状況で、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、次の重要なステップに進むよう命令している。
米国のジョー・バイデン大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は本当のジレンマに陥っていると言う。
この2人が発言している内容には、重大な狙いが隠されていると考えられる。
それは、ウクライナの軍事作戦の表向きの戦略のほかに、プーチンが「本当のジレンマに陥っている」と言うほどの、暗黙の脅迫作戦である。
ウクライナの重大な狙いである脅迫を与える作戦の狙いついて、以下に考察する。
2.クルスク進攻、表向きの軍事戦略
プーチン政権やロシア軍は、戦略的にロシアが攻め入ることはあっても今回のクルスク進攻作戦のように、ロシア領内にウクライナ地上軍が侵攻することは予想もしていなかった。
この侵攻は、
①政治戦略としてはロシア国家・プーチン政権を不安定にさせること
②経済戦略としてはロシアから欧州へガスを供給する最大の輸送回廊の中継点をコントロール下に置くこと
③戦争戦略としてはクルスクの侵攻により今後の停戦交渉を有利に進めるカードにすること
④軍事戦略としてはロシア軍東部・南部の戦線の戦力を引き抜きクルスク正面に転用させること
⑤戦力転用することにより東部・南部戦線を弱体化させることであると予想できる。
この作戦では、軍の総司令官シルスキー司令官も現地に出向いて指揮を執っている。極めて重要な局面の作戦ということである。
そこで、ウクライナ軍の軍事作戦を改めて考察すると、私にはそこに重大な作戦目的・目標が隠されているように思えた。
3.クルスク進攻の地域目標はクルチャトフ
ウクライナが当初3個旅団で攻撃していることと、占拠した範囲から分析すると、攻撃軸は左の助攻撃、中の主攻撃、右の助攻撃である。
増援の3個旅団は、中の主攻撃部隊となり、中間目標を越えてクルチャトフの町からクルスクの町に向かっている。
右の助攻撃部隊は中間目標としてスジャの町を占拠し、さらに東に向けて占拠地域を拡大している。
スジャにはガスパイプラインの測定所があり、ガスを抜き取り輸送量をコントロールできるようだ。
左の助攻撃部隊は中間目標を占拠し、その後、占拠地域を拡大するように西に向けて侵攻する。
ウクライナの主攻撃軸は約30キロ、右左の攻撃軸は約16キロまで前進している。クルチャトフまでは、あと45キロである。
そのクルチャトフの町には、クルスク原発がある。
この原発は古くなりつつあることから、新たにクルスク原発2が建設されており、2025年には試運転の予定である。
クルスク原発2は、ロシア最強の原発と呼ばれているほど近代化された原発である。
ウクライナ軍の主攻撃の方向が、攻撃目標と考えてよい。その方向は、クルスク原発だということが分かる。
ロシア軍は急遽、クルスク原発の周辺に部隊を配置して、防御準備を始めている。
4.クルチャトフ原発を支配下におくのが目的
ウクライナは、原発を最終目標とするのであれば、その目標を部隊が占拠することが最も望ましい。
しかし、それができない場合でも、目標をHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)や長射程精密誘導砲弾の射程に入れる位置まで前進して占拠できれば、支配下に入れたことになる。
具体的な攻撃要領としては、
①ウクライナのHIMARSなどが原発を射撃することができる位置を獲得できるまで、歩兵や機甲部隊を含む地上部隊が攻撃前進を行う。
②ロシアは、攻撃部隊を撃退して、HIMARS等が目標を攻撃できない位置まで押し返す。
③ウクライナは、攻撃を受けてもその位置を獲得できるように防御陣地を構築する。
④HIMARSなどが、原発をいつでも攻撃できる位置に前進して、射撃態勢をとる。
⑤必要であれば、HIMARS等が原発を射撃する。
このようなことができれば、支配下に入れたことと同じである。
5.クルチャトフ原発を核抑止に使う
ロシアは侵攻当初、ウクライナキーウの北、ベラルーシとの国境の近くに位置し、廃炉作業中のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を一時占領した。
このため、放射線が拡散するのではないかと心配された。
現在、ロシアはウクライナのザポリージャ原発を占拠している。
ウクライナはこれまで、その原発を奪回することも、施設内でのロシアの悪意ある行為を止めることもできなかった。
ロシアは、ロシア軍の戦況が悪化すれば、その原発を爆破し、ウクライナを核物質で汚染させることができる。
ロシアは、原発の危険性を十分に知り尽くしていて、原発に対して悪意ある行為を行うことを想像させて、脅威を煽ってきた。
首都キーウは、ザポリージャ原発から430キロ離れている。
ウクライナは今、クルスク州に越境攻撃を行い、ロシア・クルスクにあるクルスク原発にあと45キロまで迫っている。
占拠できれば、同原発を支配下に置くことができる。現在の段階でも、ウクライナのHIMARS等(射程45~60キロ)でロケット等による攻撃ができることになった。
もしも、ロシアがザポリージャ原発を爆破するようなことがあったり、あるいは爆破するぞと恫喝しようとしたりしても、ウクライナはこれまで国際機関に訴えるだけで何もできなかった。
しかし、現在ではロシアがそのようなことを行えば、逆にクルスク原発を攻撃するぞと脅したり実際に砲撃したりして、部分的に破壊することができる。
クルスク原発から首都モスクワまで、約470キロである。ザポリージャ原発と首都キーウまでの距離とほぼ同じだ。
もし爆破されることになれば、相互の首都は核物質の影響を同じように受ける可能性がある。
原発を占拠、あるいは攻撃するということは、世界的に非難を浴びるとともに、自国へも放射物質の影響を受ける。
実行するには敷居はかなり高く、決断しにくい状況だが、実行するそぶりだけでも暗黙の恫喝にはなる。
ウクライナがクルスク原発を支配下に置くことによって、ロシアの原発攻撃を抑止することが可能となったのである。
6.ロシアによる核恫喝への対抗手段
ウクライナがロシアの原発へのロケット攻撃が可能になり、ロシアがそれらの攻撃を打ち落とせないならば、それは重大な核脅威となる。
ロシアは核大国である。ロシアに核兵器を返却したウクライナに核兵器はない。
ウクライナ戦争は、核兵器がない国が核保有国に侵攻されたものである。
ウクライナはこれまで、ロシアに「核兵器を使うぞ」という脅しを受け続けてきた。
もしも、ロシアが戦術核兵器を使うぞという脅しをかければ、ウクライナは、クルスク原発を攻撃する意志を示すことができる。
ウクライナは、米欧から兵器の供与を受けていることもあり、クルスク原発を攻撃することには敷居が高い。
だが、今回のクルスク進攻とその地域占拠で、「そうすることもできるという可能性がある」ことをロシアに示したことになる。
7.原発占拠は絶対に許せないロシア
ロシアは、自国の原発がウクライナのHIMARSなどの支配下になることを絶対に認めることはできない。
どのようなことがあろうとも、クルスク州全域の奪還を命ずるだろう。しかし、その奪還のための予備の機甲戦力が十分にはない。
プーチン大統領は、国境警備を担当しているロシア連邦保安庁(FSB)に奪還の指揮をとらせることを指示した。
装甲が薄い装甲車しか保有していない部隊が軍を指揮しても、ウクライナ正規軍を撃破することなどできない。
そこで、ロシアは東部・南部・西部の戦線から、現に戦っている部隊をいったん戦闘をやめて後方に後退させ、クルスクに転用しなければならない。
これから兵士を数十万人徴集するとしても、今の戦いには間に合わない。
ロシアにとって、この重大な危機に対応することは極めて難しい。
米国のバイデン大統領の「プーチン大統領は本当のジレンマに陥っている」というのは、まさしくその通りだ。
-------------------------------------------------------------
西村 金一 (にしむら・きんいち)
1952年生まれ。法政大学卒業、第1空挺団、幹部学校指揮幕僚課程(CGS)修了、防衛省・統合幕僚監部・情報本部等の情報分析官、防衛研究所研究員、第12師団第2部長、幹部学校戦略教官室副室長等として勤務した。定年後、三菱総合研究所専門研究員、2012年から軍事・情報戦略研究所長(軍事アナリスト)として独立。
1.クルスク進攻で起きていること
ウクライナは8月6日(ウクライナ大統領が認めたのは8月10日)に、ウクライナのスームィからロシア西部クルスク州に越境攻撃を開始した。
ウクライナ正規軍がロシア領内に進攻したのは、ロシア軍のウクライナ侵攻以来初めてのことだ。
ウクライナは当初、3個旅団、さらに3個旅団と1個砲兵旅団など、おそらく2万人近い兵力を投入している。
ウクライナのオレクサンドル・シルスキー総司令官によれば、クルスク進攻の戦果は8月12日、制圧地域が1000平方キロ、74の居住区になったとしている。
ウクライナ軍はすでに制圧した地域において、塹壕を掘り始めている。
ロシア軍の反撃を受けた場合に、防御態勢を作り、反撃をくい止めることを考えているのだ。
つまり、占拠した地域からは撤退しないで、長期間確保する狙いなのである。
これに対してプーチン大統領は、クルスク正面に10~11個大隊、おそらく4000~6000人規模を戦線全体から転用して再配置し、ブリャンスク州、クルスク州、ベルゴルド州の3つの州で、「対テロ作戦体制」を導入した。
この戦力では、越境したウクライナ軍を撃破して押し戻す力はない。
ロシアのウクライナ軍を撃退するための軍は、事前に潜入しているウクライナ軍の特殊部隊およびロシア自由軍団などによる妨害により、この地点に進出することができずにいる。
そして、ウクライナの前進を止められていない。ロシア政府と軍は、現在のところ完全に意表を突かれ、かなり混乱しているようだ。
この状況で、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は、次の重要なステップに進むよう命令している。
米国のジョー・バイデン大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は本当のジレンマに陥っていると言う。
この2人が発言している内容には、重大な狙いが隠されていると考えられる。
それは、ウクライナの軍事作戦の表向きの戦略のほかに、プーチンが「本当のジレンマに陥っている」と言うほどの、暗黙の脅迫作戦である。
ウクライナの重大な狙いである脅迫を与える作戦の狙いついて、以下に考察する。
2.クルスク進攻、表向きの軍事戦略
プーチン政権やロシア軍は、戦略的にロシアが攻め入ることはあっても今回のクルスク進攻作戦のように、ロシア領内にウクライナ地上軍が侵攻することは予想もしていなかった。
この侵攻は、
①政治戦略としてはロシア国家・プーチン政権を不安定にさせること
②経済戦略としてはロシアから欧州へガスを供給する最大の輸送回廊の中継点をコントロール下に置くこと
③戦争戦略としてはクルスクの侵攻により今後の停戦交渉を有利に進めるカードにすること
④軍事戦略としてはロシア軍東部・南部の戦線の戦力を引き抜きクルスク正面に転用させること
⑤戦力転用することにより東部・南部戦線を弱体化させることであると予想できる。
この作戦では、軍の総司令官シルスキー司令官も現地に出向いて指揮を執っている。極めて重要な局面の作戦ということである。
そこで、ウクライナ軍の軍事作戦を改めて考察すると、私にはそこに重大な作戦目的・目標が隠されているように思えた。
3.クルスク進攻の地域目標はクルチャトフ
ウクライナが当初3個旅団で攻撃していることと、占拠した範囲から分析すると、攻撃軸は左の助攻撃、中の主攻撃、右の助攻撃である。
増援の3個旅団は、中の主攻撃部隊となり、中間目標を越えてクルチャトフの町からクルスクの町に向かっている。
右の助攻撃部隊は中間目標としてスジャの町を占拠し、さらに東に向けて占拠地域を拡大している。
スジャにはガスパイプラインの測定所があり、ガスを抜き取り輸送量をコントロールできるようだ。
左の助攻撃部隊は中間目標を占拠し、その後、占拠地域を拡大するように西に向けて侵攻する。
ウクライナの主攻撃軸は約30キロ、右左の攻撃軸は約16キロまで前進している。クルチャトフまでは、あと45キロである。
そのクルチャトフの町には、クルスク原発がある。
この原発は古くなりつつあることから、新たにクルスク原発2が建設されており、2025年には試運転の予定である。
クルスク原発2は、ロシア最強の原発と呼ばれているほど近代化された原発である。
ウクライナ軍の主攻撃の方向が、攻撃目標と考えてよい。その方向は、クルスク原発だということが分かる。
ロシア軍は急遽、クルスク原発の周辺に部隊を配置して、防御準備を始めている。
4.クルチャトフ原発を支配下におくのが目的
ウクライナは、原発を最終目標とするのであれば、その目標を部隊が占拠することが最も望ましい。
しかし、それができない場合でも、目標をHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)や長射程精密誘導砲弾の射程に入れる位置まで前進して占拠できれば、支配下に入れたことになる。
具体的な攻撃要領としては、
①ウクライナのHIMARSなどが原発を射撃することができる位置を獲得できるまで、歩兵や機甲部隊を含む地上部隊が攻撃前進を行う。
②ロシアは、攻撃部隊を撃退して、HIMARS等が目標を攻撃できない位置まで押し返す。
③ウクライナは、攻撃を受けてもその位置を獲得できるように防御陣地を構築する。
④HIMARSなどが、原発をいつでも攻撃できる位置に前進して、射撃態勢をとる。
⑤必要であれば、HIMARS等が原発を射撃する。
このようなことができれば、支配下に入れたことと同じである。
5.クルチャトフ原発を核抑止に使う
ロシアは侵攻当初、ウクライナキーウの北、ベラルーシとの国境の近くに位置し、廃炉作業中のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を一時占領した。
このため、放射線が拡散するのではないかと心配された。
現在、ロシアはウクライナのザポリージャ原発を占拠している。
ウクライナはこれまで、その原発を奪回することも、施設内でのロシアの悪意ある行為を止めることもできなかった。
ロシアは、ロシア軍の戦況が悪化すれば、その原発を爆破し、ウクライナを核物質で汚染させることができる。
ロシアは、原発の危険性を十分に知り尽くしていて、原発に対して悪意ある行為を行うことを想像させて、脅威を煽ってきた。
首都キーウは、ザポリージャ原発から430キロ離れている。
ウクライナは今、クルスク州に越境攻撃を行い、ロシア・クルスクにあるクルスク原発にあと45キロまで迫っている。
占拠できれば、同原発を支配下に置くことができる。現在の段階でも、ウクライナのHIMARS等(射程45~60キロ)でロケット等による攻撃ができることになった。
もしも、ロシアがザポリージャ原発を爆破するようなことがあったり、あるいは爆破するぞと恫喝しようとしたりしても、ウクライナはこれまで国際機関に訴えるだけで何もできなかった。
しかし、現在ではロシアがそのようなことを行えば、逆にクルスク原発を攻撃するぞと脅したり実際に砲撃したりして、部分的に破壊することができる。
クルスク原発から首都モスクワまで、約470キロである。ザポリージャ原発と首都キーウまでの距離とほぼ同じだ。
もし爆破されることになれば、相互の首都は核物質の影響を同じように受ける可能性がある。
原発を占拠、あるいは攻撃するということは、世界的に非難を浴びるとともに、自国へも放射物質の影響を受ける。
実行するには敷居はかなり高く、決断しにくい状況だが、実行するそぶりだけでも暗黙の恫喝にはなる。
ウクライナがクルスク原発を支配下に置くことによって、ロシアの原発攻撃を抑止することが可能となったのである。
6.ロシアによる核恫喝への対抗手段
ウクライナがロシアの原発へのロケット攻撃が可能になり、ロシアがそれらの攻撃を打ち落とせないならば、それは重大な核脅威となる。
ロシアは核大国である。ロシアに核兵器を返却したウクライナに核兵器はない。
ウクライナ戦争は、核兵器がない国が核保有国に侵攻されたものである。
ウクライナはこれまで、ロシアに「核兵器を使うぞ」という脅しを受け続けてきた。
もしも、ロシアが戦術核兵器を使うぞという脅しをかければ、ウクライナは、クルスク原発を攻撃する意志を示すことができる。
ウクライナは、米欧から兵器の供与を受けていることもあり、クルスク原発を攻撃することには敷居が高い。
だが、今回のクルスク進攻とその地域占拠で、「そうすることもできるという可能性がある」ことをロシアに示したことになる。
7.原発占拠は絶対に許せないロシア
ロシアは、自国の原発がウクライナのHIMARSなどの支配下になることを絶対に認めることはできない。
どのようなことがあろうとも、クルスク州全域の奪還を命ずるだろう。しかし、その奪還のための予備の機甲戦力が十分にはない。
プーチン大統領は、国境警備を担当しているロシア連邦保安庁(FSB)に奪還の指揮をとらせることを指示した。
装甲が薄い装甲車しか保有していない部隊が軍を指揮しても、ウクライナ正規軍を撃破することなどできない。
そこで、ロシアは東部・南部・西部の戦線から、現に戦っている部隊をいったん戦闘をやめて後方に後退させ、クルスクに転用しなければならない。
これから兵士を数十万人徴集するとしても、今の戦いには間に合わない。
ロシアにとって、この重大な危機に対応することは極めて難しい。
米国のバイデン大統領の「プーチン大統領は本当のジレンマに陥っている」というのは、まさしくその通りだ。
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西村 金一 (にしむら・きんいち)
1952年生まれ。法政大学卒業、第1空挺団、幹部学校指揮幕僚課程(CGS)修了、防衛省・統合幕僚監部・情報本部等の情報分析官、防衛研究所研究員、第12師団第2部長、幹部学校戦略教官室副室長等として勤務した。定年後、三菱総合研究所専門研究員、2012年から軍事・情報戦略研究所長(軍事アナリスト)として独立。
プーチン大統領は、クルスク正面に10~11個大隊、おそらく4000~6000人規模を戦線全体から転用して再配置し、ブリャンスク州、クルスク州、ベルゴルド州の3つの州で、「対テロ作戦体制」を導入した。
この戦力では、越境したウクライナ軍を撃破して押し戻す力はないと、西村氏。
ロシアのウクライナ軍を撃退するための軍は、事前に潜入しているウクライナ軍の特殊部隊およびロシア自由軍団などによる妨害により、この地点に進出することができずにいる。
そして、ウクライナの前進を止められていない。ロシア政府と軍は、現在のところ完全に意表を突かれ、かなり混乱しているようだとも。
この状況で、ゼレンスキー大統領は、次の重要なステップに進むよう命令しているのだそうです。
ジョー・バイデン大統領は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は本当のジレンマに陥っていると。
この2人が発言している内容には、重大な狙いが隠されていると考えられると、西村氏。
それは、プーチンが「本当のジレンマに陥っている」と言うほどの、暗黙の脅迫作戦であると。
プーチン政権やロシア軍は、ロシア領内にウクライナ地上軍が侵攻することは予想もしていなかった。
ウクライナの侵攻は
①政治戦略としてはロシア国家・プーチン政権を不安定にさせること
②経済戦略としてはロシアから欧州へガスを供給する最大の輸送回廊の中継点をコントロール下に置くこと
③戦争戦略としてはクルスクの侵攻により今後の停戦交渉を有利に進めるカードにすること
④軍事戦略としてはロシア軍東部・南部の戦線の戦力を引き抜きクルスク正面に転用させること
⑤戦力転用することにより東部・南部戦線を弱体化させること
である。
ウクライナ軍の軍事作戦を改めて考察すると、私にはそこに重大な作戦目的・目標が隠されているように思えたと、西村氏。
ウクライナが当初3個旅団で攻撃していることと、占拠した範囲から分析すると、攻撃軸は左の助攻撃、中の主攻撃、右の助攻撃である。
ウクライナの主攻撃軸は約30キロ、右左の攻撃軸は約16キロまで前進している。クルチャトフまでは、あと45キロである。
そのクルチャトフの町には、クルスク原発がある。
この原発は古くなりつつあることから、新たにクルスク原発2が建設されており、2025年には試運転の予定なのだそうです。
クルスク原発2は、ロシア最強の原発と呼ばれているほど近代化された原発だと、西村氏。
ウクライナは、原発を最終目標とするのであれば、その目標を部隊が占拠することが最も望ましい。
しかし、それができない場合でも、目標をHIMARS(High Mobility Artillery Rocket System=高機動ロケット砲システム)や長射程精密誘導砲弾の射程に入れる位置まで前進して占拠できれば、支配下に入れたことになる。
ロシアは侵攻当初、廃炉作業中のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を一時占領した。
このため、放射線が拡散するのではないかと心配された。
現在、ロシアはウクライナのザポリージャ原発を占拠。
首都キーウは、ザポリージャ原発から430キロ離れている。
ウクライナは今、クルスク州に越境攻撃を行い、ロシア・クルスクにあるクルスク原発にあと45キロまで迫っている。
現在の段階でも、ウクライナのHIMARS等(射程45~60キロ)でロケット等による攻撃ができることになった。
もしも、ロシアがザポリージャ原発を爆破するようなことがあったり、あるいは爆破するぞと恫喝しようとしたりしても、ウクライナはこれまで国際機関に訴えるだけで何もできなかった。
しかし、現在ではロシアがそのようなことを行えば、逆にクルスク原発を攻撃するぞと脅したり実際に砲撃したりして、部分的に破壊することができる。
クルスク原発から首都モスクワまで、約470キロである。ザポリージャ原発と首都キーウまでの距離とほぼ同じだと、西村氏。
ウクライナがクルスク原発を支配下に置くことによって、ロシアの原発攻撃を抑止することが可能となったのであると。
ロシアは核大国である。ロシアに核兵器を返却したウクライナに核兵器はない。
返却して核兵器を保有しなくても、ロシアなどが護ると言う約束でした。
ウクライナ戦争は、核兵器がない国が核保有国に侵攻されたものである。
今回のクルスク進攻とその地域占拠で、「そうすることもできるという可能性がある」ことをロシアに示したことになる。
ロシアは、自国の原発がウクライナのHIMARSなどの支配下になることを絶対に認めることはできない。
どのようなことがあろうとも、クルスク州全域の奪還を命ずるだろう。しかし、その奪還のための予備の機甲戦力が十分にはないと、西村氏。
ロシアは東部・南部・西部の戦線から、現に戦っている部隊をいったん戦闘をやめて後方に後退させ、クルスクに転用しなければならない。
ロシアにとって、この重大な危機に対応することは極めて難しい。
米国のバイデン大統領の「プーチン大統領は本当のジレンマに陥っている」というのは、まさしくその通りだと、西村氏。
停戦交渉でウクライナに有利な条件が産まれたといえますね。
# 冒頭の画像は、ウクライナ軍の占拠地域から予測できる攻撃方向と攻撃目標
サンショウバラ
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月刊Hanada2024年2月号 - 花田紀凱, 月刊Hanada編集部 - Google ブックス