『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』
1998年にブロードウェイで上演され各賞を総ナメにしたロック・ミュージカルで2001年には映画化もされ、日本では過去に三上博史主演で上演された舞台。
60年代に東ベルリンで生れたヘドウィグが、流転の果てにドラアグ・クイーンとなり、オフブロードウェイのライブハウスで波乱の生涯を語る独白劇。
ぐりは映画でも舞台でも一度も観たことがない。今回がまったくの初見。
あのねー。
山本耕史キレイ過ぎ。
芝居ウマ過ぎ。カラダ素晴し過ぎ。歌ウマ過ぎ。歌は中村中の方が上手いけど(笑)、それでも充分。
しかし今回の舞台は山本クンのこの「優等生ぶり」がネックになってるかもしれない。子役出身の役者にありがちなソツのなさが、ヘドウィグの背負った人生の哀愁、愛の敗者だけが知る涙の味、そんなものを邪魔してるように見えて仕方がなかった。
この舞台は半分はヘドウィグのライブで、半分が彼女の昔語りになっているが、たとえば彼女の子ども時代、同性愛者としてのアイデンティティの葛藤や、恋愛・結婚の失敗についての説明はかなりあっさりしている。そのぶんを歌で表現してるんだけど、それでも、演じてる山本クンのキャラがサワヤカ過ぎて、ピチピチし過ぎてて、イメージが広がりにくいんだよね。想像力がうまく働かない。ヘドウィグのいろんなものにまみれ、疲れ、くたびれ果てた後にこそ獲得された輝きから放たれる(筈)のドラマってのがもうひとつ伝わってこない。山本クンが涙を流して熱演してる努力はすごくわかるんだけど、この役を演じるには若過ぎたのかもしれないし、毒が足りなかったのかもしれない。しかもコレ全編ほとんど彼の独白だけだし〜。
ストーリーはシンプルだし、主人公はドラアグ・クイーンでも同性愛の話じゃないし、誰にでもわかるいい話だと思う。感動できるし、泣ける。重みもあるし、笑いもある。
山本クンも中村中もとっても頑張ってたし(山本クン台詞トチり過ぎ・歩き方ヤバ過ぎですが)、非常にきちっとした舞台であるだけに惜しい。
ぐりは実は4月公演のチケットもとってあるので、それまでに山本ヘドウィグがどんだけ成長してるか楽しみにしておりますです。
ところで山本クンのメイクはなんであんなヒドイの?ヒドイったってもうちょっとどーかなりそーなもんだけどさあ・・・。
1998年にブロードウェイで上演され各賞を総ナメにしたロック・ミュージカルで2001年には映画化もされ、日本では過去に三上博史主演で上演された舞台。
60年代に東ベルリンで生れたヘドウィグが、流転の果てにドラアグ・クイーンとなり、オフブロードウェイのライブハウスで波乱の生涯を語る独白劇。
ぐりは映画でも舞台でも一度も観たことがない。今回がまったくの初見。
あのねー。
山本耕史キレイ過ぎ。
芝居ウマ過ぎ。カラダ素晴し過ぎ。歌ウマ過ぎ。歌は中村中の方が上手いけど(笑)、それでも充分。
しかし今回の舞台は山本クンのこの「優等生ぶり」がネックになってるかもしれない。子役出身の役者にありがちなソツのなさが、ヘドウィグの背負った人生の哀愁、愛の敗者だけが知る涙の味、そんなものを邪魔してるように見えて仕方がなかった。
この舞台は半分はヘドウィグのライブで、半分が彼女の昔語りになっているが、たとえば彼女の子ども時代、同性愛者としてのアイデンティティの葛藤や、恋愛・結婚の失敗についての説明はかなりあっさりしている。そのぶんを歌で表現してるんだけど、それでも、演じてる山本クンのキャラがサワヤカ過ぎて、ピチピチし過ぎてて、イメージが広がりにくいんだよね。想像力がうまく働かない。ヘドウィグのいろんなものにまみれ、疲れ、くたびれ果てた後にこそ獲得された輝きから放たれる(筈)のドラマってのがもうひとつ伝わってこない。山本クンが涙を流して熱演してる努力はすごくわかるんだけど、この役を演じるには若過ぎたのかもしれないし、毒が足りなかったのかもしれない。しかもコレ全編ほとんど彼の独白だけだし〜。
ストーリーはシンプルだし、主人公はドラアグ・クイーンでも同性愛の話じゃないし、誰にでもわかるいい話だと思う。感動できるし、泣ける。重みもあるし、笑いもある。
山本クンも中村中もとっても頑張ってたし(山本クン台詞トチり過ぎ・歩き方ヤバ過ぎですが)、非常にきちっとした舞台であるだけに惜しい。
ぐりは実は4月公演のチケットもとってあるので、それまでに山本ヘドウィグがどんだけ成長してるか楽しみにしておりますです。
ところで山本クンのメイクはなんであんなヒドイの?ヒドイったってもうちょっとどーかなりそーなもんだけどさあ・・・。