Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

深紅

2007-10-15 | 日本映画(さ行)
★★★★☆ 2006年/日本 監督/月野木隆

「ふたりの女優が光る」


昨年亡くなった脚本家、野沢尚の遺作。吉川英治文学新人賞受賞。原作は既読。
常に脚本家としてヒットメーカーであり続けた野沢尚は、題材の選び方と時代を反映させたストーリー展開が非常に巧い作家だ。遺作となった「深紅」では、一家惨殺殺人というショッキングな事件と「被害者の娘」対「加害者の娘」という明確な設定の中に、犯罪が人の心に与えるもの、過去とのトラウマからの決別、罪は受け継がれるのか、など非常に深いテーマがふんだんに盛り込まれており、とても見応えがある。

大体、原作を先に読んでしまった場合、映画はなかなかそれを越えることはできないのだが、深紅は、物語がわかっていても引き込まれる。それは、やはり原作そのものが面白いからなんだろうと思う。とはいえ、東野圭吾や横山秀夫などベストセラー作品の映画化は、やはり原作を越えることはなかなかできない。しかし、今作は原作を書いた野沢尚本人が映画の脚本を書いているので、原作が持つパワーが損なわれることなく映画化されたと思う。

父と母、ふたりの弟を一度に殺される被害者の娘、奏子役を内山理名、加害者の娘、未歩役を水川あさみが演じているが、ふたりとも過去のトラウマに苦しみ、崩壊しそうな自我を懸命にこらえている女性を好演している。今作は、物語のほとんどをこの二人のシーンが占めており、登場人物が少ない映画なのだが、このミニマムさが見ていてふたりの感情に移入しやすくて、とてもいい。

物語で重要な役割を持っているのが「4時間の追体験」という主人公が抱える発作だ。小学6年生だった奏子は修学旅行中、突然家に帰るように言われる。家族が事故にあったと聞かされた瞬間から家族の遺体が眠る病院に着くまでの4時間は、奏子に凄まじい恐怖体験を残す。以来、奏子は何かの拍子でフラッシュバック現象を起こして気絶し、この4時間をそのまま体験してしまう。奏子が抱える闇を表現する方法として、この着想はすばらしい。しかも、このフラッシュバック現象を通して、奏子と未歩が相対するというアイデアが秀逸。

さて、映画が原作と違うところ。それはラストシーンである。いや、ラストシーンだけが原作と違う、というべきか。通常、物語の終わりが異なるというのは原作ファンとしては納得行かないことが多いのだが、本作ほど原作の改編が心にしっくりとなじむものも少ないだろう。それは、原作では曖昧だった結末に、原作者本人が映画の中で答を出しているからだ。

犯罪は犯した本人よりも、巻き込まれた者たちに深い深い影を落とす。そのつらさとやりきれなさを乗り越えて、二人の女性は再生する。凄惨な事件を扱っているが、サスペンス的要素もあって、娯楽作品としても楽しめる映画になっている。このあたりの盛り上げ方もさすが人気ドラマを手がけてきた脚本家だ。もう、彼の作品が見られないというのは、本当に悲しい。