Casa Galarina

映画についてのあれこれを書き殴り。映画を見れば見るほど、見ていない映画が多いことに愕然とする。

破線のマリス

2007-10-18 | 日本映画(は行)
★★★★ 2000年/日本 監督/井坂聡

「テレビのねつ造事件なんて、今更驚くことでもない」



原作・脚本/野沢尚、江戸川乱歩賞受賞作。

メディアの人間が持つ傲慢さとテレビ局に踊らされる我々大衆も痛烈に批判している作品。主演は、黒木瞳と陣内孝則で、いかにもドラマ的キャスティングだが、メディア批判の軸がしっかり貫かれているため、面白い作品になっている。また、後半どんどん精神的におかしくなる陣内孝則のキレっぷりは半ばコントみたいに見えるのだが、そのコミカルさが却って本物の狂気に見えてくる。

主人公遠藤瑤子(黒木瞳)は、テレビ局で働く編集者。看板ニュース番組の高視聴率コーナー「事件検証」を、企画から取材、検証まで担当している。ある日、ある癒着事件に絡むビデオテープがテレビ局に持ち込まれ、その中で不敵な笑みを浮かべる男、麻生公彦(陣内孝則)をいかにも怪しげであるかのように編集し、放映してしまう。

ただ、少し笑みを浮かべただけなのに、いかにもコイツが犯人です、とでも言わんばかりに編集されるビデオ。このような作為的な編集って、テレビ局なら日常茶飯事なんだろうと思う。最近話題の柳沢厚生大臣の「産む機械」を受けた街頭の声なんて、テレビ局が公平なインタビューを流しているとは到底思えず、明らかに何らかの作為または意図を組んで視聴者を洗脳するためにピックアップして流しているんだろう。

私たちは、いいかげんテレビが流す「情報」という名の「作為的映像」にきっちりと見切りをつけなくてはならない。テレビなんて、ほとんど嘘だと思って見た方がいい。そんなこと言われてずいぶん久しいのに、まだ納豆がいいと聞いてスーパーに駆け込む人が多いのはなぜなんだろう。
まあ、やらせ批判はきっこさんにお任せするとして(笑)。

この映画ではビデオを作為的に編集することはもとより、テレビ局側がこれほど重要な資料を持ち込んだ人物のルートをきちんと検証せず、内容をいとも簡単に信用してしまう、という重大なミスも指摘している。結局、それはスクープを取って視聴率を取りたいから流してしまうわけで、情報の信頼性なんてハナからどうでもいい、と言わんばかりだ。

結局、このビデオの存在そのものが何者かによるヤラセで、主人公はどんどん不幸の坂を転がっていくことになる。気づいても、時すでに遅し。破線のマリスでは、映像を流された男、麻生が復讐の鬼と化すことでテレビ局側は追い詰められていくのだが、そろそろ麻生の役割は私たち自身が行うべきことではないか、と思う今日この頃である。